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第百二十七話 氷塊は殺意に濡れて
しおりを挟む対象を追尾する魔法因子を加えられた三つの氷塊球。
それぞれ上方と左右の三つの方向に分けられて放たれた氷河魔法は、俺に向かって徐々に軌道を修整しながら空中を駆ける。
「……【マナバレット3】」
(む!? 不味いな、弾かれたぞ)
月白の弾丸の行く末にミストレアが念話で嘆く。
再び軌道を逸らすために放った純魔魔法の弾丸。
直撃したはずのそれは先程とは違い掻き消えるだけで意味をなさない。
氷塊球は依然としてこちらに向かって迫ってくる。
「クククッ、その魔法に加えられた《ホーミング》の魔法因子は多少の軌道変更などものともせず標的を追う。さあ、どうやって対処する?」
口元だけ覗かせた黒フードの酷薄な笑みは、まるで自分より弱い生き物が足掻く様を嘲笑う表情だった。
……悪趣味な奴だ。
しかし、即座に純魔魔法の威力の低さを看破して対応する魔法を選択してくるとは……思ったより頭が回る。
「ふっ……」
呼気とともに矢を射る。
駄目だ。
重く頑強な氷塊には普通の練成矢では刺さったとしてもあまり効果がない。
せめて闘気による強化が必要だ。
俺が氷塊球の対処をどうするべきかと思案しているとすぐ横で動く影がある。
「ワタシを忘れないで欲しいなー。【変形:投影角刃鞭】、せやっ!」
集結しつつある氷塊球目掛けて、六角の細かい刃が重なり合う鞭を薙ぎ払うように振るフージッタさん。
三つの氷塊球を纏めて斬りつけ散開させると強引に地面に墜落させる。
「ああ、すまない。実際忘れていたよ。【グレイシャーシリンダー】」
「それはちょっとキツイかな~。……【闘技:孤月励斧】」
間髪入れずに黒フードの放った氷塊円柱がフージッタさんに迫る。
鞭を振り終わった後の硬直する一瞬の間を捉えるかのような絶妙なタイミング。
それを見て笑顔の内に僅かに焦りを浮かべたフージッタさんは、即座に斧の形態にラキスさんを変形させ闘技でもって弧を描く斬撃を放つ。
縦に両断される氷塊円柱。
分断された左右二つの氷塊の残骸が地面に轟音をたて衝突する。
「……っ」
「【グレイシャーシールド】……危ないな。油断も隙も無い」
黒フード自身を狙った矢は簡単に氷塊の盾で防がれた。
(どうやら言動の割にはこちらを低く見積もってはくれないようだな。微塵も隙を見せない)
(行動を逐一監視されているような嫌な気配を感じる。アイツ、クライのことを実験動物かなにかとでも思っているのか?)
粘つくような嫌な視線だった。
視線から俺という人物、いや俺の扱う純魔魔法の底を見極めたいという欲望が溢れるかのようだった。
軽い悪寒を感じたそのとき、フージッタさんが軽い跳躍で後退してくる。
俺の直ぐ側に並び立つと黒フードを警戒したまま小声で話しかけてくる。
「……アイツ、思いの外強いね。魔法に相当自信があるようだし、それでいて力をセーブしているようにも見える。さっきまでの魔法なら躱そうと思えば避けられるけど、あの余裕。いまだ切り札があると思っていいと思う。……なによりアイツの天成器は第四階梯まで到達しているようだしね」
黒フードの右手に握られた円環杖。
刻まれた緑のラインは第四階梯に到達した証だ。
いまでこそ氷河魔法ばかりで攻撃してきているが、エクストラスキルでの攻撃も想定しておくべきだ。
「あの黒フードはどうやら俺に……俺の魔法に興味があるようです。それでなんとか注意を引ければ……」
「うん、後はそうだね。切り札を使わせる前に短期決戦に持ち込むしかないかなー」
やはりそれしかないか。
フージッタさんの提案に頷いて賛成する。
自力で劣っているなら連携と作戦でなんとかするしかない。
いや、相手の実力が上かもしれなくとも関係ない。
……エクレアを怯えさせた責任はとってもらう。
「クククッ、作戦会議は終わりか? 私としてはもっとその謎めいた魔法を見せて欲しいものなんだが……。流石に私相手では難しいか?」
「……なら存分に見ろ。【マナアロー5】」
黒フードの挑発めいた言葉の返答代わりに放ったのは五つの月白の矢。
左手に弓の形態のミストレアを握ったまま右手で狙いをつけ放つ。
「おお、今度は初級射撃魔法か! ううむ。……だが、さらに威力に劣るようだ。シャルリードで少し叩いただけで消えてしまうとは」
両手でくるくると回転させた円環杖でを巧みに扱い無駄のない動きで月白の矢を砕いていく黒フード。
魔法主体の戦い方と思いきや杖術もそれなりに扱えるようだ。
「で? ……これだけか?」
「【マナアロー5】、【マナアロー5】、【マナアロー5】!!」
「っ!?」
月白の矢の連射。
黒フードを中心に円を描くように動き、射線を変えながら絶え間なく放つ。
確かに純魔魔法は威力は弱い。
中級魔法ならともかく初級魔法ともなればその威力の無さは致命的だ。
極軽い打撃程度のダメージしか与えられない魔法。
しかし、それも数が揃えば話が違う。
オーベルシュタインさんの無属性魔法のスキルがもたらしてくれたのは魔力の認識だけではない。
複数の同じ魔法を同時に放つ技術。
これもオーベルシュタインさんのスキルのお陰だった。
魔力を認識したばかりの俺がなぜ一度に五つもの複数の同じ魔法を同時に放てるのか。
それは、高レベルの無属性魔法のスキルが魔法を扱う他のスキルの習得、成長を促したからだとケイゼ先生は結論付けた。
本来なら一度に同じ魔法を放てる数は勿論魔法に関するスキルを習得していることが前提だが、長年の修練の結果や個々人のセンスによって異なる。
しかし、俺は短期間で複数の魔法を同時に扱えるようになった。
ケイゼ先生の見立てでは、これには無属性魔法のレベルの高さが関係しているのではないかとのことだった。
そもそも破格のレベル92という数字。
不均衡な魔法関係のスキルの習得率。
魔力の認識が可能になったことを切っ掛けに短時間で急速に魔法に関するスキルを習得した俺を、通常ではあり得ない成長速度だとケイゼ先生は驚いていた。
そしてもう一つ――――。
「【マナアロー5】、【マナアロー5】、【マナアロー5】――――」
「くっ……一体、何発?」
俺はそれこそ月白の矢を激しく降り続ける豪雨のような密度で放ち続ける。
「これ、程の、魔法、なぜ……魔力が……尽きないっ!?」
そう、絶え間なく連続で放たれる月白の矢。
だが俺の魔力、EPは半分も減っていない。
これこそ無属性魔法のレベル92という数字の意味。
恐らくだがこのレベルの高さは魔力を変化させる効率を意味している。
通常、魔法はその魔法を使用するための専用の魔力に変化させる必要があるがこれには当然ロス、ある種の無駄が生じる。
だが、純魔魔法は自身のそのままの魔力を使うが故に、魔力変化の際の無駄がないに等しい。
高レベルのスキルに変化の無駄がない魔法が合わさったことで魔法を扱うための魔力消費量は激減していた。
要するに俺の扱う純魔魔法は初級射撃魔法に限ってなら、三百発以上放てるということになる。
「ぐぅ……こんな低威力の魔法でも中々に鬱陶しい、なっ! 【グレイシャーカッター・ホーミング5】!!」
きた。
殺到する月白の矢を切り裂き進む氷塊の刃。
俺への殺意を籠めた魔法。
黒フードの注意は完全に俺だけに注がれていた。
「ちょっと失礼。【闘技:烈火の刃】」
黒フードの背後から奇襲をかけるフージッタさん。
斧は闘気を変換した火に包まれ燃え盛る。
「舐めるな! 【グレイシャーシールド3】!」
刹那、三重に重ねられた氷塊の盾が黒フードを守るように展開する。
激突する赤く燃える斧と神秘的な青い氷の盾。。
一枚、二枚と氷塊盾が砕け、割れる。
三枚目……刃が氷塊盾に食い込み砕く。
だが、それまで保っていた威力はすでに失われていた。
斧を包む闘気の火は消え去り、フージッタさんは黒フードの前で無防備な姿を晒してしまっている。
「ククッ、そこまでか! 残念だったな! 【グレイシャーパイ――――、っ!?」
顔を隠しているはずの黒フードが驚いているのがわかる。
それもそうだ。
殺意を籠めて放ったはずの氷塊の刃は残らず地面に衝突し、狙った相手はあと僅かで手が届く距離まで近づいている。
身体強化をかけた状態であと一歩か二歩。
すでにミストレアは弓から手甲の形態へと変形させてある。
氷塊の刃を弾いたミスリルの盾を、一瞬でも早く杭の射程まで近づくために投げ捨て、全力で地面を蹴る。
「っ、だが! 【グレイシャーウォール・イムーバブル】」
流石第四階梯まで到達しているだけはあった。
寸でのところで展開された氷塊の壁。
構わない。
砕く。
「行くぞ、ミストレアっ!!」
闘気強化を施した杭を前面に押しだす。
「「発射ッ!!!」」
黒フードと俺を隔てるのは一枚の氷塊壁。
ただそれだけだった。
だが……。
「ぐぅ……」
「か、硬い……」
砕けない。
ミストレアの苦悶の声が漏れでていた。
全力でぶつかった氷塊壁には僅かなヒビ。
寧ろ攻撃を仕掛けたはずのこちらの手甲を装着した左手の方が僅かに痺れている。
「クク、ハハッ」
悪意に満ちた笑みだった。
してやったりとフードの奥の口元が醜く歪む。
「キャッ!?」
フージッタさんが黒フードの振るった杖に弾き飛ばされる。
防御こそしたものの、両者の距離は大きく離れる。
(クライ、私たちも一旦引こう。いまは……あの氷塊の壁を攻略する術がない)
(あと一歩、あと一歩だったのに……)
急接近から一転、吹き飛ばされたフージッタさんに合流する。
「……やはり罪深き者の攻撃などこんなものか。多少、特異な魔法を扱うからと様子を見てみたが、思ったより引き出しもない。ハァ……正直つまらないな」
落胆したように肩を竦める黒フード。
つまらない?
俺たちの必死の連携が溜め息一つの価値しかないと黒フードは暗に語っていた。
「う~ん、ところで罪深いって何のことかなー。どっちかっていうとアナタの方が危険人物に見えるけど~」
フージッタさんが戯けた様子で問いかける。
だが、その瞳は真剣だった。
少しでも情報を引き出し次の戦いの糧とする。
彼女はまだなにも諦めていなかった。
「知っているぞ」
「んー、ワタシは無視かな~」
珍しく困惑するフージッタさんを黒フードは見ていなかった。
ヤツは……俺だけを見ていた。
「知っているぞ。“孤高の英雄”クライ・ペンテシア。迷わずの森で神より賜りし瘴気獣を虐殺し、ここ牙獣平原でも神の試練を妨害しようする大罪人めがっ!!」
「…………は?」
殺意に染められた糾弾の声はウソをいっているようには聞こえなかった。
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