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「つまり、こちらに来てから、この動物たちは一度も病院にかかっていないと?」

「そうだよ」

 誇らしげに言ってのけるセラフィムを、まるで異次元の存在のようにエルヴィラは見た。

 つまり、飼い主としての義務の定期健診すらさせていないのだ。

 この屋敷には国外からきた珍しい動物が多い。
 
 彼のこの様子では輸入をされた時点で検疫をちゃんと受けているかどうかもわからないだろう。

 どんな病気を持っているかもしれないし、知られていない病気だってあるかもしれないのに。

 こんな恐ろしい館にいられない、とエルヴィラは何かに引かれるように立ち上がると、淑女としてはしたないとそしりを受けることも覚悟の上で走り出した。

 馬車を走らせ、バートランドの邸宅にたどり着くと、エルヴィラはそのままの足で父であるバートランド伯爵の元までいき、猫に引っかかれた左手を見せた。

 娘の白皙の手の甲から流れ落ちる血を見た伯爵は、事態の重さを察して大急ぎで医者の手配をするが、父親としては病への恐怖より痛々しい娘の肌に傷が残ることを心配する気持ちの方が勝っていたかもしれない。

 医者から治療を受けながら、エルヴィラは必死に父に訴えた。

「もう、あの人と一緒にいたくないです、婚約を解消させてください」

「どうした。いつも冷静なお前がそんなに取り乱すなんて。一体どんなことがあったんだ?」

 サイモン侯爵家が動物屋敷なことは伯爵も知っている話だったのでセラフィムが飼っているペットに娘が引っかかれて動揺しているのか、と最初は慰めにかかる伯爵だったが、エルヴィラの話を聞けば次第に顔色が変わっていった。

 エルヴィラが涙ながらに、今まで自分が彼から大事にされていなかったこと、動物に対するより自分の扱いがひどかったこと、動物たちの状況などを訴えれば伯爵は激怒をした。

 即座に執事を読んで書簡の準備をさせるとエルヴィラの治療費も含めて事実を全て書き起こした正式な抗議書をサイモン侯爵家に送り、婚約解消の申し入れを行ったのだ。

 なによりもエルヴィラの手の傷は思ったより重く、それだけでも十二分に婚約破棄の理由になりえたのだ。

 正式に締結した婚約であるのに格下である伯爵家からの破棄の申し入れは異常事態である。

 そして動物愛護の気風が強い国だったため、セラフィムの行動は非難の的ともなった。

 息子を放置していた侯爵は、現実を知れば仰天し、慰謝料と上乗せされた賠償金も提示されたが、それは口止め料も含まれていたのだろうが、既に噂となって社交界を蔓延まんえんしてしまったため、どうしようもなかった。

 サイモン侯爵夫婦は息子に対して放任ではあったものの、良識がまだ残っていたのが幸いし、事はほどなくして収まるところに収まっていった。

 無事、婚約はなかったことにされたのだったが、一方セラフィムの方といえば

「俺の家族を認められない女なんかと結婚できない」

 とあくまでも婚約破棄された理由をどこか勘違いしていたようだった。


 ――その後、幸いにもエルヴィラはすぐに別の人と縁を繋ぐことができ、結婚をした。


 セラフィムのことを忘れて暮らして幸せに暮らしていたのだが、ある日、新聞売りに押し切られるようにして買った新聞に懐かしい名前を見つけた。

「あら? これ、セラフィム様のことじゃないかしら?」

 新聞の見出しに大きく取り上げられていたのは、サイモン侯爵令息であるセラフィムの逮捕だった。

 あんな引きこもりのような人だったのに、逮捕されるなんて何をしでかしたのだろうと興味がそそられて読み進めていったら、思いがけない事件をかの男は引き起こしていた。
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