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第八十二話 援軍

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 トールマンティスにセロが止めを指したあと、俺たちはフィーネの回復魔法による看護を受けていた。

 彼女の回復魔法のお陰で体力や魔力はともかく表面上の傷はなくなった。
 血を流し続けることがない分安心したのだけど、フィーネ自身は浮かない顔で佇んでいる。

「……皆さんが必死で戦っているのに、私だけ何もできずに不甲斐ないばかりです」

「なに言ってるにゃ。フィーにゃの回復魔法がなければエにゃオンは今頃死んでたにゃ」

「フィーネさんのお陰で私たち助かってるよ。そんなに落ち込まないで」

 ミケランジェとマルヴィラの励ましを聞いてもフィーネの顔色は曇ったままだった。
 未だに立ち上がるのも覚束無いエリオンがいうには、俺たちとトールマンティスとの戦いになんの助力も出来なかったことが相当悔しかったのか、どこか物欲しそうに眺めていたのが印象に残っているそうだ。
 俺としては十分一緒に戦っている感覚だったのだけど、フィーネは疎外感を感じていたのかもしれない。

「ワタクシもフィーネさんの回復魔法にはおおいに助けられていると考えているのですが……今のこの状況では悠長に話もしていられませんわね。傷も治った以上レリウス先生たちとの合流を急ぎませんこと? ワタクシたちには体力も魔力も殆どありませんですし、ここでさらなる瘴気獣に出会うことだけは避けないといけませんわ」

(プリエルザの言う通りだな。フィーネに感謝を伝えるのはまたあとにさせて貰うとして、早くレリウスたちと合流するべきだ。幸い私の生命感知には今のところ反応はない。トールマンティスがこの周辺の他の瘴気獣を倒していたのかもな)

 険しい表情のプリエルザの提言通り、歩行の難しいエリオンはセロが肩を貸し、俺たちは拠点への帰還を目指し歩きだす。
 
 しばらく進むと再び瘴気獣同士の争う音らしきものが聞こえてくるようになった。
 ここからは慎重に移動しないと。
 気配と音を極力消して隠密行動を心がける。

 そうしてさらに進み拠点まであと少しのところで俺たちはまたも不運に見舞われた。

「グルルルル」

 現れたのはなぜか争い合わずに協力する瘴気獣たち。
 ゴールドウルフの瘴気獣を筆頭に、グレイウルフの瘴気獣が二体。
 その鋭い嗅覚で隠れて進んでいた俺たちを見破られた様子だった。

「な、なんで今度の奴らは連携してるんだよ。コイツらがいなければもうすぐ拠点だってのに」

「おかしいですわ。互いに争い合う瘴気獣の次は協力し合う瘴気獣? ありえませんわ!」

(マズいぞ、私たちの消耗は激しい。普段ならなんとか倒せたかもしれないが、こうも連戦となると……)

「むむむ……逃さないように包囲されてるにゃ。私たちが一歩でも動けば動く、そんな気配がプンプンにゃ」

「……ワタクシは最後まで諦めませんわ。最後まで抗ってみせます。皆さん気力を振り絞る時ですわよ! 魔力がないなら物理で殴るまでです! 行きますわよ! ディアーナ!」

 不足した魔力のせいか、顔色の悪いプリエルザが叫ぶ。
 彼女の手元に白い光が集っていく。

 象られるは半月を模した刃。

 プリエルザの胸元あたりまである半月の中央には取っ手らしき部分が存在し、彼女はそこを両手で掴むと思い切り地面に叩きつける。
 その威力は刃の大きさに見合ったもので、地面に一直線の深い溝を作り出した。

「僕もまだ戦える。プリエルザさん防御は僕に任せて」

「ごめん私魔力が……」

「マルヴィラさんは休んでて、あとエリオンくんも」

「すまねえ」

「クライくんとミケランジェさんは援護をお願い。エクレアさんは……」

「……」

「うん、二人の援護をお願い」

(気弱だったセロが皆に指示を出すようになるとはな。妹様も指示に頷いて返事をしているし……成長したな)

 いや、元からもっているものかもしれない。
 いまの極限の状態においてそれが発揮されている。
 疲れ切った顔ながらも一人一人に声をかけて纏めていく様はセロの資質を表していた。

「さあ、ワタクシたちの勇姿をあの犬っころたちに見せて差し上げましょう。突撃ですわよ!!」

「【アイスボール・ダイブ3】」

「へ?」

 プリエルザの呆気にとられた声。
 無理もない。
 突然ゴールドウルフたちの背後から飛んできたのは空中から斜めに降り注ぐ氷の球体だった。

「キャンッ!?」

「【アイスアロー4】」

 すかさず氷の矢までもが飛来する。
 この魔法は……。

「ごめん、遅くなったね。でもボクが来たからには安心して欲しい。君たちにこれ以上怪我をさせないと約束するよ」

 その人物は白銀に輝く大槍の天成器を携え、俺たちに笑いかける。

 肩口まで伸びた白髪は日の光を反射して煌めき、人好きのする笑顔は男性的でもあり女性的でもある。

「……ルイン?」

 なぜ、ここに居るんだ?
 
 出会うはずのない人物とこの混沌とした状況で出会った。
 それがなにを意味するのかこのときの俺は理解していなかった。






「いや~、ごめん。大口を叩いた割には君たちまで戦わせてしまったね。ゴールドウルフが魔法攻撃に強いのをすっかり忘れていたよ。本当に申し訳ない」

(……本当にあのルインなんだよな。私たち、ラウルイリナたちと一緒にオーク集落壊滅の依頼を受けた氷魔法の使い手のあのルイン。なんだかやたらとテンションが高いけど……)

 なぜここにいるのかまではまだ聞けていないけど、間違いなくあのルインだ。
 
 瘴気獣をルインと協力して倒したあと、俺たちは戦闘音で居場所がバレないようにそそくさとその場を移動していた。
 いまは遮蔽物の少ない迷わずの森の中でも、樹木の比較的多い密集地に身を隠していた。

「それにしても間に合って良かったよ。ゴールドウルフたちに襲われている君たちを見かけた時は随分驚いた。瘴気獣の蔓延るこの地で、しかもクライとミストレアという知り合いに出会えたんだからね」

 ルインと俺が以前冒険者ギルドの依頼を一緒にこなしたことは皆にはすでに伝えてある。
 だがプリエルザには、いや俺たちには突然現れたルインに対して質問したいことが山程ある。
 少しの警戒の籠もった表情でプリエルザが飄々とした笑顔を浮かべるルインに向き直る。

「援軍に来てくださったのは感謝いたしますわ。……ですがお一人ですの? 他の方々は? 拠点はどんな状況ですの? ……なにより貴方はなぜあんな場所に?」

「偶然……といっても納得してくれなさそうな表情だね。ボクとこのボクの天成器ヘンリットは、課外授業の指導役として呼ばれたのさ」

「他のクラスメイトの方々に指導してくださっている冒険者の方々のお顔は拝見しておりますけど、失礼ですがワタクシは貴方のお顔に見覚えはありませんわ」

 確かに、レリウス先生が紹介してくれた指導役の冒険者の人たちの中にルインはいなかった。
 それに、この森には課外授業の関係者以外は立ち入りを禁止しているはずだ。
 疑う気持ちはわかる。

 ますます険しい顔つきになったプリエルザ。
 そんな彼女に自然体なままルインが答える。

「それはボクが君たちと違うクラスの指導役だからだよ。この迷わずの森には学園の一年生たちが課外授業として訪れているのは知ってるだろう? ボクも冒険者ギルドから誘われてこの森に来た。……残念ながらクライとは違うクラスの担当になってしまったけどね」

「確かに他のクラスもこの森で活動していましたわ。ですが……なぜお一人であんな場所に?」

「ボクは元々ソロの冒険者だからね。指導役として来たはいいけど、他の冒険者との折り合いもある。今日の授業の予定では生徒たちだけで森の奥深く薬草の群生地に向かっていく予定だった。だから拠点周りの警戒も兼ねて森を散策していたんだ。その途中でこの騒動に巻き込まれて、ここまで来てしまった訳だ。君たちの拠点近くまで来てしまったのは偶然だよ。本当さ、なにせ一人だからね。瘴気獣を避けていたらこんなところまで遠出させられてしまったんだ」

「……嘘ではなさそうですわね。今日の予定も合っていますし、本当に偶然出会った……ということですの?」

 他のクラスの人たちもこの森で活動しているのは知っている。
 ルインの話す今日の予定も合っている。
 ……本当にただの偶然、か。

「プリエルザさんには悪いけど、さっきも助けてくれたし、そんなに悪い人には見えないけど……」

「こんな森の中で出会えたのもなにかの縁でしょう。それに先程瘴気獣たちから助けていただいたのは事実。……私たちは異常な状況に見舞われて無用な警戒をしているのかもしれません。ここは協力して拠点に帰還することを優先するべきかと思います。どうでしょう」

 マルヴィラとフィーネはルインが危機的状況で助けてくれたことに深く感謝しているようだった。
 
 確かに疑い過ぎたところはある。
 ルインはオーク集落を一緒に攻略した仲だ。
 デススパイダーとの戦いでも氷魔法に随分と助けられた。
 それに、ジャイアントオークをヴァレオさんと一緒に引きつけて戦ってくれたことには本当に感謝している。

「その……ルイン、さっきは助かった。それと疑ってごめん」
 
「いいんだよ。瘴気獣ですら互いに争っているんだからね。こんな異常な状況で出逢えば誰だって疑ってしまうものさ。それよりここからなら君たちの拠点の方が近いんだろう? できればボクも同行させて欲しい。こう見えてCランク冒険者だ。足手纏いにはならないよ」

 新たに森の中で出会ったルインを加え、俺たちは拠点への帰還を目指す。
 拠点はもう目と鼻の先にまで迫っている。
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