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エルヴィがモリーの部屋に入った時、ドアを開け放したままだったので、その怒鳴りつけた声が廊下まで聞こえていたのだろう。
大声を聞きつけて、驚いた両親までがそこに駆けつけてしまった。
「どうしたんだ?」
母を廊下に控えさせて、父だけが部屋の中に入ってくる。
「お義父様……」
「お父様!お姉さまったら、ひどいんですぅ! ちょっと悪戯しただけなのに」
唐突に表れた義父に対して、今のあらぶる感情の制御が上手くいかず困惑で黙り込んだエルヴィと違い、モリーは父に間髪入れず、姉の非を訴える。
しかしモリーの話をきいた義父はさっと顔色を変えると「モリーを修道院に入れる」と言い切った。
事実上の勘当である。
手塩にかけて育てた実の娘を見捨てるというのも同然の決定に、モリーだけでなくエルヴィも母も驚きを隠せなかった。
「お前はこの家の敷地に二度と入ってくるな」
そう言ってアリスト男爵は娘を睨みつけると執事に手配をするよう命じた。
執事も本当にいいのかという動揺をした顔をして主人の顔を見つめているが、その命令は揺るがない。
「お父様は、私を捨てるの!?」
「ああ。自分がしたことの愚かさを反省してこい」
モリーが泣き叫びながら父親に取りすがっているが、冷たく無視をしている。
「あなた! モリーは事の重要さを理解していなかっただけでしょう? 罰がひどすぎませんか?」
事情をきいた母が夫をたしなめようとする。義理の母の方がモリーを思いやっているのがあべこべな気がしないでもないがアリスト男爵は首を振った。
「そんなのは理由にならない。モリーは悪意を持ってエルヴィの未来を邪魔しようとしたんだ。それは今回運良くなんとかなっただけで、今後この世間知らずさと幼稚さはもっと大きな罪の芽となるだろう。私は父親だからこそ、モリーを処断をする」
「……ただ悔しかっただけなのに……」
そう言って床に座り込んで泣きじゃくっているモリーを慰めようもなく、皆で遠巻きになって見つめるだけだ。義父はモリーを一瞥すると。
「明日までに修道院に行く準備をしろ。お前のために用意していた財産は全部修道院に寄付する」
そう言ってモリーを部屋に残し、それ以外の人は部屋から出るように命じた。
どういう顔をしていいかわからないままエルヴィは黙って従っていたが、部屋を出てドアを閉めた途端に義父はエルヴィに頭を下げた。
「エルヴィ、モリーが済まなかった……もっと早く私が気づいていれば……」
「お義父様……」
「私はモリーの母への怒りをモリーに重ねているだけかもしれない。しかしモリーが幼い時から見せる誰かの幸せをねたむようなところが、あいつを彷彿とさせてならなかった」
あいつというのはモリーの母の事だろうか。
彼は父親としてしっかりと娘のことを見てきていたのだろう。
幼い時から見守っていて、血が繋がった親子であるのに、こんなことも起こりえるのだと思うと、難しいものだとエルヴィは感じた。
「今回のことはただのきっかけだ。いつかこうなると予感していたよ」
どこか疲れた表情をする義父をエルヴィは抱きしめて、慰めることしかできなかった。
* *
―― 三年後。
ラスター伯爵に嫁いだエルヴィは二人の子供を産んでいた。
モリーが修道院に入り世俗から離れたので、エルヴィの子供がアリスト男爵家を相続することになっている。
上の子はラスター伯爵家を、下の子はアリスト男爵家を。
本来だったらこれはアリスト男爵の実子であるモリーが相続する爵位だったはずだ。
姉が伯爵と結ばれたからといって、モリーがどうなるわけでもなかったのに、どうしてモリーはそれを許せなかったのだろう。
(他人の幸せをねたんで邪魔しようとすると、本来得られるべき幸せも得られなくなってしまうのね)
エルヴィは自分の腕の中で眠る子供を見つめると、首を振った。
(ううん爵位なんてどうでもいいわ。今、こうしていられることだけで十分幸せだもの)
このぬくもりこそが最高の幸せと思える気持ち、それが大事なのだとエルヴィは理解していた。
大声を聞きつけて、驚いた両親までがそこに駆けつけてしまった。
「どうしたんだ?」
母を廊下に控えさせて、父だけが部屋の中に入ってくる。
「お義父様……」
「お父様!お姉さまったら、ひどいんですぅ! ちょっと悪戯しただけなのに」
唐突に表れた義父に対して、今のあらぶる感情の制御が上手くいかず困惑で黙り込んだエルヴィと違い、モリーは父に間髪入れず、姉の非を訴える。
しかしモリーの話をきいた義父はさっと顔色を変えると「モリーを修道院に入れる」と言い切った。
事実上の勘当である。
手塩にかけて育てた実の娘を見捨てるというのも同然の決定に、モリーだけでなくエルヴィも母も驚きを隠せなかった。
「お前はこの家の敷地に二度と入ってくるな」
そう言ってアリスト男爵は娘を睨みつけると執事に手配をするよう命じた。
執事も本当にいいのかという動揺をした顔をして主人の顔を見つめているが、その命令は揺るがない。
「お父様は、私を捨てるの!?」
「ああ。自分がしたことの愚かさを反省してこい」
モリーが泣き叫びながら父親に取りすがっているが、冷たく無視をしている。
「あなた! モリーは事の重要さを理解していなかっただけでしょう? 罰がひどすぎませんか?」
事情をきいた母が夫をたしなめようとする。義理の母の方がモリーを思いやっているのがあべこべな気がしないでもないがアリスト男爵は首を振った。
「そんなのは理由にならない。モリーは悪意を持ってエルヴィの未来を邪魔しようとしたんだ。それは今回運良くなんとかなっただけで、今後この世間知らずさと幼稚さはもっと大きな罪の芽となるだろう。私は父親だからこそ、モリーを処断をする」
「……ただ悔しかっただけなのに……」
そう言って床に座り込んで泣きじゃくっているモリーを慰めようもなく、皆で遠巻きになって見つめるだけだ。義父はモリーを一瞥すると。
「明日までに修道院に行く準備をしろ。お前のために用意していた財産は全部修道院に寄付する」
そう言ってモリーを部屋に残し、それ以外の人は部屋から出るように命じた。
どういう顔をしていいかわからないままエルヴィは黙って従っていたが、部屋を出てドアを閉めた途端に義父はエルヴィに頭を下げた。
「エルヴィ、モリーが済まなかった……もっと早く私が気づいていれば……」
「お義父様……」
「私はモリーの母への怒りをモリーに重ねているだけかもしれない。しかしモリーが幼い時から見せる誰かの幸せをねたむようなところが、あいつを彷彿とさせてならなかった」
あいつというのはモリーの母の事だろうか。
彼は父親としてしっかりと娘のことを見てきていたのだろう。
幼い時から見守っていて、血が繋がった親子であるのに、こんなことも起こりえるのだと思うと、難しいものだとエルヴィは感じた。
「今回のことはただのきっかけだ。いつかこうなると予感していたよ」
どこか疲れた表情をする義父をエルヴィは抱きしめて、慰めることしかできなかった。
* *
―― 三年後。
ラスター伯爵に嫁いだエルヴィは二人の子供を産んでいた。
モリーが修道院に入り世俗から離れたので、エルヴィの子供がアリスト男爵家を相続することになっている。
上の子はラスター伯爵家を、下の子はアリスト男爵家を。
本来だったらこれはアリスト男爵の実子であるモリーが相続する爵位だったはずだ。
姉が伯爵と結ばれたからといって、モリーがどうなるわけでもなかったのに、どうしてモリーはそれを許せなかったのだろう。
(他人の幸せをねたんで邪魔しようとすると、本来得られるべき幸せも得られなくなってしまうのね)
エルヴィは自分の腕の中で眠る子供を見つめると、首を振った。
(ううん爵位なんてどうでもいいわ。今、こうしていられることだけで十分幸せだもの)
このぬくもりこそが最高の幸せと思える気持ち、それが大事なのだとエルヴィは理解していた。
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