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1章 脱出、そして新しい私
4 最期の口づけ
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「な……っ!? 私を殺すというのですか!?」
レティーシアがリカルドから体を離そうとするが、彼は首を振る。
「それは違う。体と魂を魔力で切り離し、体を仮死状態にするんだ。体はここで時を止めて、エドワード兄上の目をごまかす」
リカルドの説明で、この部屋に入った時から感じていた違和感の理由が分かった。
(この部屋は、時間を止めていたから、この新しい状態を保っていたんだわ)
「確証はないのですが、レンブラント侯爵家を王太子である兄上が狙ったのは、貴方の命を狙ったからではないかと思うのです。なぜか理由まではわからないのですが。このままでは貴方は兄の手に落ち、本当の意味で死を迎えます。だから、この方法を受け入れてください」
「わかりました。マルセル、リカルド、貴方たちを信じます」
どちらにしろ、そう言うしかなかった。
マルセルは脂汗を流しながら、必死に何かをしている。魔法陣は書き上げていたと思ったけど……と思いながら彼を見れば、腕の太い血管を傷つけ、そこから血を絞り出しているではないか。
しかし、その決意を込めた顔を見れば、彼を心配する声を上げたりするのもかえって邪魔になりそうで、不安と怯えの悲鳴を必死で噛み殺した。
痛みをこらえたような顔のマルセルは歯をくいしばりながらレティーシアに言う。
「いいですか? 目覚めたらまず、王宮を目指しなさい」
「え?」
目覚める?
どういうことだろう。
意味が分からず、怪訝そうな顔をしているレティーシアを、リカルドはぐいっとひっぱり、魔法陣の中に横たわらせた。
「エドワード兄上に任せていたらこの国は亡ぶ。お前は聖女としてこの国を救う大義が存在している。力になってくれるな?」
「それはそうですが……事情もわからずに頷けません」
「私たちの計画はその時に貴方に話します。貴方が王宮にたどり着いてからが、本当のスタートなのです」
マルセルがリカルドにかぶせるように言葉を続け、レティーシアが横たわる魔法陣に手を添える。
「ああ、レティーシア。少しの間、辛抱してください」
ぽうっと、魔法陣が光りはじめ、魔法陣の外にいるマルセルと目があった。
礼儀正しいはずのマルセルが、時折みせる粘着質なその瞳が嫌いだった。
しかし、彼が自分に対して悪意を抱いているかといえばそうではない。
リカルドはレティーシアの上に覆いかぶさる。
「マルセル兄上、やれ!」
「何を!?」
リカルドに両手を抑え込まれ、それと同時に強く魔法陣が光った。
「うあああああっ!!!」
魂を肉体からはぎとられる苦しさに、レティーシアは絶叫し、それから逃れようと暴れる。
レティーシアを押さえこんでいるリカルドが歯を食いしばり、歯がきしむ音が聞こえた。
全身が燃えるように熱く、痛かった。
レティーシアの中の聖女の力が暴走する。まるでかまいたちのように魔法陣の上を風が舞い踊り、リカルドを切り刻もうとしても、リカルドはその力を緩めなかった。
そして、レティーシアの耳元に唇を寄せる。
「君はもうここに戻ってこなくていい」
耳元で小さく囁かれた言葉は、先ほどの大義を説いていた時より、よほど真剣な声に思えた。
「君がこれから訪れる世界が幸せなら、俺はそれでいいと思う。竜が支配する国ではなく人が協力しあって国造りをしている国だって世の中にはあるんだからな」
大量の光がレティーシアの身体からあふれていく。ああ、それは生命の光だろう。
ふっとレティーシアの体から力が抜けた。
目の前が暗転し、レティーシアは自分の体から自由になった気がした。
そんなレティーシアの変化に気づき、こわごわといったように、リカルドの体から力が抜けていく。
死ぬ時でも聴覚は最後まで残るという。そして、その次に残る感覚は触覚だった。
死へ向かうレティーシアは唇に何かが触れた気がした。しかしそれはどんどんと薄れていく。
最後に静かな声が聞こえた。
「君の夢を覚えている。君からの愛はもらえなかったけれど、君を誰よりも愛する人間からの口づけで我慢してくれ」
最期にその囁き声だけが聞こえた。
その言葉で、自分が最期の口づけをされたことが分かった。
レティーシアがリカルドから体を離そうとするが、彼は首を振る。
「それは違う。体と魂を魔力で切り離し、体を仮死状態にするんだ。体はここで時を止めて、エドワード兄上の目をごまかす」
リカルドの説明で、この部屋に入った時から感じていた違和感の理由が分かった。
(この部屋は、時間を止めていたから、この新しい状態を保っていたんだわ)
「確証はないのですが、レンブラント侯爵家を王太子である兄上が狙ったのは、貴方の命を狙ったからではないかと思うのです。なぜか理由まではわからないのですが。このままでは貴方は兄の手に落ち、本当の意味で死を迎えます。だから、この方法を受け入れてください」
「わかりました。マルセル、リカルド、貴方たちを信じます」
どちらにしろ、そう言うしかなかった。
マルセルは脂汗を流しながら、必死に何かをしている。魔法陣は書き上げていたと思ったけど……と思いながら彼を見れば、腕の太い血管を傷つけ、そこから血を絞り出しているではないか。
しかし、その決意を込めた顔を見れば、彼を心配する声を上げたりするのもかえって邪魔になりそうで、不安と怯えの悲鳴を必死で噛み殺した。
痛みをこらえたような顔のマルセルは歯をくいしばりながらレティーシアに言う。
「いいですか? 目覚めたらまず、王宮を目指しなさい」
「え?」
目覚める?
どういうことだろう。
意味が分からず、怪訝そうな顔をしているレティーシアを、リカルドはぐいっとひっぱり、魔法陣の中に横たわらせた。
「エドワード兄上に任せていたらこの国は亡ぶ。お前は聖女としてこの国を救う大義が存在している。力になってくれるな?」
「それはそうですが……事情もわからずに頷けません」
「私たちの計画はその時に貴方に話します。貴方が王宮にたどり着いてからが、本当のスタートなのです」
マルセルがリカルドにかぶせるように言葉を続け、レティーシアが横たわる魔法陣に手を添える。
「ああ、レティーシア。少しの間、辛抱してください」
ぽうっと、魔法陣が光りはじめ、魔法陣の外にいるマルセルと目があった。
礼儀正しいはずのマルセルが、時折みせる粘着質なその瞳が嫌いだった。
しかし、彼が自分に対して悪意を抱いているかといえばそうではない。
リカルドはレティーシアの上に覆いかぶさる。
「マルセル兄上、やれ!」
「何を!?」
リカルドに両手を抑え込まれ、それと同時に強く魔法陣が光った。
「うあああああっ!!!」
魂を肉体からはぎとられる苦しさに、レティーシアは絶叫し、それから逃れようと暴れる。
レティーシアを押さえこんでいるリカルドが歯を食いしばり、歯がきしむ音が聞こえた。
全身が燃えるように熱く、痛かった。
レティーシアの中の聖女の力が暴走する。まるでかまいたちのように魔法陣の上を風が舞い踊り、リカルドを切り刻もうとしても、リカルドはその力を緩めなかった。
そして、レティーシアの耳元に唇を寄せる。
「君はもうここに戻ってこなくていい」
耳元で小さく囁かれた言葉は、先ほどの大義を説いていた時より、よほど真剣な声に思えた。
「君がこれから訪れる世界が幸せなら、俺はそれでいいと思う。竜が支配する国ではなく人が協力しあって国造りをしている国だって世の中にはあるんだからな」
大量の光がレティーシアの身体からあふれていく。ああ、それは生命の光だろう。
ふっとレティーシアの体から力が抜けた。
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そんなレティーシアの変化に気づき、こわごわといったように、リカルドの体から力が抜けていく。
死ぬ時でも聴覚は最後まで残るという。そして、その次に残る感覚は触覚だった。
死へ向かうレティーシアは唇に何かが触れた気がした。しかしそれはどんどんと薄れていく。
最後に静かな声が聞こえた。
「君の夢を覚えている。君からの愛はもらえなかったけれど、君を誰よりも愛する人間からの口づけで我慢してくれ」
最期にその囁き声だけが聞こえた。
その言葉で、自分が最期の口づけをされたことが分かった。
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