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2章 10歳のエルザ
9 人は自分がいるところでしか想像ができない
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「え……っ!? この国は奴隷制度は廃止されてるのに!?」
奴隷売買の店があり、それがこんな子供が知るくらいに公然の秘密とされていることにもレティーシアは驚いてしまった。
王都から遠く離れた場所では、そんな不道徳なことでもまかり通っているのだろうか。
「この国は、でしょ? この町、隣国に近いんだよ? この国じゃなくて隣国に連れていかれて売られていればわからないし、足もつかない」
そう言って、ファニーは証書をぴらっとめくる。
「そしてそこを通じて売られているのは、当然ここの孤児院の子……。引き取り先が決まったって言って出て行ってはいるけれど、ロクに教育もされてない子供を誰が引き取るの? 大人は子供に無関心、一定年齢になったらみんないなくなる……って怪しいとしか思えないでしょ。売られていたんだろうなって、これを初めて見た時に確信に変わったよ。それと、国内に対しても貴族の家対象に売られてるみたいだね。もっともそれに気づいたのはリラなんだけどね」
「リラが……」
「院長が話している内容を聞いて、意味わかんないから教えてーってそのまま聞きに来たよ。私でよかったよ。他の人に訊いてたら、リラがいらない秘密を知ったってことで殺されてたかもしれないからね」
「……それって当然、貴族の家に引き取られたその子が、雇われながらも教育を受けられて、何かがあれば他の家に紹介状を書いてくれるために引き取るとか言うわけじゃないわよね?」
「うん。一定期間慰み者になったあげく口封じに殺されたり、よそに売られたりする感じかな」
「……」
なぜ、ファニーが自分たちが引き取られる先が平民の家と限定したか完全に理解した。
しかし、そんな非道なことをする貴族ばかりだと思われたくない。
「……私の侍女は元々孤児だったのよ。アンナって言ってね。私が王宮から逃げる時も、後を任せられたくらい大事な人だった」
慌ただしく逃げ出したため、別れを惜しむ時間すらなかったあの時のことを思い出す。
戦争でいうならしんがりを任すようなもの。
あの後、王太子エドワードはあの部屋にやってきただろう。あそこにレンブラント侯爵令嬢であるレティーシアがいるということを偽造するためには、アンナがずっとあの場にいなければいけなかった。
もしかしたらあの後、アンナは捕らえられて殺されてしまったかもしれない。その可能性に気づくことが怖くて、無意識にあの時のことを考えないようにしていたけれど、そう考えるのがもっとも自然なのだ。
アンナはそうなることをわかった上で、自分を逃がすためにあの場に残ってくれたのだ。
しかし、貴族に引き取られたアンナも、結局はいわゆる貴族である自分の犠牲になったと等しいのではないだあろうか。
自分とアンナの間には絆があったということを信じたいけれど、それはあくまでも自分側の希望である。
そう思うとやるせなくなった。
「レティーシアさん、いいんだよ。人は自分がいるところでしか想像ができない。自分を恥じたり責めたりする必要ないからね?」
ファニーはひどく冷静である。それは現実を見据えているからだろう。
綺麗事で生きているわけではない生々しさ。
五歳も年下のこの娘に比べ、自分はどれだけ恵まれた場所で生きているのかと思い知らされてしまった。
「でもよく気づけたわね……」
「この孤児院に初めてきた時から、ここが違法の存在だと分かってたから、ずっと探ってたんだ。孤児院として成立するためには、子供の数に対して大人の数が何人とか規定があったりするのに、監査も入ってなかったし。そもそも院長先生が信頼に値する大人じゃなかった」
吐き捨てるように言ったファニーにレティーシアは何を言ったらいいのかわからなくなる。
「これだけの情報を握っていたなら、なんで今まで逃げなかったの? 誰か外の大人に訴えたら、私がいなくても、リラとファニーだけでも脱出できたわよ?」
そう、彼女の目を見つめて訴えれば、ファニーは自嘲するような笑みを浮かべた。
「怖かったんだよ。それにこの町から逃げられる保証もなかったしね。いつか逃げてやる。いつか仕返ししてやる。そうタイミングを見ているようでいて、それでも出ようとしてなかったし、できなかった」
ファニーは眉を下げてレティーシアを上目遣いに見てきた。
「私は貴方と違ってどうしても行かなければならないわけじゃなかったからね。馬鹿のふりをしていれば、目立たないようにしていれば、隣国に売られることはないから……怠けてたんだよ」
「いいえ、それは違うわ。ファニーは怠けてたのではなく、時を待っていただけよ」
レティーシアはそういうと、不敵な笑いを浮かべて見せた。年下の女の子がこんなに頑張ってくれているのだから、お姉さんであるレティーシアもいいところを見せないといけないだろう。
もっとも体は10歳のエルザなのだが。
「三人まとめて受け入れてもらう当て……というか、ここから脱出して身を寄せる先、作り出せるかもしれないわよ」
奴隷売買の店があり、それがこんな子供が知るくらいに公然の秘密とされていることにもレティーシアは驚いてしまった。
王都から遠く離れた場所では、そんな不道徳なことでもまかり通っているのだろうか。
「この国は、でしょ? この町、隣国に近いんだよ? この国じゃなくて隣国に連れていかれて売られていればわからないし、足もつかない」
そう言って、ファニーは証書をぴらっとめくる。
「そしてそこを通じて売られているのは、当然ここの孤児院の子……。引き取り先が決まったって言って出て行ってはいるけれど、ロクに教育もされてない子供を誰が引き取るの? 大人は子供に無関心、一定年齢になったらみんないなくなる……って怪しいとしか思えないでしょ。売られていたんだろうなって、これを初めて見た時に確信に変わったよ。それと、国内に対しても貴族の家対象に売られてるみたいだね。もっともそれに気づいたのはリラなんだけどね」
「リラが……」
「院長が話している内容を聞いて、意味わかんないから教えてーってそのまま聞きに来たよ。私でよかったよ。他の人に訊いてたら、リラがいらない秘密を知ったってことで殺されてたかもしれないからね」
「……それって当然、貴族の家に引き取られたその子が、雇われながらも教育を受けられて、何かがあれば他の家に紹介状を書いてくれるために引き取るとか言うわけじゃないわよね?」
「うん。一定期間慰み者になったあげく口封じに殺されたり、よそに売られたりする感じかな」
「……」
なぜ、ファニーが自分たちが引き取られる先が平民の家と限定したか完全に理解した。
しかし、そんな非道なことをする貴族ばかりだと思われたくない。
「……私の侍女は元々孤児だったのよ。アンナって言ってね。私が王宮から逃げる時も、後を任せられたくらい大事な人だった」
慌ただしく逃げ出したため、別れを惜しむ時間すらなかったあの時のことを思い出す。
戦争でいうならしんがりを任すようなもの。
あの後、王太子エドワードはあの部屋にやってきただろう。あそこにレンブラント侯爵令嬢であるレティーシアがいるということを偽造するためには、アンナがずっとあの場にいなければいけなかった。
もしかしたらあの後、アンナは捕らえられて殺されてしまったかもしれない。その可能性に気づくことが怖くて、無意識にあの時のことを考えないようにしていたけれど、そう考えるのがもっとも自然なのだ。
アンナはそうなることをわかった上で、自分を逃がすためにあの場に残ってくれたのだ。
しかし、貴族に引き取られたアンナも、結局はいわゆる貴族である自分の犠牲になったと等しいのではないだあろうか。
自分とアンナの間には絆があったということを信じたいけれど、それはあくまでも自分側の希望である。
そう思うとやるせなくなった。
「レティーシアさん、いいんだよ。人は自分がいるところでしか想像ができない。自分を恥じたり責めたりする必要ないからね?」
ファニーはひどく冷静である。それは現実を見据えているからだろう。
綺麗事で生きているわけではない生々しさ。
五歳も年下のこの娘に比べ、自分はどれだけ恵まれた場所で生きているのかと思い知らされてしまった。
「でもよく気づけたわね……」
「この孤児院に初めてきた時から、ここが違法の存在だと分かってたから、ずっと探ってたんだ。孤児院として成立するためには、子供の数に対して大人の数が何人とか規定があったりするのに、監査も入ってなかったし。そもそも院長先生が信頼に値する大人じゃなかった」
吐き捨てるように言ったファニーにレティーシアは何を言ったらいいのかわからなくなる。
「これだけの情報を握っていたなら、なんで今まで逃げなかったの? 誰か外の大人に訴えたら、私がいなくても、リラとファニーだけでも脱出できたわよ?」
そう、彼女の目を見つめて訴えれば、ファニーは自嘲するような笑みを浮かべた。
「怖かったんだよ。それにこの町から逃げられる保証もなかったしね。いつか逃げてやる。いつか仕返ししてやる。そうタイミングを見ているようでいて、それでも出ようとしてなかったし、できなかった」
ファニーは眉を下げてレティーシアを上目遣いに見てきた。
「私は貴方と違ってどうしても行かなければならないわけじゃなかったからね。馬鹿のふりをしていれば、目立たないようにしていれば、隣国に売られることはないから……怠けてたんだよ」
「いいえ、それは違うわ。ファニーは怠けてたのではなく、時を待っていただけよ」
レティーシアはそういうと、不敵な笑いを浮かべて見せた。年下の女の子がこんなに頑張ってくれているのだから、お姉さんであるレティーシアもいいところを見せないといけないだろう。
もっとも体は10歳のエルザなのだが。
「三人まとめて受け入れてもらう当て……というか、ここから脱出して身を寄せる先、作り出せるかもしれないわよ」
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