上 下
4 / 4

しおりを挟む
 その夜、レヴィンはジゼルに呼び出された。
 昼間のやり取りがあったため、なんとなく気まずい気がして、レヴィンはジゼルの顔を見ることができないままだ。

「レヴィン、参りました」

「入りなさい」

 寝る前だからだろうか。ジゼルはもうドレスから室内着、というより、寝間着の上に着るようなガウン姿だ。

 ジゼルの私室の前の廊下でやり取りが終わるかと思ったが、どんどんジゼルが中に入っていく。あとについて入れとばかりにマーリンがレヴィンを当たり前のように中に引き入れられた。


 一番奥には寝室がある。

 さすがにそこには入らないだろうと思いきや、そこにまで案内されて。
 戸惑って足を止めれば、マーリンに入るように促される。
 ドアを少し開け放し、ドアの向こうにジゼルのお付きの侍女のマリーンが立っているのが見えて、男と女が二人きりにならないというしきたりを守っているのに安心したが、そう思った瞬間、ジゼルが中からドアを閉めた。

「お嬢様!?」

 ジゼルはベッドの上に座って、ドアの傍で立ち尽くすレヴィンを見上げている。

「ねえ、レヴィン。私が今、ここで大声を出せば、どういうことになるかわかってる?」

 マリーンは外にいるが、貴族令嬢の私室に二人きり。

「この状況、貴方は私にはめられたってわかるわよね?」

「……」

「世の中はこういうことしてくる人はいるの。それは男でも女でも関係なくね。それでも貴方はそんな相手を許せるの? 愛せる?」

 ああ、まだお嬢様はお怒りなのだ、とレヴィンはそれで悟った。
 昼間、ジゼルに追い出された男だけでなく、卑怯者は相手の弱さや善意を逆手にとって、このように自分の思い通りに人を操ろうとするのだ、ということを教えるために、このようなことまでをして。

 ジゼルはふぅ、とため息を吐いた。
 
「ね? 好きだからといって相手の気持ちを考えないようなことをしてはダメなのよ」

「申し訳ございません、お嬢様……」

 一回り歳下の娘に諭され、自分の非を理解する。レヴィンはそのままジゼルに頭を下げた。

 己がどれだけ愚かなことをしたのか。そして守るべき対象である主の娘を傷つけたのかを思い知って、ぐっと唇を噛む。

「わかったようだからいいわ。許してあげる。頭をあげなさい」

 その言葉にほっとして、レヴィンは顔をあげてぎょっとした。

 ジゼルがガウンを脱いでいる。
 その下には薄手のネグリジェでジゼルの体のラインまで透けて見えそうになっているではないか。
 レヴィンは慌てて目をそらす。

「そ、それでは私は失礼して」

 ドアの方に向かおうとするレヴィンをジゼルの声が引き留める。

「私はまだ退室の許可出してないわよ?」

 そしてジゼルはぐいっとレヴィンを引っ張った。
 力はレヴィンの方が強いはずなのに、驚きと違う形で固まっているレヴィンは難なくベッドの上に引き倒されてしまう。

「お嬢様!? お戯れはおやめください」

 真っ赤になっているレヴィンの上にジゼルは馬乗りになって抱きしめた。

「戯れ? 遊びなんかじゃないわよ。 私、レヴィンのことが本当に好きだったの。ここまでしても、私の気持ちが嘘だとか気づかないとか言わせないからね?」

 ジゼルの方がよほど堂々としているし、レヴィンの方が生娘のようだ。ぎゅっと目を固く閉じて動かない。

「もう、しょうがないなぁ……」

 ジゼルはレヴィンの耳元で何かを囁く。その瞬間、レヴィンの中にあった理性が消え失せた。


***


「お嬢様、晴れてレヴィン様とのご婚約、おめでとうございます!」

 侍女たちの祝いの言葉に、ジゼルは複雑そうな顔を見せるだけだ。

「騎士って、絶対、恋人や妻より、主人の方が好きよ……ホモなのよ……」

 そうジゼルはふくれっ面をしている。

「だってあんなに誘惑したのに、結局は『お父様の許可はいただいてるわよ』の一言が決め手だったんだもの。女に恥をかかせるなんて……」

「いえ、多分、もうとっくにオチてたと思いますよ?」

 マーリンの言葉にジゼルは顔を上げた。

「お嬢様のその言葉が嘘だったら取返しつかないじゃないですか。今までのレヴィン様だったら、まずご主人様にその真意を確かめてたと思います。たとえどれだけお嬢様の不興を買ったとしても。据え膳を先にいただいたというのなら、責任を取る覚悟をその時点で決めてたと思いますよ」

 そう続けられて、そうよね、とジゼルは顔を輝かせるが。

「伯爵様のお声掛かりなら、あっさりと物事進むだろうことがわかっているのに、意地をはってるからこんな回り道したんですよ?」

 と現実を言われて、またむくれた顔をした。

「そんなの嫌じゃない。主人の命令で結婚なんて、私、憐れまれて結婚したいんじゃないの。好きになってもらって結婚したいの!」

「ご主人様はレヴィン様の結婚を待ちわびていましたしね……」

 ジゼルの父は娘の恋心をとっくに知っていて見守っている状況だったことを、当のレヴィンだけは知らなかったのだ。

「いつまでも未婚な護衛騎士がいるのに、その結婚の世話をしない主人がいる時点で、レヴィンも察しろっていうのよ」

 そうジゼルは膨れた顔をするが、そんなジゼルを侍女たちは微笑ましく見守る。なんだかんだ言って、彼女たちはずっとジゼルの恋を見守っていたのだから。

「でも本当にあの激ニブなレヴィン様でいいんですか?」

 そう、マーリンに改めて言われれば、ジゼルは頬を染めて横を向く。そして呟いた。

「そこが好きなのよ」と。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

離婚された夫人は、学生時代を思いだして、結婚をやり直します。

甘い秋空
恋愛
夫婦として何事もなく過ごした15年間だったのに、離婚され、一人娘とも離され、急遽、屋敷を追い出された夫人。 さらに、異世界からの聖女召喚が成功したため、聖女の職も失いました。 これまで誤って召喚されてしまった女性たちを、保護している王弟陛下の隠し部屋で、暮らすことになりましたが……

処理中です...