1 / 13
1章 脱出、そして新しい私
1 唐突な逃亡
しおりを挟む
バン!
「聖女、今すぐここから逃げろ!」
(何事!?)
ノックもなく乱暴に開かれた扉に、レティーシアは驚いて手にしていた経典を床に取り落としてしまった。
レティーシアが声を上げるより先に見知った顔が入ってきた。
この国の第二王子であるマルセルと、第三王子のリカルドだ。
眼鏡をかけて見るからに文官なマルセルと紅髪で長身で肉体派なリカルドは見事に対照的である。
ばさばさっと目の前で落とされた本に目もくれず、二人は部屋の中に駆け込んできた。
身分の高い彼らが用のある相手を呼び寄せるでもなく、自分たちから足を運び、しかもこちらに対して事前に連絡もなくやって来るなんてよほどのことが起きたのだろう。
「どうされたんですか!?」
マルセルはレティーシアを見てほっと息を吐いていたが、リカルドの方は入口から油断なく廊下側を見ている。彼らの護衛もいつもよりずっと数が少なく、よほどの緊急事態なのだろうとレティーシアにも緊張が走った。
「エドワード兄上がお前を捕えにくる。早くここから逃げる支度を……」
「いや、支度している暇もなさそうです。王太子宮の近衛の足音が正門側から聞こえています。30人くらいはいるようですね」
リカルドの言葉にマルセルが首を振った。
そんな遠くの距離にいる人間の歩く音が聞こえるなんてすごい聴力だ。
竜の血を引く彼らの感覚はただ人の何十倍も優れている。そのはことはこの王宮に聖女として引き取られ、彼らと身近に暮らすようになってわかってても、いまだ驚きでしかない。
「エドワード様が私を捕らえに? なぜですか?」
レティーシアがそう驚くのも当然だっただろう。
なぜなら、エドワードはレティーシアの婚約者なのだから。
マルセルは驚愕に表情を凍らせるレティーシアに痛ましそうな目を向ける。
「レンブラント侯爵家の王家への謀反の疑いです。反逆罪として名指しで手配され、今朝がたから捜査されてたようです。兄上配下の近衛隊が動いていることに気づいて調べさせ、そのことがわかったのでリカルドを連れてこちらに参りました」
「反逆罪なんて……我が父がそんなことをするはずありません!」
レティーシアが悲鳴のような声を上げると、マルセルはわかっている、とばかりに頷いた。
「レンブラント侯爵家が裏切るはずはありえません。そんなのわかり切っているのに、兄上は貴方ごとかの家を罪人としました。兄上は気が触れているとしか思えません」
レンブラント侯爵はレティーシアの家だ。現侯爵が父で、レティーシアは王宮に引き取られる前はかの家で侯爵令嬢として何不自由ない生活を過ごしていた。
愛されて育てられていたレティーシアが聖女となって王宮で暮らしている以上、レンブラント侯爵家は王家に絶対の忠誠を誓っている。悪い言い方をすれば、レティーシアが人質という見方もできるのだ。
それに元々、王家とレンブラント侯爵家の仲は良好で、反逆する理由すら存在しない。
眼鏡をかけたマルセルの顔が苦悩に歪む。
イライラと状況を見ていたリカルドがレティーシアの腕をぐいっと掴んだ。
「説明は後だ! 時間がない。エドワード兄上の兵が来てしまう。後は逃げながら説明する!」
リカルドに引っ張られながらレティーシアは後ろを振り返った。
レティーシア付きの侍女のアンナがそこにいて、レティーシアに向かって大きく頷いた。
「行ってくださいお嬢様。後のことはわたくしにおまかせください」
「アンナ、頼んだわ」
そう言うと、レティーシアは今度こそ、リカルドの後について走り出した。
「聖女、今すぐここから逃げろ!」
(何事!?)
ノックもなく乱暴に開かれた扉に、レティーシアは驚いて手にしていた経典を床に取り落としてしまった。
レティーシアが声を上げるより先に見知った顔が入ってきた。
この国の第二王子であるマルセルと、第三王子のリカルドだ。
眼鏡をかけて見るからに文官なマルセルと紅髪で長身で肉体派なリカルドは見事に対照的である。
ばさばさっと目の前で落とされた本に目もくれず、二人は部屋の中に駆け込んできた。
身分の高い彼らが用のある相手を呼び寄せるでもなく、自分たちから足を運び、しかもこちらに対して事前に連絡もなくやって来るなんてよほどのことが起きたのだろう。
「どうされたんですか!?」
マルセルはレティーシアを見てほっと息を吐いていたが、リカルドの方は入口から油断なく廊下側を見ている。彼らの護衛もいつもよりずっと数が少なく、よほどの緊急事態なのだろうとレティーシアにも緊張が走った。
「エドワード兄上がお前を捕えにくる。早くここから逃げる支度を……」
「いや、支度している暇もなさそうです。王太子宮の近衛の足音が正門側から聞こえています。30人くらいはいるようですね」
リカルドの言葉にマルセルが首を振った。
そんな遠くの距離にいる人間の歩く音が聞こえるなんてすごい聴力だ。
竜の血を引く彼らの感覚はただ人の何十倍も優れている。そのはことはこの王宮に聖女として引き取られ、彼らと身近に暮らすようになってわかってても、いまだ驚きでしかない。
「エドワード様が私を捕らえに? なぜですか?」
レティーシアがそう驚くのも当然だっただろう。
なぜなら、エドワードはレティーシアの婚約者なのだから。
マルセルは驚愕に表情を凍らせるレティーシアに痛ましそうな目を向ける。
「レンブラント侯爵家の王家への謀反の疑いです。反逆罪として名指しで手配され、今朝がたから捜査されてたようです。兄上配下の近衛隊が動いていることに気づいて調べさせ、そのことがわかったのでリカルドを連れてこちらに参りました」
「反逆罪なんて……我が父がそんなことをするはずありません!」
レティーシアが悲鳴のような声を上げると、マルセルはわかっている、とばかりに頷いた。
「レンブラント侯爵家が裏切るはずはありえません。そんなのわかり切っているのに、兄上は貴方ごとかの家を罪人としました。兄上は気が触れているとしか思えません」
レンブラント侯爵はレティーシアの家だ。現侯爵が父で、レティーシアは王宮に引き取られる前はかの家で侯爵令嬢として何不自由ない生活を過ごしていた。
愛されて育てられていたレティーシアが聖女となって王宮で暮らしている以上、レンブラント侯爵家は王家に絶対の忠誠を誓っている。悪い言い方をすれば、レティーシアが人質という見方もできるのだ。
それに元々、王家とレンブラント侯爵家の仲は良好で、反逆する理由すら存在しない。
眼鏡をかけたマルセルの顔が苦悩に歪む。
イライラと状況を見ていたリカルドがレティーシアの腕をぐいっと掴んだ。
「説明は後だ! 時間がない。エドワード兄上の兵が来てしまう。後は逃げながら説明する!」
リカルドに引っ張られながらレティーシアは後ろを振り返った。
レティーシア付きの侍女のアンナがそこにいて、レティーシアに向かって大きく頷いた。
「行ってくださいお嬢様。後のことはわたくしにおまかせください」
「アンナ、頼んだわ」
そう言うと、レティーシアは今度こそ、リカルドの後について走り出した。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる