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第百八話 削り合う命

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「【変形:磁界蛇行短剣+楔杭】」

 短剣形態に戻ったアステールさんが新たな形態に姿を変える。

 鞘から抜き放った木の葉型の刃が剣先にいくほど細く尖った波打つ刃に。
 鍔はなく、柄は湾曲した非対称の短剣は、変形前より僅かに全長が長く変化している。

 さらに、左手に握られた幅広い鞘は、折り畳まれ太く頑強な杭へと様変わりしていた。

「く……アステール」

 左手の痛みを堪えながらラナさんがアステールさんの名前を呼ぶ。
 それは、新たな形態の能力を使うための合図。

(杭が浮いた!?)

 浮遊する白銀の杭。

 ラナさんがさらに動く。
 マジックバックから取りだしたるは、黒い砂のような物体の入った瓶。

 それをいくつか地面に叩きつけ割る。
 足元には黒い砂の小山が積みあがった。
 
「……」

 無言のままにラナさんが波打つ短剣アステールさんを一振りすると、途端その黒い砂が蠢きだした。

(あの黒い砂までラナの周囲を纏うように浮遊し始めた。もしやアレは……砂鉄?)

 ミストレアの指摘は恐らく正しかった。
 ラナさんはアステールさんを通じて磁力によって白銀の杭と黒い砂鉄を操っている。

 そして、空中を蠢く砂鉄は徐々に白銀の杭に纏わりつき、巨大な黒い球体を作りだす。

「グガアアアアアア!!!」

 イグニアスドラゴンが咆哮と共に口内から吐きだしたのは、一直線の炎だった。
 数十mあった距離を一瞬で埋め尽くす業火の放射。

「アステール! “黒盾”!」

「おう!」

 ラナさんの前方で浮遊していた黒い球体が蠢く。

 形が変わっていく。

 それは薄く広範囲に広がる黒い円盤。

 迫る火炎放射を斜めに断絶するように遮る。

(あの浮かせた黒い砂鉄はラナとアステールの意思で自在に形を変化させられるとみて間違いなさそうだな)

(ああ、それも防御だけじゃない。攻撃にも使えそうだ)

 実際ラナさんは火炎放射を防いだ直後、さらに砂鉄の形を変化させる。

 次なるは巨大な黒い剣。

「“黒剣”」

「これならどうだ!!」

 イグニアスドラゴン目掛けて飛翔する砂鉄の黒剣。

 巨大なはずなのに重量を感じさせない勢いのついた速度は、左片翼を麻痺毒にもって項垂れてさせていたイグニアスドラゴンには到底回避できるものではなかった。

「グガアァ!」

 肩に突き刺さる黒剣。
 傍目にも明確なダメージを与えたように見える。

「まだまだ! 畳み掛けるぞ、ラナ!」

「うん」

「「【嵐鎧槍:壊烈騎槍】」」

 ラナさんとアステールさんの同時に叫ぶ声。

 空中に現れたのは荒れ狂う嵐を纏ったかのような風の槍。
 轟々と吹きすさぶ風の音は槍を構成する風の威力を物語っているようだった。
 
 それがイグニアスドラゴン目掛け――――射出される。
 
「グギャアァァ!!?」

(傷口が抉れてる。アレは相当な威力だな)

(風の槍、いや、あの嵐の槍こそアステールさんの第四階梯で得たエクストラスキル……)

 砂鉄の黒剣で傷つけた傷口を狙って放たれた嵐の槍は、イグニアスドラゴンの肩を深く穿った。
 灰色の瘴気が溢れんばかりに漏れだす。

 だが、イグニアスドラゴンもやられてばかりではいない。
 まるで傷つけられ手負いとなったことで、ラナさんたちを強敵と認めたかのように全身から敵意を滲ませる。

「グガァッ!!」

 炎を纏った前腕。

 纏わりついた炎は爪に集中し、赤き鉤爪を形成する。

 それは、振るわれることで地面を伝う赤き斬撃波を飛ばした。

「くっ」

 飛び退いて回避するラナさん。

 イグニアスドラゴンの攻撃は止まない。
 ラナさんが回避する度に両の腕で赤き斬撃を飛ばし続ける。

(あの赤い斬撃が通るだけで、地面が赤熱し熱が刻まれていく。あんなもの回避はできたとしても段々と足場がなくなってしまうぞ)

 ラナさんたちもきっとミストレアと同じことを危惧したのだろう。
 このままだとマズいと反撃に転じる。

「“黒盾”、【嵐鎧槍:穿つ葬走】」

 砂鉄の盾でかろうじて防ぎつつ、放つのは先程よりも細く短い嵐の槍。
 それは攻撃の合間を縫う速度重視の速攻の槍。

 瞬く間にイグニアスドラゴンに肉薄する嵐の槍だったが、かの赤竜はすでに反撃を警戒していた。

「な!? 嘘……」

「噛み砕いただとぉ!?」

 恐らく速度重視のため威力は控えめだったのは予想できる。
 ただそれでも、エクストラスキルで作りだしたラナさんたちの渾身の攻撃。

 それを……イグニアスドラゴンは命中するタイミングを読み噛み砕いた。
 
(バカな!?)

(俺でも目で追うのがやっとだった。それをあんなに完璧なタイミングで噛み砕くなんて……)

 俺とミストレアが動揺している間も死闘は続く。

 イグニアスドラゴンの炎はますます勢いを増し、街周辺は最早火の海となり炎が広がり続けていた。

 灼熱は大地を燃やし、焦がし、そこに立っているだけで生命を削られる破滅の地を生みだす。
 そして、そこに君臨する唯一の支配者たるイグニアスドラゴンは、巨大な口や鉤爪、翼に炎を纏わせ、広範囲に影響と破壊をもたらす大規模攻撃を連発していた。
 
 一方ラナさんとアステールさんは毒属性魔法に加えて天成器の能力を駆使して、攻撃、防御を切り替え戦い続ける。
 ときに回避し、反撃し、イグニアスドラゴンに少なくとも確実にダメージを蓄積させていく。

 ただ、やはり魔力の問題がある。
 どうやら磁力とエクストラスキルの同時使用は、魔力消費がかなり激しいらしい。
 防御はできても反撃に転じられない場面が増えてきていた。

「ぐぅ、【ポイズンスラッシュ】!」

 周囲の熱に晒されながら、ラナさんの毒を纏った短剣の斬撃がイグニアスドラゴンの身体を傷つける。

 イグニアスドラゴンの赤い身体の大半が緑に染まりつつある。
 毒も確実に効いているはずだ。
 その証拠にラナさんが直接攻撃していないにも関わらずイグニアスドラゴンが度々よろけるような場面が増えてきていた。

 しかし、ラナさんも体力の限界が近い。
 左腕はいまだ動かす度に激痛が走るのか満足に動かせず、イグニアスドラゴンの吐き出す炎で身体には多数の火傷が目立つ。
 さらに汗も蒸発してしまうような灼熱の地は、真綿で首を締めるようにラナさんの体力を加速度的に奪っている。

「アステール! “黒杭”!!」
 
 それでもラナさんは戦う。
 アステールさんを波打つ短剣に変形させると砂鉄を操り、白銀の杭を先端とする巨大な杭を上空に作りだす。
 
 勝負を決めるための必殺の攻撃。

「行けぇー!!」

 ラナさんの叫びに呼応して黒杭が――――落ちる。
 
「グギャアアアア!!??」

 それはイグニアスドラゴンの片翼を見事地面ごと貫通し縫い止めた。

 誰が見ても強烈な必殺の一撃。

 しかし……生命を奪う最後の一撃ではなかった。

 イグニアスドラゴンがその凶悪な口を開く。

「ガアアアアアア!!!」

 返礼といわんばかりに解き放たれたのは炎の絨毯。

 ラナさんの立っていた場所含め広範囲を包み込む火炎の大波。

 猛る炎が大地を焼き焦がす。

 死の大地がそこに広がっていた。
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