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第六十四話 カルマ
しおりを挟む「おー、入るぞっ!!」
バンッと大きな音をたてて扉が開く。
「相変わらずわけわかんものがいっぱいだな、この部屋は!!」
「なんであんたが来んのよ……」
まず目に入ったのは見上げるほどの大柄な巨体。
腕も足も丸太のように太く、引き締まった筋肉で包まれている。
(パレードの時の筋肉女!)
ミストレアのいう通りパレードのときに馬車の屋根によじ登り寝そべっていた女性。
第二騎士団団長イーリアス・クロウニーその人だった。
「失礼します。教会の方々をお連れしました」
審判者を呼びに部屋から出ていっていたレシルさんの背後から、あとに続くように三人の人物が入ってくる。
「え?」
驚いたことに一人は見知った人だった。
「……シスタークローネ?」
「ふふ、お久しぶりですね。……こんな所で出会うとは思いませんでしたけど」
アルレインの街の教会でシスターを務めていた女性。
回復魔法を使い街の人々を癒し、頼られていた人。
俺とミストレアの出発の日にも見送りにきてくれた人。
上品に微笑む彼女を見間違えるはずがなかった。
「本当は王都の教会にクライ君が来てくれるのを待っていたのに……クライ君全然来てくれないから」
確かに、王都の教会には未だ足を踏み入れたことはなかった。
というか、その発言を聞くにシスタークローネはいまは王都の教会にいるのか。
それにしても……。
「……驚きました。どうしてここにシスタークローネが?」
「この娘たちの付き添いです。審判者のフレンダと断罪者のリアンジェリカ。二人共自己紹介をお願いね」
「フレンダ。よろ」
「……リアンジェリカだ」
「もう、二人共。挨拶はしっかりしてってお願いしてるでしょ」
フレンダさんは眠そうな瞳の小柄な体格の女性。
片手をあげて言葉少なに挨拶してくれたけど、いまいちなにを考えているか読めない。
リアンジェリカさんは初対面なのになぜか最初から不機嫌な女性。
睨みつける視線は、ここにいること自体が嫌だと滲みでているようだった。
(また、変な奴らがきたな)
(ミストレア、失礼なことをいうなよ)
「……ところで断罪者とはなんなんですか? 審判者とは違うんですか?」
俺の疑問にシスタークローネは丁寧に説明してくれる。
「断罪者は審判者と同じく特殊なクラスよ。審理の神に選ばれた者だけがクラスチェンジできるクラス。『断罪の秤』のエクストラスキルを所持していて、相対する相手の罪の重さを自覚させる」
「自覚?」
「簡単にいえば、断罪者の前で犯罪者は一時的に弱くなる。そして反対に断罪者は強くなる。罪を許さず、反省の意のない相手を断罪する存在。それが断罪者よ」
思わずリアンジェリカさんを見る。
彼女は変わらず不機嫌そうで舌打ちしつつも目を逸らした。
(教会にはそんな戦力もいるのか)
「断罪者相手じゃ赤の犯罪者はかなり弱体化するらしいな。まあ、そんなエクストラスキルの力がなくともオレなら一発でのしてやるがな」
「あんた相手じゃ犯罪者もぺちゃんこになるでしょうよ」
ガハハと笑うイーリアスさんを、呆れた顔のクランベリーさんが非難した。
イーリアスさんの明るさのお陰で室内に少しだけ穏やかな空気が流れているところに、フリントさんがグレゴールさんたちを伴って部屋に入ってきた。
他にも何人かの騎士に連れられた彼らは、両手を簡易に拘束されていて、沈痛な面持ちでいる。
その姿を見るだけで少し心が痛む。
途中グレゴールさんと目が合った。
彼は俺たちが揃っているこの状況に少しの驚きを見せたが、それでも薄く笑いかけてくれた。
いよいよ、カルマの判定が始まる。
クランベリーさんがグレゴールさんたちの前に立ち宣言する。
彼らを見る目つきは鋭く、言葉には棘がある。
容赦など一切を感じさせなかった。
「初めに言っておく。あんたたちには今回の窃盗事件以外にも余罪があると判明している。自分たちでそれが真実だと証言もしている。罪には罰。この『審理の瞳』による結果次第であんたたちの今後の身の振り方が変わる。……一応は聞いてあげる。何か弁明はある?」
クランベリーさんの質問に、グレゴールさんはきっぱりと答えた。
そこに罪から逃れようという意思はなかった。
「ああ、俺たちはこれまで窃盗を繰り返してきた。どんな罰だろうとそれが贖罪になるなら潔く受けるつもりだ」
「そう」
「……ただ、我儘を言わせて貰えるなら……コイツらは俺についてきただけだ。コイツらに……罪がねぇとはいえねぇ。だが、頭である俺よりは軽いはずだ。それを少しでいい。考慮して欲しい」
「お、お頭ぁ……」
「うぅ……」
「お頭だけじゃありやせん。あっしらも同罪でやす。うぅ……」
部屋には沈黙の帳が降りたように誰もが言葉を発せなかった。
ただ彼らのすすり泣く声だけが響いている。
クランベリーさんがその空気を引き裂いた。
彼女は平素と変わらない様子でフレンダさんに声をかける。
「泣いたって何も変わらない。『審理の瞳』はあんたらの罪の重さを暴きだす。準備はいい?」
「おっけ」
「少し不快感があると思いますけど、カルマの判定のために必要なことです。我慢して下さいね」
レシルさんがグレゴールさんたちに注意を促す。
フレンダさんがその小さな足でテクテクとグレゴールさんたちの前まできた。
この判定で未来が変わる。
そう思うと思わず彼らの判定が良い方向に転ぶことを祈らずにはいられなかった。
「……やってくれ」
「じゃ、【審理の瞳:善悪鑑定】」
「……」「……ぅ」「……」「……っ」
グレゴールさんを筆頭に四人を順番に鑑定していくフレンダさん。
彼らの表情が順を追って険しくなる。
あの視線は自分も何度か受けたからわかる。
居心地が悪く、なにかを見透かされている独特の不快感がある。
「結果は?」
「黄」
「……全員が?」
「そ」
静寂が場を支配する。
誰もが口をつぐみ、次の言葉を待っている。
「……黄色か……良かったわね」
ポツリとクランベリーさんが溢した一言が印象的だった。
「ぜ、全員が黄色だとどうなんですか~~、し、死刑なんてないですよね~~」
「死刑だぁ? 死刑なんてこれまで執行されたことねぇだろ」
「え?」
アーリアの叫びをイーリアスさんがあっけらかんと指摘したとき、思わずクランベリーさんを見た。
「え?」
彼女は気まずそうに視線を逸らす。
(あ、あの女、騙したのか!)
「団長。そろそろちゃんと説明しないと皆さんに誤解されたままになっちゃいますよ」
「う、うん」
(うん……だと、急にしおらしい返事をしやがって!)
「可笑しいとは思っていましたが、やはり窃盗程度で死刑はありえないですね」
イクスムさん、そういうことは早くいって欲しいです。
「では、死刑はなくなるんですか? 私のネックレスを盗んだばかりに重い罪に課せられると思って……私……」
「ミリア……お前は優しいな」
優しいミリアには死刑の言葉の重みがかなり負担だったようだ。
ウルフリックがそっと肩を抱いて励ましている。
「脅しすぎですよ、団長」
「こ、これも仕方ないことよ。部外者が判定の場に立ち入るなら相応の覚悟がないと」
(コ、コイツ……)
「……」
「な、なに!? そんな顔して見てきても私は謝らないから」
この場の全員の『なんだコイツ』の視線にたじろぐクランベリーさん。
その一方でグレゴールさんは判定に信じられないといった顔をしている。
「な、なら俺たちの罪は……」
「判定が黄色な以上軽犯罪ということになるわ。余罪については詳しい調査の必要もあるけど、少しの勾留で済むかもしれない。断言はできない」
「そう……なのか?」
「『審理の瞳』によるカルマの判定は間違えようのない確実なものです。審理の神は人の内心すら見通し、判定を下します。貴方たちの判定が黄色ならその犯罪は悪意の元に行われたことではなかったということ。そして、十分に罪を悔いている証拠です」
シスタークローネが呆然としていたグレゴールさんを諭すように優しく話しかける。
「あっしはてっきり……いやありえないことだとはわかってるんでやすが…………奴隷にでもなるのかと……」
「奴隷? なにそれ、そんなもの絶対にない」
「有史以来奴隷は存在しませんからね。そもそも誰かを奴隷にしようなんて誰も考えませんし」
クランベリーさんとレシルさんが否定するように、奴隷は絶対に存在しない。
ニクラさんもカルマの判定に対する不安で考えすぎてしまったのだろう。
「それはさておき、あんたたちの境遇について一つ疑問がある」
クランベリーさんが真剣な顔つきでグレゴールさんたちに向き直る。
その態度は嘘は許さないと物語っていた。
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