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第六十二話 騎士団総本部

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「ニクラにポーションを使ってくれたのか……ありがとよ、弓使いの坊主」

 ついさっき気絶から覚めたばかりのグレゴールさんが若干朗らかになった顔で礼をいう。
 出会った当初から比べれば憑物が落ちたように柔らかい表情になったと思う。

「……タズとロットは?」

「あそこで拘束している。安心しろ、深い傷は与えていない。……こいつと違ってな」

「コイツってオレのことか、あ゛あ゛っ」

「傷……っ」

 突然グレゴールさんはハッとした表情で腹部を手でおさえた。
 そこは丁度怪我をしていた部分。
 服は破れ、剥き出しのお腹こそ見えているが傷跡はすでにない。

「……俺の傷も治してくれたのか……」

「オレじゃねぇぞ、そこの下級騎士だ」

「確かに私は下級騎士だが、フリントだ! そもそも“下級騎士”とはなんだ。上級騎士は存在するが、下級騎士という名称など存在しない。それは騎士たちを揶揄するときの蔑称だろう。失礼なことを言うな!」

 え、そう……なのか?
 ウルフリックがあまりにも自然に下級騎士と呼んでいるから、てっきり公式の呼び名だと思っていた。
 あ、危なかった。
 普通に間違えて覚えるところだった。
 
 ……ミリアが誤解されることが多いというはずだ。
 悪気はないのかもしれないけど、フリントさんは火がついたように怒っている。
 
「ぐっ……うぅ……」

「おい、起き上がるな。出血が酷かったんだぞ」

 グレゴールさんの傷は範囲は広くないもののそれなりに深かった。
 ゲインさんの槍斧の形状のせいもあるのだろうけど、棘の部分が刺さったところからの出血が多かったからだ。
 俺の持つ回復のポーションだけでは足りなかっただろうから、フリントさんがポーションを余裕をもって所持してくれたので助かった。

「……結局全員が倒されちまったんだな」

 感慨深げに呟くグレゴールさん。
 目線の先には、すでにポーションによる治療を終えて簡単な拘束を施されているニクラさんと、少し離れた位置で二人揃って拘束されたタズさんとロットさんがいる。

 ニクラさんは俺との戦いで幾つか怪我を負っていたものの足の矢傷以外は軽症に近かったので、治療はすぐに済み、意識もすぐに回復した。
 タズさんとロットさんはフリントさんの技量のお陰か、大した怪我もなく拘束されていた。

「オレは謝らねぇぞ。ミリアの大事なネックレスを盗んだお前らが悪い。それに、オレは最初からお前ら全員を倒すと決めていたからな」

「ふっ、謝る必要はない。罪を犯したのは俺たちだ」

「そうだ。これからお前たちは騎士団総本部に向かうことになる。本来は拘束された犯罪者は騎士団の詰め所で取り調べを受け、後日、その罪に応じて裁きを受けることになるんだが……。今日は生誕祭の日のため、詰め所ではなく総本部に連行させて貰う。異存はないな」

「ない、連れて行ってくれ」

 グレゴールさんはきっぱりと答えた。
 その言葉に後悔は感じられなかった。
 
 そこに、フリントさんと同じ騎士甲冑を着た女性が現れる。

「フリント君、盗賊団の人たちは目覚めたのかな」

「は、はい、レシル先輩! 彼らの傷の治療は完了しました。彼らの主犯であるグレゴールも今目覚めた所です!」

「ふふふ、なら良かったわ。出血が酷かったみたいだから心配していたの」

 上品に微笑むこの人は、俺たちとグレゴールさんたちの戦闘が終わったあとに、この倉庫街に現れた人物だ。

 彼女は第三騎士団の騎士、レシル・チェリムと丁寧に名乗り、他にも数名の騎士の人たちを引き連れていた。
 どうやら倉庫街の入口には警備の人たちがいたらしく、倉庫街に響く不審な音を聞きつけ、騎士団に応援を頼んだことでこの場に駆けつけたようだ。

「その……申し訳ありませんでした!!」

 フリントさんが焦った顔でレシルさんに頭を下げる。

「あらあら、フリント君ったら何を突然謝ってるのかしら」

「そ、それは……」

「もしかして、貴方のバディである私を置いていって独断で容疑者を追いかけていったことかしら。……それとも、何度言っても先輩である私の言うことを無視して無茶ばかりする所かしら」

「……うぅ」

「それとも、貴方が何の連絡も寄越さないから、広い王都の街中をずっと探し回っていた私に対してかしら。それとも――――」

「す、すみませんっ! 大変申し訳ありません!!」                       

 あれは謝る必要があるな。

 フリントさんがレシルさんが現れたとき『しまった』という顔をしていたのをよく覚えている。
 完全に連絡することを忘れてた顔だった。

「ふふふ、大丈夫よ。私は貴方のこと許すわ」

「……ほ、本当ですか?」

「ええ、私からのフリント君の印象がワンランクダウンしただけですもの」

 笑っているのに笑っていない。
 絶えず笑顔なのに……あれはかなり怒ってるな。

(あれ、全然許してないな。目が笑ってない)

 レシルさんは謝り倒しているフリントさんを無視してこちらに向き直る。

「それでクライ君とウルフリック君だったかしら」

「は、はい」

「ん? ああ」

「申し訳ないのだけど貴方たちも一緒に騎士団総本部に来てほしいの。貴方たちが盗賊たちの仲間ではないことはフリント君から聞いているけど、今回のことの詳細を詳しく聞きたいの。一緒に来てくれたら嬉しいんだけど、どうかしら?」

「私からもお願いする。君たちには申し訳ないが一緒に来てもらいたい」

 真摯な表情で深く頭を下げるフリントさん。
 彼は申し訳なさそうに言葉を続ける。

「その……彼らの今回の行動についても証言して欲しいんだ。彼らが罪を犯したことは本当だが、私の所感としては彼らは十分反省しているようにも見える。どうだろう、検討して貰えないか?」

「嫌だ」

「なっ!?」

「……と、言いたいが、ミリアのネックレスも証拠品としてお前が持っていくんだろ」

「そうだな、今は私が預かっている。これも証拠品として暫く預かってから君の妹さんに返すつもりだ」

「それじゃあ遅いな。……ネックレスを受け取る奴の身元がはっきりしてればいいんだろ。オレが行って証言してやるからネックレスは返せ」

「それは……」

「ふふ、そうね。身元さえはっきりしていれば即日返すことも可能かもしれないわ。ただそれを判断するのは騎士団総本部の人だから、実際に行って見ないとわからないわ」

「まあ、いまはそれでいい。ああ後、当然ミリアには先に知らせに行かせて貰うからな。早く安心させてやらねぇと」

「君はまた勝手なことを……妹さんが大切なのはわかるがそう自分勝手に動かれてはなぁ」

「ああっ、何が自分勝手なんだ、下級騎士。ミリアに会いにいくのは最優先事項だろうが!」

「だから下級騎士だが、フリントだ!」

 二人共こんなに仲が悪かっただろうか?
 倉庫街での戦いでは結構お互いに信用し合っていた気がするけど。
 フリントさんはウルフリックの指示にも従っていたし……。
 
(自由奔放を好むウルフリックと堅物な騎士フリント。この二人、ほっといたら永遠に喧嘩してそうだな)

 そんな二人の喧騒を他所に、レシルさんが話しかけてくる。

「それで、クライ君はどうかしら。お姉さんについてきてくれる?」

 証言か……。
 グレゴールさんたちがどうなるか気になるし、最初はともかく途中からは彼らがそれほど悪い人たちには見えなかった。
 少しでも四人の助けになれるならここはいくべきだろう。

「はい、その……俺も一度家族に報告してからでもいいですか? 突然飛び出してきてしまったので」

「ええ、勿論よ。私、素直な子は好きだわ」

「はぁ」

(この女、クライを誘惑しやがって。……まあ、クライはいずれ誰からも知られる存在になるからな。異性に好かれるのも仕方ない)

 誘惑か?
 ミストレアの勘違いだろう。
 レシルさんはただ好みの人の特徴をいっただけだ。
 それに、いまも優しそうな笑顔を浮かべて、いがみ合うウルフリックとフリントさんをなだめている。

「さあ、行きましょう。王国の誇る七つの騎士団を束ねる総本部へ」





「ここが騎士団総本部……」

 馬車に揺られてたどり着いたのは、冒険者ギルド王国本部よりも遥かに巨大な建物だった。

「わぁ~、こんな間近で騎士団の総本部を見たのは初めてです~~」

「王都に住んでいてもここに来ることは少ないですからね。アーリアがはしゃぐのも無理はありません」

「お兄様とクライ様にはなんとお礼を申し上げたらよいのか……私の迂闊な行動のせいでネックレスを盗まれてしまい申し訳ありませんでした」

「ミリアが謝る必要はない。盗んだ奴が悪いんだ。そんなに落ち込むな」

 レシルさんの用意してくれた馬車にはエクレアたちも同乗していた。
 ネックレスを無事取り返し、このあと事件の詳細の報告と証言のために、騎士団総本部に向かうことを伝えると、自分たちもついていくといってくれたからだ。

 フリントさんの案内で総本部の中へ入る。
 建物の外観に見合ったこれまた巨大な扉を進むと、中には騎士と思われる人たちが大勢忙しく動き回っているようだった。
 騎士と思われるというのは鎧姿ではなかったからだ。
 
「総本部の騎士たちは戦闘よりも裏方の仕事が多いからな。ラフな格好をしている者が多いんだ。ラフといっても勿論あの服装も騎士の正式な制服だ」

 フリントさんが総本部について色々と説明してくれるけど、それよりも気になることがある。

「あのグレゴールさんたちは……」

「彼らは別室で取り調べを受けることになる。幸い怪我も完治して意識もはっきりしているからな。今回の事件についての取り調べはすぐに終わるだろう。……気になるか?」

「……はい、彼らが……その、あまり悪い人には見えなかったんです」

 俺は正直に彼らについて思った感想を述べた。
 フリントさんはそれを聞いて神妙な表情で切り出す。

「この総本部に来たのには理由がある。実をいうと生誕祭で各詰め所の騎士たちが少ないだからだけではない。……今日ここに教会の人員が来ているからだ」

「教会だぁ?」

「カルマの判定だ。エクストラスキル『審理の瞳』によって人の罪を見通す。その力を持った人が今日ここに来ている」

 それは審理の神の判定によって、彼らの罪を暴くということを意味していた。
 
「本来は鑑定の場面を騎士団の関係者以外が見ることはないんだが……立ち会えるようにレシル先輩に掛け合ってみよう」

「……いいんですか?」

「まあ、またレシル先輩を怒らせることになってしまうが……どうにか頼み込んでみる。君たちの気持ちもわかるからね」

「ちっ、オレはアイツらなんかどうでもいいんだ。ネックレスさえ帰ってくればな」

「お兄様! また心にもないことを!」

「では君は立ち会わないのか?」

「……そうは言ってねぇ」

「素直じゃないな」

「……うるせぇ」

 今度の諍いはフリントさんに分があるようだった。
 ウルフリックの態度は明らかに照れ隠しにしか見えなかった。
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