孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第五十九話 名乗り

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 乱気流の円柱が敵の只中で炸裂し、荒れ狂う風が地面を削り、深く陥没させる……はずだった。

「そう簡単にやられねぇよ、【アースウォール2】」
 
 グレゴールの放った土魔法のが即座に二つの土壁となってウルフリックの魔法を防いでいた。

「お返しだぜ、坊主ども【アースシリンダー】」

 自らの作り出した土の壁を一息に飛び越え、空中からグレゴールが魔法を展開する。

「全員一時散開しろっ!」

 残念ながら斜め上から奇襲の如く飛んでくる土の円柱を、咄嗟に迎撃する手段はなかった。
 フリントさんの号令でそれぞれが着弾地点から急いで避ける。

「ぐっ」

 倉庫街の地面に直撃した土の円柱が炸裂する。
 地面が激しく揺れ、礫が舞った。

 少し距離を取って全員で再度集まる。

「クライ、オレが髭面を相手する。お前は散々オレたちを妨害してきた短剣使いをやれ!」

「なら私はどうする」

「お前は他の二人をやれ。騎士なら二人ぐらい相手できるだろ!」

「いいだろう。大槌と杖の二人は私が相手しよう。だが、君たちは民間人だ。本来は私が君たちを守る立場。危なくなったら必ず助けを求めてくれ」

 方針は決まった。
 ウルフリックは標的に狙いを定め視線を外さず。
 フリントさんは冷静であろうと努めているようだった。

(短剣使いか、ミリアのネックレスを奪った奴だな。そのお礼をたっぷりとしてやろうじゃないか)

「作戦会議は終わりか? ならそろそろ攻めさせて貰うぜ」

 こちらの話し合いを律儀に待っていたらしい。

「ロット、派手にぶち噛ませ。俺とタイミングを合わせろよ」

「はい、お頭」

 なんだ、なにをする気だ?

「【アースボール・バーティカル4】」「【ウォーターツイスター3】」

 グレゴールの手元から《アースボール》が天高くに打ち出される。
 それは《ダイブ》の魔法因子のように滞空せず、さらに上方向へと真っ直ぐに飛んでいく。
 対して細見の杖使いロットが先程とは規模を増した三つの横回転の渦を放つ。

「さっきと同じか、芸のない奴だ」

「違うっ! 上だ! 《アースボール》が落ちてくる!」

「な!?」

 二人の魔法の同時攻撃が俺たちを襲う。
 水の渦は目眩まし兼、足止めの魔法だった。
 本命は高空から降り注ぐ土の球。

 どうする?
 《アースボール》は質量のある土魔法。
 風魔法を矢で迎撃したときのようには簡単には防げない。

「ここは私がなんとかする! オレリオ!」

 フリントさんの叫びと共に、天成器が起動する。
 白い光の集まる右手に徐々に形が浮かび上がる。

 それは剣身に幾重にも隙間の空いた奇妙な片手剣。
 
 刃以外の不要な部分を削ぎ落とした姿は一種の儚さすら感じさせる。

「【スチームボール3】【闘技:十字重ね】」

 魔法と闘技による同時迎撃。
 
 同数の蒸気の球で襲いくる水の渦を止め、瞬時に上空に向けて闘気の斬撃波を放った。

「やるじゃねぇか!」

「なるべく多くの《アースボール》に当てるようにしたが、咄嗟の闘技だったから打ち漏らしがある。まだ、上空への警戒は怠るな!」

 降ってくる残骸をなんとか躱す。
 く……こんなことなら新たな盾を買って置くべきだった。
 学園への編入試験の勉強やケイゼ先生との検証にかまけて、実戦に向けての準備を怠っていた。

 ふと見ればウルフリックも三日月の刃の槍であるゲインさんで降りかかる土くれを破壊している。
 どうやら全員が無傷で難局を乗り越えられたようだ。

「やれやれ、威勢のいい坊主にばかり注目してたが、そこのお若い騎士さんもなかなかやるな」

「……お前に褒められてもな」

「俺とロットの連携攻撃でも傷一つ負わないんだからな。そりゃあ褒めるだろうよ」

 こちらが各個撃破を狙っているところに、グレゴールたちは日頃からチームを組んでいるその連携力を活かしてきた。

 俺たちが即席のチームだと見抜いているからこそ余裕があるんだろう。

 ん?
 なにかが可笑しい。

「そこだっ!!」

「つぅ……」

「ほお、よくニクラの行動に気づいたな。てっきり弓使いのお前はこの中じゃ一番弱いと思ったが……どうやら違うようだ」

(あの髭野郎、クライを見くびりやがって……まったくもって見る目がないな!!)

 危なかった。
 同時魔法攻撃はグレゴールと杖使いだけの連携で終わっていなかった。
 煙幕を使ったときのように、短剣使いが死角に潜り込もうと画策していた。

(ミストレア、さっきは助かった)

(なあに、私はクライの指示で生命反応を探っただけさ)

「ニクラ、怪我は大丈夫か?」

「お、お頭、多少腕にかすりやしたが問題ございやせん」

「舐めてかかってるつもりはねぇんだがな。まだ子供だと侮っちまってるらしい。そうだっ! お前たちの名を聞いてなかったな。これは俺としたことが失礼なことをしちまった。……お前さん方の名前、聞かせてくれねぇかな」

 表情が違う。

 笑顔は消え、余裕はない。
 ただ、焦っているわけでも諦めているわけでもない。
 
 それはまるで真剣勝負を挑む前の姿。
 戦うべき強敵を見定める騎士のような……。

「名前など教える必要はない! 君たち、犯罪者の言うことに耳を貸すなよ!!」

 フリントさんがグレゴールの言葉を一蹴する。

「まあ、そりゃあそうか、変なことを聞いちまったな。悪い悪い」

 真剣な表情は成りを潜め、すっかりと明るく振る舞う。
 しかし、どことなく悲しげでもあった。

「……ウルフリックだ。ウルフリック・アンバーリール」

「な!? なぜ名乗る!」

「あんただって名乗ってただろうが」

「私は騎士だからいいんだ! 君は、違うだろ……」

「オレが名乗りたいから名乗った。それだけのことだ。それにコイツらはここで倒す。自分が倒される相手の名前くらい聞いておきたいだろ」

 ウルフリックは平然といってのけた。
 その態度にフリントさんは渋い顔をしていたが、やがて諦めがついたのか大きなため息を吐いていた。

「……弓使いの坊主はどうだ。俺たちみたいな輩に名前は教えたくねぇか」

「……」

「まあ、仕方ねぇか……。所詮俺らは窃盗の常習犯。金持ち限定の盗人とはいえ誰からも嫌われる存在。そんな輩に……」

「……クライだ」

「な、なぜ君まで名乗るっ!?」

 なぜだろう。
 グレゴールたちが名乗って貰えるのを懇願していたからかもしれない。
 勿論彼らはそんなこと一言も言葉にしていない。
 だだ……俺がそう思っただけだ。

「ついでに名乗っておこう! 私こそがクライの天成器であり、契約者ミストレア。この名をよく覚えておくといい!!」

「はっ、はは、天成器まで名乗るなんて、どんな破天荒な奴らだ、まったく」

「クライは必ず大物になるからな。私だって名乗るさ」

 ミストレアの突然の宣言に、乾いた笑いで反応するグレゴールたち。
 一見呆れているようにも見える。
 だが違う、違った。
 
「……王都まできた甲斐があったかもな、なあお前ら」

「はい、お頭」

「お、お頭、オレ……」

「うぅ……」

「なんだ、なんだ? 急に泣き出して、何が始まるんだ?」

 ミストレアの困惑の声をよそに、ミリアからネックレスを奪ったニクラが、懐から袋を取り出す。
 それは、盗んだ金品の入った戦利品の袋。

「……オレもお前らと同じ気持ちだ。ニクラ返してやれ」

「へい、お頭」

「なんのつもりだ? 盗んだ金品を返すとは」

「いや、盗んだもんは返す。こんなもんがあっちゃあ、満足に戦えねぇからな」

「……何を言っている?」

 フリントさんが心底理解できないといった表情で呟く。
 だが、彼も理解しているはずだ。
 もうこの戦いは止まらないと。

 なぜならグレゴールたちは対等な勝負を望んでいる。

「久々に真っ当な勝負がしてぇと思ってな」
 
「ハッ、悪くねぇ」

「クライ、お前の力をこいつらに見せてやれ!」

 ウルフリックもミストレアもグレゴールの提案に乗り気だ。
 もう勝負のことしか考えていない。

「ふぅ……まったく血の気が多いな、君たちは……」

 フリントさんもやっと諦めたようだ。
 仕方ないなといいながらも片手剣の天成器オレリオさんを構える。
 
「お前らは凄えな。オレたちに昔の想いを思い出させた。ただ強くなって認められたかったあの時を!!」

 グレゴールの部下である三人も一斉に頷く。
 その顔はこの勝負にすべてを賭けていた。

「決着をつけよう。ここからはなんのハンデもない真剣勝負だ。野郎ども、わかってるな。コイツラの命を取るようなことをしでかしたら俺が殺す。そんでもって俺も死んでやる。だが、手は抜くな。全力で戦え。さあやろうぜ、こっからが本当の勝負だ!!」

 彼らは最早盗賊団ではなかった。
 一人の騎士と三人の忠実なる配下。
 
 王都の静寂な倉庫街に、結末を求める叫びが木霊する。
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