聖女は王宮に帰れない

麻宮デコ@ざまぁSS短編

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2章 10歳のエルザ

7 聖女なんていらない

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 それは王宮に引き取られてきた初めての日のこと。
 エドワードの宮、マルセルの宮、王妃の宮など、王宮内を案内されていて最後に出会ったのがリカルドだった。
 案内をしていた侍女に第三王子のリカルドと教えられて礼をとる。

「リカルド様にはご機嫌麗しゅう。レンブラント侯爵家長女、レティーシア・レンブラントでございます。この度、聖女の任を任さられこちらに居を移すこととなりました。お見知りおきを……」

 そう挨拶をしたのだが、リカルドは不愉快そうに鼻を鳴らしてレティーシアに言い捨てたのだ。

「お前、なれなれしいな。俺は名前で呼ぶことを許してないだろ。侯爵家はそんなことも教えないのかよ」

 そう言われて、むっとしなかったと言ったら嘘になる。王族を敬称で呼ぶのは貴族のマナーであるので、それは侯爵家で確かに教わってきていたことであった。
 しかし、レティーシアは聖女であって、普通の貴族令嬢ではない。
 聖女という立場の方が一王族より身分が上である。
 むしろ初対面のリカルドに敬意を払って自分から挨拶をしてあげたのだ。この場合、マナーがなっていないのはリカルドの方である。
 しかしレティーシアは顔に出さずにいっそう深く頭を下げた。

「申し訳ございません、第三王子殿下。他の殿下方に名前を呼ぶことを許されまして、それが聖女のならいかと勘違いしておりましたゆえ、ご容赦くださいませ」

 王太子や第二王子は名前で呼んでいる、とさりげなく伝えて嫌味を言ってやるが、リカルドはわかっているだろうにそこはスルーしている。

「そうそう、それでいい」

 その言葉に明らかに自分と関わりたくないという拒絶の意思をそれで感じ、以降、リカルドに対しては貴族令嬢が王族に対する態度をとればいいか、と納得したものの、リカルドへの心証は最悪だった。 
 随分と、おごり高ぶった考え方をする王子だな、と思ってもレティーシアの罪ではないだろう。

 上下関係に厳しい竜の制約があるはずなのに、リカルドは頑なまでにレティーシアを聖女扱いしなかった。むしろ聖女という存在を嫌っているかのように、単なる一侯爵令嬢と扱っていた。

 リカルドのその態度は他の人の前でも変わらなかったので、怒った国王陛下がリカルドをレティーシアの目の前で𠮟りつけ、レティーシアに対して命じたのだ。
 これからはリカルドを名前で呼ぶよう、むしろ呼び捨てにして対応は平易な言葉遣いにしろ、とまで言ったくらいだった。
 そんなことをしたらこちらの立場の方がなくなってしまうため、レティーシア自ら国王陛下をとりなしたが、リカルドに対しては内心ざまあみろ、と思っていたのも事実だった。

 リカルドはレティーシアを形式上聖女と呼ぶようにはなったが、意地になってでもいるかのように、敬語を使うことは決してなかった。つまり、聖女と認めていない、と暗に言っているのも同じだった。

 レティーシアからしたらその頑ななまでの態度が逆に不思議で、どうして聖女としてレティーシアを扱わないのか、と質問するのは当然だっただろう。
 リカルドの返事は意外なものだった。

「お前相手だから、こういう態度とってるんだよ」

「私だから?」

「これが平民出身の聖女だったら気も遣うさ。1つ1つ礼法もこちらで教えてやらなきゃいけないんだから。だけどお前は生まれながらの侯爵令嬢だ。寄る辺もない庇護下に置かれている奴らとは違うだろ。お前は聖女である前に貴族令嬢なんだよ。だから、その元の身分を忘れてもらっては困る」

「それは、聖女であることに調子に乗るなということですね?」

「そうじゃなくて」

 リカルドは前髪をぐしゃぐしゃにして、考え込むような仕草を取っている。
 それは上手く自分の考えが言葉にできなくてイライラしているようで。
 そんなリカルドの態度にレティーシアは首を傾げた。

「今までの聖女は聖女でなくなったらもう何も残らなかったが、お前はそうじゃない」

「まるで私が聖女でなくなる日が来るみたいな言い方をされますね」

「……聖女なんてもんはいなくていいんだよ」

 そう言うと、リカルドはレティーシアをまっすぐに見つめた。

「お前はお前なんだから」

 そう言ったリカルドの気持ちは今でもわからない。
 もしかしたら、リカルドはレティーシアを憐れんでいたのかもしれない。

 聖女であるからと王太子殿下と結婚を打診され、それを受け入れざるを得なかった自分を。
 今までも聖女が王族と結婚する例があったらしい。
 中には王族との婚姻を断り、自らの望む道に進む人もいたらしいが、貴族令嬢と生まれついて教育を受けていたレティーシアは、王からの提案を断るという発想自体がなかったのだ。

 そういう聖女としての振る舞いを強要され、当たり前のように受け入れていたレティーシアを、リカルドはどう見ていたのだろう。



 なんとなくリカルドのことを思い出し、そういえば、と彼にこっそりと囁かれていた言葉を流れで思い出した。

 彼は最後の最後に、「帰ってこなくていい」と囁いていた。

 レティーシアにはよくわからない理由で聖女という存在を嫌っていた彼は、これを機会に聖女を王宮から排除しようと思ったのだろうか。

 その彼の真意を探るためにも、王宮に戻るしかないのはなんとも矛盾した話だった。
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