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第百十二話 欲しかったもの

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「ラナ!」

「ラナ、しっかりしろ!」

 アステールさんとマリーさんが痛みに顔を歪めるラナさんに声を荒げる。

(誰も、誰もラナを助けてくれないのか。救助は、治療のための人員はどうしたんだ!)

(街の門が……閉じてる)

 イグニアスドラゴンを倒した直後に全開に開いていた街の門は、すでに固く閉ざされていた。
 陣地跡で負傷者を治療していた人たちは負傷者も含め全員がいなくなっている。
 シザーラプトルの襲撃を受けて魔物の街への侵入を避けるためには仕方なかったんだろう。
 門を閉じ避難するしかなかった。
 
 だとしても……そうとわかっていても辛い現実だった。
 助けは……こない。

「最期だから……お姉ちゃん……わたし……言うね……」

「最期だなんて言わないで! ラナはこれからも私と一緒なの! 私とジングルとアステールの四人でずっと、ずっと一緒なんだからっ!!」

「……お姉ちゃんは……自分の好きなように生きて。これからは……わたしに縛られないで」

「縛られてなんてない! 私は、私は!」

「わたしのように……後悔、しないで……」

「ラナ……?」

「ホントはね。わたし……お姉ちゃんが羨ましかった」

「っ!?」

「お姉ちゃんはどこでも人気者で、どこでだって、誰とだって仲良くなれた。わたしもホントはね。お姉ちゃんのようになりたかった。……誰かと冒険したかったんだ」

 熱に浮かされるようにポツリポツリと呟くラナさんは、マリーさんを羨望の眼差しで見上げていた。

「ずっと、ずっと仲間が欲しかった。心から信頼できる、わたしを信じてくれる仲間が。自分の魔法が嫌われているのは知ってる。この忌み嫌われる毒属性魔法を知れば誰もがわたしから離れていった。仲良くお話できた人が突然無視するようになったこともあった。何度も……都市や街を追い出されてきた。……だけど、わたしもお姉ちゃんのように誰からも好かれる存在になりたかった」

「……」

「わたしとお姉ちゃんの二人、子供の頃にお父さんとお母さんが亡くなってからずっと一緒だったね。……生きていくにも必死だった」

「……うん、あの頃は辛かった。子供の私たちがお金を手に入れるには冒険者になるくらいしか思いつかなかった。それなのに
私には戦う才能なんてなかった。採取依頼が精一杯で魔物の討伐なんて到底出来ない。かといってどこか商店や酒場に雇って貰おうにもツテもない。どこも雇ってくれるところなんてなかった」

「……毒属性魔法を覚えたのは偶然だった。お金を稼ぐために冒険者になって、意外にもわたしは戦うのが、冒険するのが苦じゃなかった。むしろ魔物を倒せば倒すだけ報酬が得られると思うとちょっとだけやる気がでた」

「ラナは才能のない私から見てもすごかったね。斥候系統のクラスなのにバンバン魔物を倒していって……あの時は自分との差を実感したなぁ。何で姉妹なのにこんなに違うのかなって」

 二人はその時のことを懐かしむように慈しむように話す。

「そんな時、依頼の最中に偶然古代の魔法書を見つけて、それが嫌われている毒属性のもので、冒険者ギルドに提出する前にほんの少し試して見るだけのつもりだった。それなのに……他の魔法を使う適性のないわたしが簡単に毒属性魔法を使えるようになるなんて思いもよらなかった」

(あの魔法が偶然、か)

(ラナさんは他の魔法の適性はないといっているし、まさか習得できるとは微塵も思っていなかったんだな)

「でも……あの頃は力が欲しかったんだ。お姉ちゃんと生きていく力が。……この魔法を覚えたのは後悔してないよ。いままでこの魔法のせいで色んなことがあったけど、その時に戻れたとしてもきっとわたしはこの毒属性魔法を覚えることを躊躇わない。だってこの魔法がなかったら守れなかったものがたくさんあったから」

「ラナ……」

「でもね。信頼できる仲間が出来なかったことだけは……後悔してる。お姉ちゃんのように誰からも好かれるわたしには……なれなかった。だから! だからお姉ちゃんは! これから自由に生きるの! ずっとわたしに付き合わせてた! 迷惑を掛け続けてた! だからお姉ちゃんはわたしがいなくなっても幸せを追い求めて、お姉ちゃんの幸せがわたしの幸せだから」

「……私はラナに迷惑をかけられたなんて思ってない。むしろ私がずっと守られてたのを知ってるよ。私に戦う力がないからラナが早く強さを身に着けようと必死だったのを知ってる。……私はね。ラナのあの魔法が無くなってしまえばって何度も思った。そうすればラナは開放されるんじゃないかって。誰からも後ろ指を刺されることなんてなくなるんじゃないかって思ってた」

 深く俯くマリーさんの表情は彼女を見上げるラナさんにしかわからない。
 でもきっと辛そうな表情をしているのではないかと……そう思った。

「あの魔法さえ無ければラナは……本当は誰からも好かれるはずだってわかってた。ちょっぴり頑固だけど、素直だし、愛嬌もある。なにより笑うと可愛いって私は知ってるから。姉の贔屓目だけどね」

「お姉、ちゃん」

「私の幸せはラナの幸せ。ううん違うよ。……ラナの幸せは私の幸せでもあるの。私はラナと一緒に過ごしたことを微塵も後悔してない。私は貴方に縛られてない。ラナ、私は貴方に付き合ってここまで来たんじゃないの。私が貴方に付いて行きたかった。だからずっと一緒にいたのよ」

「そう……だったんだ。もっと早く本音で話していれば……これも後悔かな。……でも良かった。これで……心残りは……」

「ラナ?」

 マリーさんとの話の最中に唐突に意識が朦朧としだすラナさん。
 イグニアスドラゴンの瘴気獣との死闘、シザーラプトル四体との限界を超えた戦い……もうラナさんは。

 それを見て、アステールさんは焦りを滲ませた口調である指示をマリーさんにだす。
 それは一見不可解な謎の指示。

 だが、アステールさんにはなにかの確信があったのかもしれない。
 あるいは最早それに縋るしかないとみて頼んだのか。
 真相はわからない。
 ただ、他にできることがなかったのだとなんとなく俺とミストレアは察していた。

「そう、だ。……マリー、シザーラプトルの死体から魔石を取り出せ! それをラナに渡すんだ!」

「え……?」

「早くしろ!」

(魔石? なぜいまそれを?)
 
「私を使え。解体用のナイフよりは切れ味があるつもりだ。…
私もラナのために力にならせてくれ」

「ええ、ジングルお願い!」

 マリーさんが短刀の天成器ジングルさんを出現させ、シザーラプトルの胸から魔石を取りだす。
 彼女は血に塗れるのも厭わず一心不乱にシザーラプトルの亡骸を切り裂く。

「こ、これでいい?」

「確かに四つあるな。……ああ、これでいい。……ラナ、この魔石を俺に錬成するんだ」

「えっ」

 マリーさんがアステールさんの発言に驚く。
 無理もない。
 魔石をなにに使うのかと思ったら錬成?
 なぜいまなんだ?

 その疑問はアステールさんが答えてくれた。
 ただそれは……予想外の答えであり、彼にとっても賭け以外のなにものでもなかったのかもしれない。

「もう少しなんだ。もう少しでラナは至る。そのはずなんだ。そのためにはこの魔石が必要だ」

「至る? 至るって何?」

「俺たち天成器は使い手を至らせることが使命であり、契約なんだ。錬成によって次の階梯に上昇したとしてラナを癒やす能力を習得出来るかはわからない。ただ……望みは薄いが、それしか縋るものはない」

「……錬成、すればいいんだね」

「ラナ!」

「ああ、出来るか?」

「もち、ろん」

 憔悴しきったラナさんは最後の力を振り絞るように、血に濡れた白銀の短剣アステールさんを震える手で鞘に納める。
 マリーさんと共に握りしめた魔石を短剣に押し当てる。

「…………錬、成」

 魔石が白光となって辺りに広がる。

「…………至った、のか? 至った! ラナ! お前は至ったんだ! …………ラナ?」

 アステールさんの喜びは束の間のものだった。
 彼が気づいたときにはもう……。

「…………お姉ちゃん、ジングル……アステール……ありが、とう。……ふふ……やっぱりみんなみたいな仲間がいたらもっ
、と……」

「ラ、ナ……」

「ラナ! ラナ! ぅ……ぅぅああぁぁぁあああ」

 マリーさんの慟哭だけが戦場跡に響く。

 赤竜の瘴気獣の燃え盛る業火から街を、人々を守り、鋭爪の小型恐竜たちから家族を守り抜いた。

 毒属性魔法を操る白銀の短剣使い。

 彼女の瞳にはもう……光はなかった。





「クラ――――、クライ! クライ! ……大丈夫か?」

「え、ええ……少し頭痛がするくらいです」

 ケイゼ先生の心配する声に過去の光景から現実に戻ってこれたのだと実感する。
 あの壮絶な過去を体験しながらも、俺は母さんの屋敷の応接室で座っている。

「……違う……その……」

「?」

 ケイゼ先生が気まずそうに視線を泳がせる。
 彼女はなにかから目線を逸していた。

「……兄さん」

 エクレアがそっと手を握ってくれる。
 その小さな手から俺を気遣ってくれる彼女の温もりが感じられた。
 
 エクレアと目が合う。
 彼女の瞳はなにかを訴えかけていた。

 ふと頬を伝うなにかに咄嗟に指で拭う。

 俺は……泣いていたのか。
 
「……」

 エクレアの手をギュッと握り締める。
 この温もりを離したくなかった。
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