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第百四十一話 一蹴するお嬢様
しおりを挟む「プリエルザ・ヴィンヤード。両親から溺愛され育ったヴィンヤード家の一人娘。学園入学前からその才能を遺憾なく発揮し、光と闇の二属性の魔法に上位魔法因子を操る。ヴィンヤード家が古くからある由緒正しい貴族の家系だとは知っている。しかし、君は公爵家の血筋と声高にいうがそれは血統だけのこと。――――ヴィンヤード家自体は侯爵家に過ぎない」
ハルレシオさんの指摘は正しい。
常日頃から貴族の矜持を語るプリエルザはその実、伯爵家の令嬢だった。
貴族の爵位は男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の順に高くなっていく。
その点でいえばヴィンヤード家は公爵に次ぐ二番目。
彼女本人やセロの口から度々聞いた公爵家の血筋という言葉。
そう、血筋なだけだ。
俺もいままで彼女の実家の爵位を疑問に思うことはなかった。
しかし、今回連絡を取ろうとしたときに初めてヴィンヤード家が伯爵家だと知った。
だが、それでプリエルザへの印象や対応が変わることはない。
彼女は共に迷わずの森で戦った仲間であり、学園で互いに助け合うクラスメイト。
しかし、彼女本人が爵位についてどう思っているのかまでは把握できていなかった。
(プリエルザは貴族であることと公爵家の血筋であることを誇りに思っているようだからな……取り乱さなければいいんだが)
ミストレアの心配をよそにプリエルザが口を開く。
彼女はハルレシオさんの質問に首をかしげながらも至極平静に答える。
「えっと……それが何なんですの?」
「う、ん?」
まったくもって質問の意図がわからない。
彼女の横顔に浮かぶ疑問符。
ハルレシオさんを見詰め返す真紅の瞳は純粋に透き通っていた。
「確かにヴィンヤード家は侯爵の位を国王様より賜っていますわ。地位でいえば公爵と侯爵は明確に違います。ですが、そんなことは些細なこと。ワタクシの心に定めた矜持は揺るぎませんことよ」
ハルレシオさんの問いを堂々と一蹴するプリエルザ。
自らへの自信が彼女をそうさせるのか、動揺など一切感じさせない。
「ワタクシのいう公爵家の血筋とは王家に認められた貴族として国民に、国家に恥じない行動を取ることを表していますの。爵位とは王国への近さの証明。貴族とは国民の盾となることを誓った存在。公爵家の血筋であるからにはそれを真っ先に体現すべき者でなくてはならない。ワタクシは両親からずっとそう教わってきましたわ。そして、それはワタクシの誇りでもある」
怯まない。
真意を問うたハルレシオさんを威圧すらするプリエルザの気迫。
「爵位が何なんですの? ワタクシにとって重要なのは過去、最も王家と国民から信頼されたであろう公爵家と同じ血をもって貴族の誇りを失わず生き抜くこと。侯爵だろうと伯爵だろうと、男爵だろうとそれは変わりませんことよ! 爵位など関係ありませんわ! ワタクシはワタクシの想いを胸に抱えて進むのみ!! 前・進あるのみですわっ!!」
……俺もプリエルザの貴族としての矜持を甘く見ていたのかもしれない。
彼女はミストレアや俺の心配など必要なかった。
自らの意思で、確固たる信念でそこに立っていた。
「そう、か……」
漏れでるハルレシオさんの言葉は彼のどんな心情を表しているのか。
そんな彼を見ながらニールが笑いかける。
「ハッ、プリエルザは筋金入りだぜ。それこそ一筋縄じゃいかない」
「……そのようだね。侮ったつもりはなかったんだが、彼女は私の予想以上に……貴族として在ろうと誓っていた。自らの心に」
「プリエルザは言動から行動まで変な奴だが、心に決めたことには真っ直ぐだ。俺も出会ってから間もないからさっきの見事な演説には少し驚いたけどな」
「へ、変な奴ですってぇ!? ニールさん! ワタクシをなんだと思っているのですか!」
「ハハ、悪い悪い」
『もう知りませんわ!』とそっぽを向くプリエルザにニールが平謝りしている。
……でも、口調とは裏腹にニールはプリエルザの爵位など関係ないとの言葉に心打たれていたと思う。
誤魔化すために変な奴なんて悪態をついていたけど……そんな気がする。
「で? どうなんだ? エリクシルを譲ってもいい条件はあるか?」
ニールの改めての問い。
ハルレシオさんの視線が泳ぐ。
いましかないと思った。
願いを伝えるにはいましかない。
「お願いします。エリクシルを譲っていただけませんか? 俺もニールに協力します。できるだけ貴方の要望に答える。……ニールの家族を俺も救いたい。力になりたいんです」
想いを瞳に乗せる。
ただひたすらにこの想いが届けと。
「クライ君……学園でも話題の“孤高の英雄”。学園の一年生を救った、いや王国を救ったと言っても過言ではない現代の英雄。他ならぬ君の頼みだ。ニール君の望み、叶えてあげたいのは私も同じだが……しかし……」
「ハル、お前の負けだ。諦めろ」
横合いから飛んできたのは冒険者のような風貌のヴィクターさんの声。
変わらず押し殺したような低い声は短いながらも端的にハルレシオさんを諭す。
ハルレシオさんとヴィクターさんの間の絆を垣間見た気がした。
「ヴィクター……」
「お前……おっとこれ以上は俺は喋らない方がいいな」
しかし、彼はすぐ続く言葉を止めてしまう。
まるでこの先はいわなくてもわかっているだろうと表すように。
「? なんだかわからないけど、条件があるなら言ってくれ」
「ハルレシオさん、お願いします」
「ワタクシからもお願いしますわ! エリクシルをどうかお二人に譲っていただきたいですわ!!」
果たして俺たち三人の懇願はハルレシオさんの心を動かせたのか。
一拍、二拍とときが過ぎても返ってこない答え。
精一杯の思いは伝えた。
願う。
ひたすらに。
「……君たちの力を見せてくれないか?」
三者の願いが通じたのかはわからない。
ただ、ハルレシオさんが絞りだした答えは望みへ繋がる光を湛えていた。
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