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第百十五話 友好と不快
しおりを挟む「【クォーツアロー・ダイブ3】」
「【闘技:一閃輝き】」
ニールの上空から降り注ぐ水晶の矢とラウルイリナの一直線に切り裂く闘技によって、成すすべなく倒される獅子の魔物レイドライオン。
「……【ブルームカッター3】」
「……ふ」
次いで戦闘音を聞きつけ現れたハイコボルト率いるコボルトの集団目掛けて、エクレアの青いバラの花片魔法が叩き込まれる。
倒れゆくコボルトの隙間を縫うようにミストレアから放たれた矢がハイコボルトの右足を捉えた。
「キャンッ!?」
短い悲鳴をあげるハイコボルトの隙を俺の仲間は逃しはしない。
「べイオン! 行くぞ!」
ニールの両手に握られる白銀の棒の天成器べイオン。
高い身体能力も相まってハイコボルトに急接近したニールは、足払いを仕掛け体勢を崩させると追い打ちの振り下ろしを浴びせる。
頭部に受けた打撃によろめきながら反撃の爪を薙ぎ払うように振るうハイコボルト。
ニールがそれを華麗に躱すと入れ替わりでラウルイリナが前にでる。
「でやああああああっ!」
彼女の手に握られた純白の剣身もつ片手剣。
刃の縁を以前にも見たことのある金色に煌かせ空を舞う。
ハイコボルトの毛むくじゃらな胴体に吸い込まれた白刃は、血糊すら置き去りにして切り裂いていく。
その統率個体の散り様に恐れおののいた生き残りのコボルトたちは、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
「……フッ」
ラウルイリナが白刃を虚空に振るい鞘に納める。
新緑の草原に残ったのは大地を赤く染めあげる魔物たちの死体だけだった。
王都近郊に存在する狩り場。
以前はイザベルさんや御使いのアイカたちと共にきたこともある“牙獣平原”で狩りを終えた俺たちは、冒険者ギルド王立本部で魔物の討伐証明と素材の売却を済ませ、併設された酒場を訪れていた。
今日は朝早くから出掛けたお陰で王都に帰ってきてもまだ時間がある。
俺たちは遅い昼食を食べながら久しぶりに会った時間を埋めるように会話を続けていた。
「しっかしクライの妹がこんな無口、無表情の眼鏡っ娘だとはなぁ」
注文したジョッキに注がれたジュースを片手にしみじみとした口調で呟くニール。
その大雑把な発言にミストレアが呆れたように懸念する。
(コイツはまた、不用意な発言を……)
「おい」
「あ、はい、すみません調子に乗りました」
(一瞬で手の平を返しすぎだろ。イクスムが恐ろしいのはわかるが……)
凄むイクスムさんにひたすら平謝りするニール。
狩りの最中でもそうだったけど、ニールは不用意な発言をしてはイクスムさんに何度となく咎められている。
……いい加減学習しないものか。
べイオンも面白がって止めないからその度に場が混乱するんだよな。
まあ、あまり会話の続かない他のメンバーと違って、ニールが戯けてくれているだけで殺伐とした狩りの時間も程よく緊張が解れるような気もする。
もしかしたらニールもわざとイクスムさんに怒られるようにしているのかも……。
「でもエクレアがこんなに強いとは思わなかったぜ。剣術もさることながら珍しい花片魔法の使い手、さらには天成器は第三階梯まで到達してるとは……そのうえ兄貴の狩りにも危険を顧みずついてきてくれる献身ぶり。いやー、人は見かけによらないよな。何事にも動じないように見えてこんなにもお兄ちゃんっ子とは。オレも『ニール兄様ぁ』って懐いてくれてた従兄弟を思いだす――――」
「……む」
「あ゛あ゛」
またも発せられたニールの不用意な発言にエクレアがムッとしたのを察知したのだろう。
上機嫌にお酒を飲んでいたはずのイクスムさんが鋭い目で睨みつける。
わざと……だよな。
「ははははっ、まったくお前たちは飽きないな」
「ベ、べイオンっ! 笑ってないで、助けてくれ! く、苦しい!」
「はぁ……エクレアお嬢様にしっかりと謝罪するまで離しませんよ。まったく、貴方には反省と言うものがないんですか? 反省が」
「ぐぅ……す、すみません」
イクスムさんに首元を締め上げられるニール。
結構な力できまってるのか呼吸が苦しそうだけど……見なかったことにしよう。
取り敢えず巻き込まれないように静かに酒場の料理に舌鼓を打っていたラウルイリナに話しかける。
戦闘の際も気になっていたが彼女の腰には一本の見慣れない剣が携えてあった。
しかし、見慣れないといっても見たことがない訳じゃない。
「そういえばラウルイリナの剣は前使っていたマーダーマンティスの赤剣じゃなくて……その剣を使っているんだな」
「ん? ああそうだ。“始祖の剣”。弟に渡す予定だったんだがな。修復を済ませて渡しにいったら素気なく断られてしまった。姉上が使って欲しいなんて言われてな」
ラウルイリナは“始祖の剣”の納められた白い鞘を愛おしげに撫でる。
それは断られたそのときを思い浮かべているようで……一際優しい顔をしていた。
「両親もそうだが、突然領地を飛び出していった私を誰も責めることはなかった。それどころか何も言わずに暖かく出迎えてくれたよ。……本当に私には勿体ないほどの家族だ」
「そうだったのか……」
「この剣を私が使うことになるとは流石に思わなかったがな。せっかく修復したなら使わなければ勿体ないと父上に言われて持ってきてしまった。家宝として閉まっておくだけだと剣を使っていた我がフェアトール家の始祖にも失礼だと押し切られてな。……そ、それと、騎士として大切なものを守るには必要だから、と……」
「う、うん」
(ラウルイリナも『君の騎士』なんて言ってたからな。やはりわかる者にはわかるものだ。この調子でクライの素晴らしさを世に知らしめないとな)
ミストレアのいつもの賛美の念話も聞いていられない。
ラウルイリナの最後の呟くようにいった言葉を聞いて、なぜだか顔が熱い。
「そ、それより、修復前は銀色の刃だったはずだけど、かなり色が変わったんだな。それに鞘も新しく作ってもらったのか?」
「そ、そうだな。この“始祖の剣”を修復してくれた武器専門店のグランツさん曰く、純白の剣身こそが本来の色合いらしい。ただ、修復にはゴールドウェポンスライムの流動片を使っただろ? アレの影響か刃の縁が金色に象られている。切れ味に影響はないからいいんだが……私には少し派手、かな」
ラウルイリナはさらに鞘も剣に合わせて作ってもらえたという。
グランツさんはやはり珍しい素材を使った修復ができたことに随分喜んでいたらしく、白い鞘もサービスでつけてくれたらしい。
また、別れ際珍しい素材があったら必ずまた持ってこいといわれたそうで、剣の点検も兼ねてグランツさんのお店を定期的に訪れるつもりだと彼女は語った。
酒場での遅い昼食を終わらせた俺たちは、まだ太陽が僅かに傾いたところを見ながらも、今度はもう少し王都から遠征しようと後日の狩りの約束をして帰路につこうとしていた。
そのときだ。
「おっ? アイツじゃね?」
酒場の前に広がった通り、その端から軽薄な男性の声がする。
「おお~~、アイツだよアイツ。噂の“孤高の英雄”君。よく見つけたなー、お前」
「へへっ、俺、探しものを見つけるの得意なんだよね」
「弓背負ってるんだからあんなの一発だろ? 二人共何いってんだ?」
「おいおい、俺が見つけてやったんだろうが~、少しは感謝しろよな~」
俺を指差しながらもあっという間に集まってきた男性三人組。
見たところ全員が冒険者用の皮製の軽鎧を身に着けているようだった。
「なんだアイツら、通りの真ん中で騒がしいな」
ニールが訝しんだ目で三人を見詰める。
それにしても一体どんな組み合わせだ?
黒髪のリーダーらしき人間と、探しものが得意だと自慢げにしているオレンジ髪の恐らく狐の獣人、矢鱈とはしゃぐ二人を冷めた目で見ている青髪のエルフ。
そして、三人共手の甲に刻まれた刻印は一つ。
初級冒険者のパーティーかなにかか?
彼らがニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「く……」
「ん……」
「……っ、この不快な視線は……」
視線を浴びるだけで居心地が悪く、なにかを見透かされている感覚。
まるで『善悪鑑定』でカルマを判定されるときのような独特の不快感。
彼らの視線は噂に聞いた……王都を騒がせているそれだった。
『簡易鑑定』。
御使いが特別たる所以。
彼らが初めから備えているエクストラスキルの一つ。
その不躾な視線が俺たちを刺すように射抜いていた。
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