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第七十二話 噂

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 神の石版に記された御使いの噂は瞬く間に王都中を駆け巡り、その噂は学園の教室でも持ちきりになっていた。

「ねえ、ねえ、クライ君聞いた? 御使い様って神様や天使様の住む天界からこの地上に降りてくるんだって!」

 マルヴィラが授業の合間の休み時間に、我慢できないといった様子で話しかけてくる。

「学園にも通ったりするようになるのかな? 王都にも降臨するみたいだし、うちのお店にも来てくれるのかなぁ?」

「お、王都だけじゃなく王国全土、帝国、教国、森林王国まで大陸の至るところに降臨するらしいよ。マ、マルヴィラさんのお家にももしかしたら来るかもしれないね」

 最近魔力を認識できるようになって上機嫌なセロが会話に参加してくる。

 セロにも《リーディング》の話をした方がいいかとも思ったけど、ケイゼ先生からは『悪戯に不安にさせても仕方ない』と口止めされていた。
 黙っていることに僅かな罪悪感がある。
 しかし、体調を尋ねても特に違和感もなく過ごしているようで、喜びに水を差すのも気が引けてしまいそのまま現状維持になってしまっている。

 きっと傍から見たら微妙な表情の俺とは対照的に、マルヴィラとセロの会話は随分と盛り上がっていた。

「御使い様ってどんな姿なのかな。天使様は純白の翼が背中から生えていて空も飛べるって聞いたことあるけど、御使い様もそうなのかなぁ?」

「う~ん、天使様と似た姿だろうけど、御使い様は天使見習いらしいし……どうだろうね」 

 教会で習う世界史には、天界から天使が降臨した記録もある。
 未曾有の大災害を防いだり、人々の願いを聞き届けたといった逸話が残っていて、その姿も記録として残されている。

(背中に翼ねぇ。そんなものが生えてたら眠るとき邪魔だと思うけど)

「石版には最初に天界から降臨する御使い様は千人程度で、段階を経て段々と地上に降りる人数を増やしていくらしいよ」

「え!? 千人!?」

「大陸各地の教会にバラけて降臨するらしいから、王国の王都にだけ集中するわけじゃないだろうけどすごい数だよね」

 天界にはそんなに天使の見習いがいるのか。

「天使に昇格するために地上で修行するそうだけど、神の石版のある教会に降臨するようだから、当日は教会に人がいっぱい集まるかもね」

「うー、私も御使い様を一目見てみたいかも。でも、そんな風に好奇心で見に行ったら御使い様に失礼かなぁ」

「まだ降臨する日まで日にちがあるから悩んじゃうよね。でも、自然と教会に人は集まっちゃうかもしれない」

(私たちも一目くらいは御使いを見に行って見るか? まあ、降臨の日に教会の中までは入れないだろうけど)

 御使い、か。
 神の石版に記された以上は地上に降臨するのは間違いないんだろうけど、果たしてどんな人たちなのだろう。
 
「それにしても、セロは随分御使いについて詳しいんだな」

 俺の素朴な質問にセロはあたふたと狼狽える。
 その表情は少しだけバツが悪そうだった。

「あ、ああ、その……じ、実をいうと、全部人からの受け売りなんだ。うちのクラスにすごく情報通の人がいるんだけど、全部彼から聞いたことなんだ」

「そうだったのか……でも情報を教えてもらえるだけでも嬉しいよ。ありがとう」

「そ、そう? お兄さんの役に立てたなら良かった……」

(セロにも独自の交友関係があるんだな。まあ、私たちが編入してくる前にも仲良くなる時間はあっただろうし、当然といえば当然か)

 気づけば教室のところどころで、生徒同士固まって御使いの噂についての話をしているようだった。
 神の石版に新たな記述が記されるなんてかなりの重大事件だから無理もない、か。

「あー、はいはい、全員静かにしろ」

 ガヤガヤと五月蝿かった教室に面倒くさそうな顔つきのレリウス先生が入ってくる。

「お前ら、御使いのことで不安だろうが来週には課外授業がある。今日はまずその話をするぞ」

「せんせー、学園では御使いにどう対応するんですか?」

 一人の男子生徒がレリウス先生に質問する。
 確かに学園の対応は気になるところだ。
 レリウス先生は渋い顔を一瞬見せるも教室全体に響くように答える。

「学園での御使いへの対応はいまは検討中だ」

 きっぱりとした返答だったが、教室内はまた話し声でザワついた。
 
「……学園には部外者は立入禁止になっている。いくら天界から降臨した御使いだろうと許可なしにはここには入れない。寮暮らしで心細い者たちもいるだろうが、学園としては毅然とした態度で御使いには接するつもりだ。わかったら先生の話をよく聞いておけ。課外授業でわからないことがあっても知らんぞ」

 今度こそ教室内が静かになった。

 どうやら御使いであっても特別扱いはしない方針のようだ。
 その話題はもう終わりだといわんばかりの態度で次の話題に移る。

「お前らの中には、すでに魔物と戦ったことがある奴もいるだろう。レベル上げのために親御さんと一緒に戦ったり、すでに冒険者として登録して魔物討伐を経験している者がいるのは把握している。ただ今回の課外授業は魔物の討伐以外にも生態調査や探索、追跡の仕方まで多岐にわたる。単純に魔物を討伐して終わりじゃないから覚悟しておけ」

 戦う方法だけでなく、他のことも実地で教えてくれるならこれほど勉強になることはないだろうな。

「例年では生徒たちの護衛と指導のために騎士団から人材を派遣してもらうことになっていた。……しかし、最近は瘴気獣の出現が増えている関係で騎士団の協力を得るのは難しくなりそうだ」

 イーリアス騎士団長もいっていたけど瘴気獣の出現はやはり増えているのか……。
 突如空中から現れたアラクネウィッチには本当に驚いた。
 ……また、あんなことはないよな。

「だが、生徒の安全のためには学園としては手を抜く訳にもいかない。冒険者ギルドと連携してCランク以上の冒険者に参加してもらえるように募集をかけているところだ。勿論審理の瞳によるカルマの判定やいままでの依頼達成の実績を確認したうえで頼むことになる」

「レリウス先生! 場所はどこで行うのでしょうか?」

 委員長であるベネテッドが手を挙げて質問する。

「王都北東の『迷わずの森』だ。王都周辺でも最も弱い魔物の集まる生息域。そこを借り受けて課外授業の場所とする。魔力濃度が薄いせいかあの森には強力な魔物は住み着いていない。そのお陰で毎年課外授業の開催場所に選ばれる訳だが……ただ授業とはいえ油断するなよ。魔物はこちらの命を奪うために文字通り命掛けで襲ってくる。気を抜いた奴から死ぬことになる。肝に命じておけ」

 レリウス先生の脅し文句と言うべき言葉に騒がしかった教室中がしんと静まり返る。
 そこを見計らったのかレリウス先生が悪戯っ子のようにニヤリと笑うと、もの凄い情報を知らせてきた。

「あ、そうそう課外授業は一週間の泊まり込みだ。現地でテントを張って魔物の蔓延る森で野営することになる。学園でも野営道具は用意してあるが、自分たちで準備するのも授業の内だ。今の内から考えておくように」

「「えぇ~~~!!」」

「な、なんですってぇ!? ワタクシ、そんな訳のわからないところで野営なんて嫌ですわぁ~~!!」

 クラスメイトたちと特にプリエルザの絶叫を聞きながら思う。
 課外授業までにやるべきことは多いな。
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