上 下
115 / 177

第百十五話 友好と不快

しおりを挟む

「【クォーツアロー・ダイブ3】」

「【闘技:一閃輝き】」

 ニールの上空から降り注ぐ水晶の矢とラウルイリナの一直線に切り裂く闘技によって、成すすべなく倒される獅子の魔物レイドライオン。

「……【ブルームカッター3】」

「……ふ」

 次いで戦闘音を聞きつけ現れたハイコボルト率いるコボルトの集団目掛けて、エクレアの青いバラの花片魔法が叩き込まれる。
 倒れゆくコボルトの隙間を縫うようにミストレアから放たれた矢がハイコボルトの右足を捉えた。

「キャンッ!?」

 短い悲鳴をあげるハイコボルトの隙を俺の仲間は逃しはしない。
 
「べイオン! 行くぞ!」

 ニールの両手に握られる白銀の棒の天成器べイオン。
 高い身体能力も相まってハイコボルトに急接近したニールは、足払いを仕掛け体勢を崩させると追い打ちの振り下ろしを浴びせる。

 頭部に受けた打撃によろめきながら反撃の爪を薙ぎ払うように振るうハイコボルト。
 ニールがそれを華麗に躱すと入れ替わりでラウルイリナが前にでる。

「でやああああああっ!」

 彼女の手に握られた純白の剣身もつ片手剣。
 刃の縁を以前にも見たことのある金色に煌かせ空を舞う。

 ハイコボルトの毛むくじゃらな胴体に吸い込まれた白刃は、血糊すら置き去りにして切り裂いていく。

 その統率個体の散り様に恐れおののいた生き残りのコボルトたちは、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。

「……フッ」
 
 ラウルイリナが白刃を虚空に振るい鞘に納める。
 
 新緑の草原に残ったのは大地を赤く染めあげる魔物たちの死体だけだった。
 




 王都近郊に存在する狩り場。
 以前はイザベルさんや御使いのアイカたちと共にきたこともある“牙獣平原”で狩りを終えた俺たちは、冒険者ギルド王立本部で魔物の討伐証明と素材の売却を済ませ、併設された酒場を訪れていた。

 今日は朝早くから出掛けたお陰で王都に帰ってきてもまだ時間がある。
 俺たちは遅い昼食を食べながら久しぶりに会った時間を埋めるように会話を続けていた。

「しっかしクライの妹がこんな無口、無表情の眼鏡っ娘だとはなぁ」

 注文したジョッキに注がれたジュースを片手にしみじみとした口調で呟くニール。
 その大雑把な発言にミストレアが呆れたように懸念する。

(コイツはまた、不用意な発言を……)

「おい」

「あ、はい、すみません調子に乗りました」

(一瞬で手の平を返しすぎだろ。イクスムが恐ろしいのはわかるが……)

 凄むイクスムさんにひたすら平謝りするニール。
 狩りの最中でもそうだったけど、ニールは不用意な発言をしてはイクスムさんに何度となく咎められている。

 ……いい加減学習しないものか。

 べイオンも面白がって止めないからその度に場が混乱するんだよな。
 まあ、あまり会話の続かない他のメンバーと違って、ニールが戯けてくれているだけで殺伐とした狩りの時間も程よく緊張が解れるような気もする。
 もしかしたらニールもわざとイクスムさんに怒られるようにしているのかも……。

「でもエクレアがこんなに強いとは思わなかったぜ。剣術もさることながら珍しい花片魔法の使い手、さらには天成器は第三階梯まで到達してるとは……そのうえ兄貴の狩りにも危険を顧みずついてきてくれる献身ぶり。いやー、人は見かけによらないよな。何事にも動じないように見えてこんなにもお兄ちゃんっ子とは。オレも『ニール兄様ぁ』って懐いてくれてた従兄弟を思いだす――――」

「……む」

「あ゛あ゛」

 またも発せられたニールの不用意な発言にエクレアがムッとしたのを察知したのだろう。
 上機嫌にお酒を飲んでいたはずのイクスムさんが鋭い目で睨みつける。

 わざと……だよな。

「ははははっ、まったくお前たちは飽きないな」

「ベ、べイオンっ! 笑ってないで、助けてくれ! く、苦しい!」

「はぁ……エクレアお嬢様にしっかりと謝罪するまで離しませんよ。まったく、貴方には反省と言うものがないんですか? 反省が」

「ぐぅ……す、すみません」

 イクスムさんに首元を締め上げられるニール。
 結構な力できまってるのか呼吸が苦しそうだけど……見なかったことにしよう。

 取り敢えず巻き込まれないように静かに酒場の料理に舌鼓を打っていたラウルイリナに話しかける。
 戦闘の際も気になっていたが彼女の腰には一本の見慣れない剣が携えてあった。
 しかし、見慣れないといっても見たことがない訳じゃない。

「そういえばラウルイリナの剣は前使っていたマーダーマンティスの赤剣じゃなくて……その剣を使っているんだな」

「ん? ああそうだ。“始祖の剣”。弟に渡す予定だったんだがな。修復を済ませて渡しにいったら素気なく断られてしまった。姉上が使って欲しいなんて言われてな」

 ラウルイリナは“始祖の剣”の納められた白い鞘を愛おしげに撫でる。
 それは断られたそのときを思い浮かべているようで……一際優しい顔をしていた。

「両親もそうだが、突然領地を飛び出していった私を誰も責めることはなかった。それどころか何も言わずに暖かく出迎えてくれたよ。……本当に私には勿体ないほどの家族だ」

「そうだったのか……」

「この剣を私が使うことになるとは流石に思わなかったがな。せっかく修復したなら使わなければ勿体ないと父上に言われて持ってきてしまった。家宝として閉まっておくだけだと剣を使っていた我がフェアトール家の始祖にも失礼だと押し切られてな。……そ、それと、騎士として大切なものを守るには必要だから、と……」

「う、うん」

(ラウルイリナも『君の騎士』なんて言ってたからな。やはりわかる者にはわかるものだ。この調子でクライの素晴らしさを世に知らしめないとな)

 ミストレアのいつもの賛美の念話も聞いていられない。
 ラウルイリナの最後の呟くようにいった言葉を聞いて、なぜだか顔が熱い。

「そ、それより、修復前は銀色の刃だったはずだけど、かなり色が変わったんだな。それに鞘も新しく作ってもらったのか?」

「そ、そうだな。この“始祖の剣”を修復してくれた武器専門店のグランツさん曰く、純白の剣身こそが本来の色合いらしい。ただ、修復にはゴールドウェポンスライムの流動片を使っただろ? アレの影響か刃の縁が金色に象られている。切れ味に影響はないからいいんだが……私には少し派手、かな」

 ラウルイリナはさらに鞘も剣に合わせて作ってもらえたという。
 グランツさんはやはり珍しい素材を使った修復ができたことに随分喜んでいたらしく、白い鞘もサービスでつけてくれたらしい。
 また、別れ際珍しい素材があったら必ずまた持ってこいといわれたそうで、剣の点検も兼ねてグランツさんのお店を定期的に訪れるつもりだと彼女は語った。





 酒場での遅い昼食を終わらせた俺たちは、まだ太陽が僅かに傾いたところを見ながらも、今度はもう少し王都から遠征しようと後日の狩りの約束をして帰路につこうとしていた。
 
 そのときだ。

「おっ? アイツじゃね?」

 酒場の前に広がった通り、その端から軽薄な男性の声がする。

「おお~~、アイツだよアイツ。噂の“孤高の英雄”君。よく見つけたなー、お前」

「へへっ、俺、探しものを見つけるの得意なんだよね」

「弓背負ってるんだからあんなの一発だろ? 二人共何いってんだ?」

「おいおい、俺が見つけてやったんだろうが~、少しは感謝しろよな~」

 俺を指差しながらもあっという間に集まってきた男性三人組。
 見たところ全員が冒険者用の皮製の軽鎧を身に着けているようだった。
 
「なんだアイツら、通りの真ん中で騒がしいな」

 ニールが訝しんだ目で三人を見詰める。

 それにしても一体どんな組み合わせだ?

 黒髪のリーダーらしき人間と、探しものが得意だと自慢げにしているオレンジ髪の恐らく狐の獣人、矢鱈とはしゃぐ二人を冷めた目で見ている青髪のエルフ。
 そして、三人共手の甲に刻まれた刻印は一つ。
 初級冒険者のパーティーかなにかか?

 彼らがニヤニヤと笑いながら近づいてくる。

「く……」

「ん……」

「……っ、この不快な視線は……」

 視線を浴びるだけで居心地が悪く、なにかを見透かされている感覚。
 まるで『善悪鑑定』でカルマを判定されるときのような独特の不快感。

 彼らの視線は噂に聞いた……王都を騒がせているそれだった。

 『簡易鑑定』。

 御使いが特別たる所以。
 彼らが初めから備えているエクストラスキルの一つ。
 
 その不躾な視線が俺たちを刺すように射抜いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【オンボロ剣】も全て【神剣】に変える最強術者

月風レイ
ファンタジー
 神の手違いにより死んでしまった佐藤聡太は神の計らいで異世界転移を果たすことになった。  そして、その際に神には特別に特典を与えられることになった。  そして聡太が望んだ力は『どんなものでも俺が装備すると最強になってしまう能力』というものであった。  聡太はその能力は服であれば最高の服へと変わり、防具であれば伝説級の防具の能力を持つようになり、剣に至っては神剣のような力を持つ。  そんな能力を持って、聡太は剣と魔法のファンタジー世界を謳歌していく。  ストレスフリーファンタジー。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~

平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。 しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。 カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。 一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。

処理中です...