自信過剰なワガママ娘には、現実を教えるのが効果的だったようです

麻宮デコ@ざまぁSS短編

文字の大きさ
上 下
2 / 3

しおりを挟む
「トルナ侯爵家の別邸にエリカさんも遊びにこないか?」というルパートの招待は、最初は却下されそうになっていた。

「エリカは人見知りですので」とそっけなく叔母は断ろうとしていたが。

「トルナの領地は田舎でね。素朴なところだよ。周囲には人どころか動物しかいない。あるのは侯爵家の別邸だけなんだ」

とルパートが言うと、エリカ自身が「私、鹿が見てみたいわ。野生のリスも!」と目を輝かせたので、渋々折れていた。

(叔母様は、エリカを誰かと交流させようとしているのを嫌がっている?)

 何度もトルナの領地の様子をルパートから聞いて確認している叔母の様子がなんとなく怪しく、アンジェリカはその様子をじっと見つめていた。


 * * *


「トルナ侯爵領までは遠いから、そこに着くまでお友達のおうちに泊まらせていただくから、ちゃんとご挨拶してね」

 アンジェリカがそう言えばエリカは「そうなの?」と素直に信じている。
 まともな教育を受けていれば、すぐにおかしいと気づくレベルの常識すらエリカは欠けている……とアンジェリカは勘づいたが顔には出さない。身分の高い爵位の者の領地は王都から近い順に割り当てられるのだ。だから侯爵領がそう遠いはずもないと貴族の娘ならわかるのだ。

 ルパートはとある基準を持つ友人らに、あらかじめ根回しをして順番に泊まらせてもらうよう交渉していた。

 その基準とは、エリカと同じか下の年齢を持つ子供のいる家。

 もちろん、マナーができていないエリカの話はあらかじめそれとなく伝えてはいたが、それを誰もとがめたりはしないような人を選んで。

 最初の三日くらいはエリカはなんとも思っていないようだった。
 しかし、行く家、行く家全てで出会う同じ年頃……いや、年下の子ですらエリカより行儀がよく、テーブルマナーも完璧なのを見れば、我が身を振り返って感じるものがあったようだ。

 もっとも彼らは特別だったのだが。

 幼い時から王宮に出入りを許されて、将来的に王族の近侍となるような家系の子たちのため、厳しい訓練を受けてきている。
 しかしそんなことを知らないエリカは、「貴族の子は全員、この程度はできるのだ」という風に受け止めた。

 美しいカーテシーをし、食事をする時は音も立てず姿勢も崩さない。
 真似しようとしても練習すらしたことのない身ではふらつくし、ぎこちない。
 大人になればできる、その気になれば見様見真似でできる。いざとなれば……そうエリカは思っていたのだ。
 しかし、身についていない動きは様にならない。

 夜、ベッドでエリカは泣いていた。
 そんなエリカをアンジェリカは抱きしめる。

「どうして泣いてるの? 誰かが貴方を悪く言ったの?」

「いいえ」

「自分を恥ずかしく思ったのね」

「…………」

 エリカは姉が日々、悲壮感と焦りを持って自分に言っていたことは事実だったとようやく感じ入った。
 行く家全てで自分の行いが全否定されていたら、さすがに自分が間違っていると気づく。

 そして、アンジェリカにとっては嬉しい誤算があった。

 旅先という知らない人しかいないところでは、エリカはアンジェリカについてまわるしかない。
 自然と姉の側に付きっ切りになり、その目で貴族としての振る舞いをつぶさに観察することになったのだ。
 一週間後にトルナ侯爵の別荘に入ると、婚約者であるアンジェリカは未来のルパートの妻として皆に扱われた。
 その中には将来の侯爵家に連なる者におもねる気持ちもあっただろうけれど、皆、アンジェリカをほめそやす。なんと美しくも優雅な人だろう、さすが侯爵家に縁が続くにふさわしい人だ、と。

 それまでは、どこか口うるさく煙たいだけとしか思っていなかった姉は、皆にかしずかれる淑女なのだということをエリカは知ったのだ。

 ずっとエリカはどこかで勘違いしていた。

 叔母夫婦が言うように可愛い自分は王子妃に、何もしなくてもなれるのだと。

 そして自分は王子妃になって、姉より身分の高い人に嫁ぐのだから姉より上なのだと、根拠のないプライドがあったのだ。

 しかし姉の貴族らしい立ち居振る舞いや、立ち回りは裏に重ねられた静かな努力のたまものだし、容姿だけでなく、そういう努力が選ばれたと理解したのだ。


「お姉さま……私、お姉さまのようになりたい。どうすればいいのかな」

 旅行の最終日、アンジェリカの寝室でエリカは思いつめた顔をしてアンジェリカに思いを打ち明けた。

 アンジェリカは妹のその真剣な表情を見て微笑む。

「ならば、うちに帰ってくる? しっかりと教えてあげるわ。貴方が大きくなるまでに身に着けければならなかったことを、今から覚えるのだからとても大変なことよ」

「うん」

 エリカはまっすぐに姉を見て頷いた。

「貴方なら、本当に王子妃になれるかもしれないわ。ちゃんと自分で気づけた貴方ならね」

 アンジェリカはエリカの両手を包むように握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

隣国の王子に求愛されているところへ実妹と自称婚約者が現れて茶番が始まりました

歌龍吟伶
恋愛
伯爵令嬢リアラは、国王主催のパーティーに参加していた。 招かれていた隣国の王子に求愛され戸惑っていると、実妹と侯爵令息が純白の衣装に身を包み現れ「リアラ!お前との婚約を破棄してルリナと結婚する!」「残念でしたわねお姉様!」と言い出したのだ。 国王含めて唖然とする会場で始まった茶番劇。 「…ええと、貴方と婚約した覚えがないのですが?」

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】王女の婚約者をヒロインが狙ったので、ざまぁが始まりました

miniko
恋愛
ヒロイン気取りの令嬢が、王女の婚約者である他国の王太子を籠絡した。 婚約破棄の宣言に、王女は嬉々として応戦する。 お花畑馬鹿ップルに正論ぶちかます系王女のお話。 ※タイトルに「ヒロイン」とありますが、ヒロインポジの令嬢が登場するだけで、転生物ではありません。 ※恋愛カテゴリーですが、ざまぁ中心なので、恋愛要素は最後に少しだけです。

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。 それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。 そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

君より妹さんのほうが美しい、なんて言われたうえ、急に婚約破棄されました。~そのことを知った父は妹に対して激怒して……?~

四季
恋愛
君より妹さんのほうが美しい、なんて言われたうえ、急に婚約破棄されました。 そのことを知った父は妹に対して激怒して……?

毒はすり替えておきました

夜桜
恋愛
 令嬢モネは、婚約者の伯爵と食事をしていた。突然、婚約破棄を言い渡された。拒絶すると、伯爵は笑った。その食事には『毒』が入っていると――。  けれど、モネは分かっていた。  だから毒の料理はすり替えてあったのだ。伯爵は……。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...