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第九十七話 学園の闇

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 ケイゼ先生にはまたの機会に訪れさせてもらうことを伝え、セハリア先輩と共に落ち着けるという先輩オススメの喫茶店に連れてきて貰っていた。

 静かな店内に注文したコーヒーと紅茶のコップが机に当たる音だけが残響する。

 静寂を破ったのはセハリア先輩からだった。
 彼女は俺と同行してくれたエクレア、イクスムさんに向き直り流れるような所作で頭を下げる。
 それは見るものに不快感を与えない彼女の真摯に謝ろうとする心内が表れているかのようなお辞儀だった。

 そのうえで先程学園であった出来事を思いだすようにスッと瞳を細めると話を切りだす。
 
「ごめんなさいね。貴方にはこんな事態になる前に警告しておくべきだった。言い訳になってしまうけど……こんなに直接的な行動にでるとは思わなかったの」

 再度申し訳なさそうに顔をしかめて謝られてしまった。

 しかし、学園内を歩いていただけなのにあんな風に絡まれるとは思わなかったな。
 それもウルフリックにいわれたこともある蔑みの言葉で。

 同じクラスの皆は弓の天成器だろうと変わりなく接してくれていたから、学園入学前のイクスムさんの警告も最近はあまり意識していなかった。
 まあ、クラスメイトの中にはまだ全然会話をしていない相手もいるけど、表立っての拒絶反応のようなものは見たことがない。

「いえ、あれは貴方のせいではないと思います」

「そう言って貰えると私も少し気持ちが楽になるわ。……でも、ああいった事態になるかもしれないとは予想していたの。それでも彼らを刺激しないためには私たちから貴方に接触しない方がいいと考えていたわ」

「私たち……ですか?」

「そうね。改めて自己紹介させて貰うわ。私はセハリア・スロス。学園の二年生で生徒会執行部の一員よ」

 生徒会執行部!?

 ってなんだ?

「はぁ……その顔は生徒会執行部がなにかご存知ない顔ですね」

 イクスムさんに思いっきり呆れられてしまった。

「生徒会執行部。それは学園に通う生徒たちの自治組織。生徒たちの不満や学園の改善点といった意見を汲み上げ、実際に行動し、実行することで学園生活をより良くするための組織です」

「ええ、補足するなら、生徒たちの悩み事の相談を受けたり、解消の手伝いやボランティアでの美化活動など、学園と生徒に係るありとあらゆることに生徒会は関わっているわ」

「その……クラスの委員長とは違うんですか?」

 デネテッドはクラスの皆から委員長と呼ばれて慕われいる?
から呼び方が異なるのは気になる。

「クラス委員は学園や生徒会からの通達を伝えたり、逆に生徒たちの要望を吸い上げ報告してくれる役割があるの。生徒会執行部はその意見を精査してより改善できるように行動を起こすのよ。クラス委員より広範囲に生徒たちに対応していると思って貰えればそれでいいわ」

「なるほど……」

「そして、この子は私の天成器レクターよ。さあ、挨拶して?」

「うん! ぼくはセハねえの天成器レクター。よろしくね。お兄ちゃんとお姉ちゃんたち!」

 セハリア先輩の右の手の甲に刻まれた二重刻印から、年若い少年の高い声が元気よく挨拶してくれる。
 それは疑うことを知らない子供のような無垢な声。

「ねぇ、ぼく、ちゃんと挨拶できた?」

「ええ、勿論よ。ちゃんとできてえらいわね」

「えへへ、やったぁ」

(随分子供っぽい天成器だ。いや実際に子供なのか……)

 きゃっきゃとはしゃぐレクターをあらあらといった態度で見守るセハリア先輩。
 
 俺たちも改めて自己紹介をすると、ミストレアが念話ではなく実際に声をだしてセハリア先輩に話しかける。

「うむ、今回の話には私も関わってくるだろうからな。自己紹介させて貰おう。私はクライの天成器であり、契約者ミストレアだ」

「なら私も、エクレアの永遠の姉ハーマートよ。エクレア共々よろしくお願いするわ」

「ええ、二人共よろしくね。ミストレアさんもハーマートさんも噂に聞いているわ。二人共自己主張の激しい天成器だとか」

 ミストレアはともかくハーマートまで噂になっていたのか。

「ほう、クライだけでなく私も有名になってきたか。無理もない。私はクライの天成器なんだからな。クライを語るうえで私の存在は欠かせないものだ」

「……私はあまり人前では話さないようにしているんだけど……そんなに有名かしら?」

「ミストレアさんはそうね。今出回っている噂に付随して広まっているわ。ハーマートさんはエクレアさんが皆より年下なのに特別に入学しているでしょう? その関係で一時期使い手の姉を自称する天成器として広まっていたのよ」

 天成器は人前では無口で使い手を尊重する傾向にあるみたいだし、やっぱり二人共珍しいよな。

「それで、ここからが本題ね。クライ君はその……学園の悪しき側面というか、間違った常識についてはどれくらい知っているかしら?」

「弓の天成器が銃の天成器に劣る……そのことでしょうか?」

 セハリア先輩は俺の返答を聞いて苦々しい表情を浮かべた。
 それは現状をよく思っていないことが如実に表に表れている証拠だった。

「ええ、気分を悪くしたらごめんなさい。…………弓の天成器は銃の天成器の下位互換。弓は正面からではその威力も弾速も、装填数もすべてが劣っている。だからその……『外れ』だと……学園ではそんな風な間違った常識のような話が広まってしまっているの」

「……」

 慮って伝えてくれるセハリア先輩には悪いが、確かに聞いていて気持ちのいい話じゃないな。

「生徒会でもそんな間違った知識をどうにかしたいと色々手を打っているのだけど、残念ながら現在まで改善できていない。いえ、実をいうと以前より悪くなっているわ」

「それは……俺の“孤高の英雄”の噂のせいですか?」

 ザックとかいうナニカは露骨に噂について気にしていた。
 俺ごときには英雄は相応しくないと。

「あの噂が彼らを刺激してしまったと……」

「ええ……言いにくいけどそのようなの。以前までは内心ではどう思っていても露骨に態度に表したり、他の生徒に干渉したりして積極的に動こうとはしていなかった。それがあの噂を学園の皆が口々に話すようになってから、彼らの布教活動というか他生徒への介入は過激になっていったの」

 そうか……噂がこんな風に顕在化するとは、まったく予想していなかった。

「それで彼らのいっていた学園のルールとはなんなんですか? ザック……先輩は『外れ』は必要以上に目立つなと叫んでいましたけど?」

「そうね……学園には色々な天成器の使い手が集まるわ。剣、槍、斧、杖。勿論どれも強みや使い手次第でその武器としての価値は変わる。ただ……彼らの基準では弱い天成器というものが存在する」

「それが弓だと?」

「弓以外にも短剣や拳の天成器のようなリーチの短い天成器、学園でもほんの少数だけど球体など武器としては戦えない天成器が、弱い扱いにされているようね。彼らは巨大で一撃の威力に優れる天成器や明確な弱点のない天成器こそが選ばれた天成器だと考えているようなの」

 リーチが短くても使い手次第でその強さはどうとでも変わると思うけど、それにケイゼ先生の天成器エルドラドさんは球体だけど、エクストラスキルを複数習得している。
 それでも『外れ』扱いなのか。

「それと、第三階梯の能力もそうよ。学園の生徒でも三年生、四年生になれば第三階梯に到達する者もいるわ。ただ能力はどんなものになるかは階梯が上昇しない限りわからない。……その中でも、光を灯す、闇を生み出す、そんな直接的な攻撃力を持たない天成器は彼らの中では蔑みの対象になってしまうわ」

 階梯の上昇に伴って起きる変化は天成器本人にもわからないらしいし、実際に上昇してみないと結果は誰にもわからない。
 光を灯す、か。
 武器が光ったら光量にもよるけど強いと思うけど……。

「学園のルールというのはそんな彼らが独自に考えた自分たちだけのルールよ。彼ら曰く弱い天成器は決して目立たず、路傍の石のように存在感を消し、選ばれた強い天成器を持つ自分たちのために道を開けろという傲慢なものだわ。……本当に自分勝手よね」

「さっきから言っている『彼ら』とは何なんだ? 口振りからしてクライに絡んできたザックとかいう馬鹿みたいのが複数いるってことだよな」

 ミストレアの質問は気になるな。
 あんなのに毎回絡まれるような学園生活は嫌だぞ。

「そうよ。潜在的には隠れているだけでかなりの人数がいると生徒会執行部では見ているわ」

「それは……面倒ですね」

「そうなのよ。生徒会執行部では学内の見廻りを増やしたり、生徒からの相談窓口を増やしたりして対応しているけど、変な活動をしないで大人しくしていてくれればいいのに……はあ……」

 よく見るとセハリア先輩の目元には薄っすら隈が見える。
 顔色も少し悪そうだし、疲れてるんだな。

「でも一番の心配は貴方よ」

「え?」

「噂の件もあるけど彼らが一番気に食わないと思っているのはどうやら貴方のようなの。……聞いたことがあるかしら? 学園の三英傑について」

 エリオンがそんなような話をしていたような。
 確か学園の飛び抜けた実力者三人のことだったかな。

「彼らのうち一人、銃の天成器の使い手ジルライオ・コーニエル。かの先輩の存在が彼らが貴方に過剰に突っかかっている原因の一つだと思うわ。彼らにとって大型の銃を操り、討伐難度Cの相手だろうと問答無用で撃破してしまう現役Bランク冒険者のジルライオ先輩は、正しく英雄だもの。“孤高の英雄”と噂される貴方は目の上のたんこぶでしょうね」

 現役Bランク冒険者!?
 学生の身でそんな人がいるのか。
 しかも弓の上位互換といわれる銃の天成器の使い手。

 ザックとかいうナニカがあの方といっていたのはこの先輩だったのか……。

「ジルライオ先輩自体は特に他人に興味のない人だから、自分から彼らのいう弱い天成器の人たちについて何か言うことはないんだけど……先輩のファンというか取り巻きには学園の間違ったルールを押し付ける人もいて困っているのよ」

 セハリア先輩はジルライオ先輩が動くことは期待できないと断言していた。
 自分の強さだけを追い求めている人だから、と。

「学園はそろそろ長期休暇に入るわ。だからそれまで彼らが大人しくしていてくれれば、休み明けには噂も沈静化してくれると思っていたのに……ザック君たちが貴方にうざ絡みしていくなんて……はぁ……」

「う、うざ絡み……」

(セハリアは疲れてるな。何回溜め息吐くんだ?)

 そうか、そういえばアシュリー先生がそろそろ長期休暇があるっていっていたな。
 確か期間は二週間と少しだったか。
 兄は何故長期休暇まで待ってから学園をでて修行の旅に行かないのか、とアシュリー先生は嘆いていたのを覚えている。
 そうすれば忙しく根回しをしなくて良かったのにと恨み節をいっていた。

 二週間、それぐらいあれば学園の噂も少しは収まると予想を立てていてもおかしくはないな。
 それで俺には伝えなかったのか。

「こんなことを貴方に頼むのは私としても不本意なんだけど……」

「……そうですね。長期休暇まではなるべく変な相手は避けることにします」

 あまりに体調の悪そうなセハリア先輩に思わず自分から提案していた。

「そうしてくれるかしら。勿論私たち生徒会執行部も貴方の近辺、一年生のフロアの見廻りを増やすようにするけど、取り敢えず今はトラブルを避けて貰えると助かるわ。その間に私たちも何か出来ないか模索してみるわ」

 セハリア先輩はただでさえ顔色の悪い表情を歪ませている。
 ただそれでも流石に無抵抗で何でも許せる訳ではない。

「セハリア先輩には悪いですが、それでも彼らが行動を起こしてくるようなら……」

「ええ、貴方の望むようにして頂戴。何かあれば私たち生徒会は必ず貴方の力になるわ」

 力強い言葉だった。
 自分勝手なルールを強要する彼らの身勝手な行動は許さない、セハリア先輩の決意が伝わってくるようだった。
 しかし、次の瞬間に彼女の表情は曇ってしまう。

「でも……ごめんなさい。学園に蔓延るその……偏見はなかなか無くならないのよ。噂というかこの考えの大元を流している人物がいる。生徒会はそう睨んではいるんだけど……」

 学園には底知れない闇があるのかも知れない。

 だが、そのときの俺は闇を晴らす方法を知らなかった。
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