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第百六十九話 相談と問題

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長くお休みをいただきありがとうございました。
また更新が滞ることもあると思いますが、改めてよろしくお願いします。





 王都を駆け巡った新たな神の試練の話題。
 しかし、王都の民のほとんどはこれまでの神の試練の規模からかそれほど深刻には捉えていなかった。
 
 新たな石版の記述に不安にこそ苛まれても、実際に王都まで魔物が到達することはない、いまの生活を殊更変える必要などない。
 そう、錯覚してしまっていた。

 現実に恐るべき脅威が迫っているとも知らずに。

「今回の神の試練。いままで記述されてきた魔物の大量発生でなく前代未聞の巨大な魔物が現れたということだが……いまそれで大きな問題が起こっている」

 深刻な表情で切り出したのはケイゼ先生。

 クラス対抗戦の開催まであと一週間もないこのタイミングで俺たちはケイゼ先生を交えて話し合いをしていた。
 いうまでもなくこの先に訪れるであろう大騒動について。

「巨大な魔物。そうだな。実際は魔物かどうかも検証できていない巨大な生物。巨なる魔。そいつが出現したのは王都南にある未開拓領域“グラッジラム大森林”だ」

 以前ラウルイリナたちと訪れた数多の毒草の生える“黒紫の森”も一部重なっている広大な面積を誇る人類未踏域。
 奥地にはまだ見ぬ強力な魔物が潜んでいるのではと噂される土地。
 神の石版にはそこに王都に向かって進行する魔物が出現すると記されてあった。

「当初王都の民たちは精鋭揃いの騎士団さえ派遣されればどうせ王都まで到達することはないだろうと楽観視していた訳だが。偵察隊が持ち帰った第一報によってその認識は大きく変化した」

 手元の紅茶のカップを傾け喉を湿らせるケイゼ先生。
 自らを落ち着かせるようにゆっくりと語りかけてくる。

「巨なる魔。石版に記された名は『暁霧の山脈龍ブリーズニッグ』。切り立つ山脈の如き背は鋭く尖り、全身が鉱石のような分厚い鱗に覆われた翼のない龍。歩みは遅くとも進行の度に局所的な地震を引き起こし、森を切り開きながら進む圧倒的質量と巨躯を誇る未知の生物」

 息を呑む。

「なにより大きさが尋常ではない。……竜の魔物はいる。ドラゴン。以前君が話してくれたラナの記憶。そこに現れたイグニアスドラゴンは二十m近い体躯と言われている非常に大きな魔物だ。だが……山脈龍は更に規格外だった。流石神の石版に記されるだけのことはあると褒めるべきなのだろうかね。……我々にとっては不幸なことだが」

「なんだ、ケイゼにしては煮え切らないな。はっきりいってくれ。そいつはどれだけデカい?」

 言い淀むケイゼ先生に先を促すミストレア。
 一度深く呼吸をしたあとケイゼ先生が重苦しく口を開ける。

「未確認な部分も多いが……六百m以上の全長らしい」

「ろ……六百?」

「ウソだろ……」

「騎士団の偵察隊がグラッジラム大森林を訪れた時、木々を薙ぎ倒し、地鳴りと共に現れたのがそいつだ。大きさは目算でしか判らなかったそうだが……背の高い森の木々すらもゆうに追い越す高さに、尾まで含めると六百mを超える長さまで備えているらしい。まさに動く山といっても過言ではない。それが王都を目指して進攻している。……デカい蜥蜴にしても限度があるだろうと思うがな。おっとこんなことを言っているのが竜人にバレたらこっぴどく怒られるな」

 最後ケイゼ先生は茶化すように誤魔化していたが、彼女ですらあまりに規格外な山脈龍に動揺しているのが窺えた。

「でだ。その規格外の生物に対抗するための戦力。騎士団自体の派遣がいま難しい状況にある」

「……瘴気獣ですか?」

「ああ、各地で頻出している瘴気獣の出現。以前なら考えられなかった数が短期間で頻繁に現れるようになっている。騎士団の多くは王国各地に散っていて、山脈龍討伐に戻って来れるかは怪しい」

 騎士団の強さは以前の長期休暇の際に実際に目の当たりにした。
 あれほどの戦力があればと期待してしまうが瘴気獣に対する対策も必須。
 ……難しい問題だ。

「いま王都に残っているのは第一騎士団を筆頭に魔法に長けた第三騎士団と銃や弓など遠距離物理攻撃に長けた第四騎士団。後は救護騎士の集まりである第七騎士団の一部だ」

 第一騎士団といえばパレードで見た“纏引”サイヘル・デアンタール。
 その強さのほどは想像もつかないけど、七つある騎士団の中でも飛び抜けた実力があるのだろう。
 
「だが、第一騎士団は王都を守る最後の守り。逆にいえば王都の民が明確な危険に晒されるその時にしか動けない。でなければ民の間にも不安が伝播し、あらぬ騒動を巻き起こしても可笑しくない」

「なら頼りは第三騎士団と第四騎士団ですか?」

 『治安維持にも問題が出るだろうしな』とケイゼ先生が第一騎士団が動くときの懸念点を話す中、その他の騎士団について尋ねる。

 クランベリーさんの率いる
第三騎士団。
 上級魔法をスライムの大群相手に連携して放つ様は深く印象に残っている。
 勿論大規模な範囲を切り刻む最上級魔法も。

 とても頼りになる存在だ。
 王都に向かって規格外な生物が進行しているこんな状況なら特に。

「そうだな。第三騎士団クランベリー・ランゴーシュ。周囲との軋轢にも一切引くことはなく力を示すことで以て黙らせてきた“異端の魔女”。正道からは外れたあの魔法を操る彼女がいれば或いは……」

「正道から……外れた?」

「聞いたことは……ないか。無理もない。あまり吹聴して回る内容でもないからな。だが誤解して欲しくないのは彼女は王国を守る騎士として常に邁進してきたということだ。ラナの魔法を知っても彼女に偏見を持たなかった君なら教えてもいいとは思うが……彼女と君はすでに出会っているのだろう? であるなら私の口から話す訳にもいかないな」

 そういって口を紡ぐケイゼ先生。
 理由はわからない。

 でも……クランベリーさんが罪には厳しくとも人の言葉に真剣に耳を傾けてくれる人だと知っている。
 言動はちょっと過激なときもあるけど心優しい人。

 気まずい雰囲気を誤魔化すように続けてもう一つの騎士団について質問する。

「……第四騎士団はどうなんですか? 以前“天理弓”と呼ばれる団長が率いているとは聞いたことがあるんですが」

「彼女か……トワ・グラントン。君と同じ弓の天成器を持つ騎士団長。彼女は……まあ、戦闘なら頼りになるか。戦闘ならな」

「?」

 なにか含みのある内容だがどうしたんだろう。

「それより問題なのは山脈龍がその巨大さに見合った耐久力を有しているだろうことだ。総じて魔物とは巨大なほど強力な個体が多いが今回は別格。あまりにも規格外過ぎる。進行速度が遅いのだけが救いだが、こうしているいまも王都に向けて着実に近づいて来ているのは間違いない。王都の民も段々と不安に思う者も増えてきているようだ」

「それも騎士団次第、ですか」

「すでに第三、第四騎士団は王都を出て森近くに布陣しているそうだが続報はまだ来ていない。森には他の魔物も生息しているからな。木々で視界も悪く、妨害も入る。戦い辛いだろうから……私としては王都近くの平原での決戦になると踏んでいるが果たしてどうなることやら」

 クラス対抗戦を前にした王都に迫る危機。

 冒険者ギルドもこの危機に際して騎士団に協力して王都を守るための人員を募集している。
 破格の報酬が支払われることもあってか皆士気が高く危険を顧みず王都防衛に参加してくれるようだ。

 ……俺もなにか力になれればと思うがどうすべきか。

 クラス対抗戦と山脈龍討伐。

 一学生としてはクラス対抗戦に集中するべきだろう。
 騎士団は俺よりも遥かに上の実力者ばかりのはず。
 彼ら、彼女らが敗れることなど想像するのも失礼なのかもしれない。

 それに、たとえ俺が討伐に参加しても足手纏いになってしまうのは明白だ。

 ……でも俺は二つを天秤にかけずにはいられなかった。

 王都が、この平和な光景が脅かされるのではないかとの不安が頭をよぎる。
 たとえ力になれずとも王都の人々を守るためなら戦いの場に赴くべきだと胸の内が揺れている。

 ……なぜだろう?

 それが悪い予感からなのか、ただの蛮勇からなのかはわからない。

 だだざわついていた。
 このままではいけないのではないかと心が。

「で? 彼女が君の可愛い幼馴染みかな」

「いや、それは……」

 突然暗い雰囲気を変えるようにケイゼ先生の多分にからかいの含まれた声が部屋に響く。

「か、可愛い……わたしが?」

 それが耳に入ったのか両手を頬につけイヤイヤとクネリながら恥ずかしがるアニス。
 ケイゼ先生に褒められたのがそんなに嬉しかったのか?

(アニスも憧れの都会暮らしで浮かれているからな。そこにケイゼのような大人の女からの褒め言葉。ああもなるさ)

(そう、なのか?)

「なんだ、違うのか? それにしても君ぃ。研究棟でなく御屋敷に呼んでくれると思ったら彼女を自慢でもするつもりだったのかい? まったく期待させておいて困った奴だよ君は」

「は、はぁ」

 どう返事するのが正解なのだろう。
 取り敢えず曖昧に答える。

「あのう……ケイゼさんはクライの学校の先生なんですよね。良かったら学校での様子、教えてもらえませんか?」
 
「ああ勿論、幼馴染みの君は人一倍気になるところだろうからね。多くは知らないが私の集めた情報を提供しようじゃないか。ただし……王都に来る前の彼の情報は渡してもらおうか。交換条件としては悪くないと思うけど、どうだい?」

「……なるほど、いいでしょう」

 なぜか両者の間に一触即発のような雰囲気が流れる。
 しかし、そのあと二人は他愛のない話を続け、あとからきたエクレアやイクスムさん、アーリアを交えて盛り上がっていた。

 始めは少し険悪にも見えたアニスとケイゼ先生も、互いの話を熱心に聞く内に打ち解けたのか、段々と気軽に接するようになっていった。

 平和な日常。
 命を脅かされない日々。

 目の前の光景を見ながら思う。
 こんな日常が続けばいい。
 そう願わずにはいられなかった。
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