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第三十七話 統率個体

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 雄叫びを上げるハイオーグレス。
 あれこそまさにこの集落の統率個体だろう。
 体長は二・五m前後で黄緑の体色。
 おそらく集落のオークに作らせた紫がかった木材の鎧が胸部と両腕の上腕、脚部に纏っている。
 オークは脂肪の多いでっぷりとした腹をしていたのに対して
、上位の個体となったいまは遠目からでもわかるぐらい筋肉質な身体だ。
 
 そして、右手に持つあの銀色の大斧がウェポンスライムの擬態した姿か。
 鈍く光を反射する銀色は中央に据えられた不気味な赤い石も相まって異様な印象を受ける。
 あの大斧がウェポンスライムのはずだが、外見からは一見して生物という感じはしない。
 むしろ、擬態とはいえ武器そのものにしか見えず、生物というより完全に無機物にしか見えない。

 ところが、ハイオーグレスが強く柄を握ると、脈打つように大斧から触手が伸びた。

(なんだあれ、気持ち悪い動きだな)
 
 蠢く銀の触手はハイオーグレスの右腕に巻き付く。

「ウェポンスライムは使い手の魔物と共生関係にある。自身の身体を武器に擬態させることで、使い手となる魔物を利用して倒した相手から血液を吸い取り生き延びる。使い手の魔物は強敵や多数の敵との戦闘でも摩耗しない強力な武器を使える。使い手となる魔物は集落の統率個体が大半だ。なぜなら、元々の戦闘能力の高い魔物に使われる方がより多くの敵を倒せるからだ。そして、ウェポンスライムは使い手が敵と戦闘する時、あの触手で使い手の血液を吸い取り、切れ味や硬度、体積を増すことも出来る」

 隣でマーダーマンティスの赤剣を構えるラウルイリナが説明してくれる。
 彼女の言うようにハイオーグレスの右手に纏わりつく触手は、先端を尖らせると皮膚を貫きどくどくと脈打つ。
 
「ウェポンスライムの擬態武器は単一の武器の姿を取る。大斧からは変化しない筈だが、触手を伸ばして攻撃してくる場合もあるようだ。捕まれば危険なのは自明の理。注意する必要があるだろう。ただ、触手自体は武器化を解いている状態だ。それほど強度はない筈」

 なるほど、大斧から触手が伸びてくるなら迂闊に近づくことはできないな。
 とくに盾を絡め取られるとマズい。
 
 ハイオーグレスの周りには護衛のオーク・ ランサーとオーク・ シールダーが控えている。
 それぞれ紫掛かった木材で出来た槍と大盾を身に着けていて、集落の中でも精鋭なのだろうと推測できる。

「ブオオオォォォーーー!」

「ジャイアントオークが来るぞ! まともに受けるな! 受け流すように戦え!」
 
 ジャイアントオークだけではなかった。
 ハイオーグレスの号令でオークたちが前衛のヴァレオさんとカザーさんに殺到する。
 残りの戦力のほとんどを投入しているのだろう、棍棒持ちのオークやオーグレス、オーク・ランサー、総数八体の集団。
 ハイオーグレスの側で護衛する二体のオーク・シールダー以外の全員で突撃してくる。

「カザー、アレをやるぞ」

「――っ! わかった。」

 ヴァレオさんとカザーさんが目配せすると、ヴァレオさんが一歩後退する。
 カザーさんは間隔を空けて呪文を唱えていく。
 
「【サンドツイスター・ディレイ4】」

 ヴァレオさんが大剣に戻したモーウェンさんの剣先を地面につけるように後ろ手に構える。

 闘気を溜めてるのか?

 その間もオークたちは迫ってくる。
 カザーさんが作りだした魔法の始点までもう間近だ。

「そこで止まれ【サンドツイスター4】」

 迫るオークの集団に向けて放たれるは四つの砂の渦。
 オークたちは勢いを削がれ、さらには含まれる砂で細かい裂傷が増えていく。

 それだけではなかった。
 遅延させた砂魔法が重なるように展開する。
 
 合計八つの砂の渦がオーク全体を飲み込む。

(あれなら、オーク共はどこを目指せばいいかすらわからなくなるだろうな)

(《ディレイ》の魔法因子で遅延させた魔法と後から放った魔法を同時に展開できるように合わせるとは……)

「ヴァレオッ!」

 地面に溝を作りながら走るヴァレオさん。
 オークたちの目前で白銀の大剣を振り上げる。

「おう、これで潰れろ! 【闘技:地摺り鯰】!!」

 高く掲げた大剣を握る手を、――――捻る。
 振り下ろすのは剣の腹。
 砂の渦に足止めされて体勢を崩しその場に留まっていたオークたちをまとめて叩き潰す強打。
 
(全体を押し留めて上からまとめて叩く。見事な連携だな)

(高めた闘気の放出で範囲攻撃するとは……凄いな)

 突撃してきたオークの集団はこの一撃で半壊状態となった。
 とくに集団の先頭にいた棍棒持ちのオークとオーグレスは大半を倒しきった。
 
「ブオオォォォーーー!!」

 仲間を失ったはずなのにオークたちは怯むことはなかった。
 ハイオーグレスのさらなる雄叫びで体勢を立て直し、再び突撃してくる。
 やはり指示をだす統率個体がいるだけで集団は戦意を失わない。

「ブオオン」

 ジャイアントオークが来る。

 先程の闘技のダメージを物ともしていない。
 いや、オークたちが壁になって闘技の影響範囲外にいたのか。
 見た目にも傷らしい傷は見当たらない。
 
「ぐっ……」

 ジャイアントオークの振り下ろした拳がヴァレオさんを襲う。
 大剣で受け流すように防御してもなお重い一撃。
 支える両足の足元、地面が衝撃でひび割れる。

「このやろぉぉ!」

 反撃の切り払い。

「ブオオッ!? ブオオン」

 僅かに腕を傷つけ出血させるが、動きは止まらない。
 続けて蹴りを繰り出す。

「くっ!」

「これでどうだ! 【アイスアロー6】」

「このっ!」

 ジャイアントオークに直撃する氷の矢とイオゼッタの錬成矢。
 しかし、それほど大したダメージは与えられていないようだ。

「なら足元を凍らせる【アイスボール・ダイブ3】」

 槍の天成器ヘンリットさんを振り回し、三つの氷球が放たれる。
 一度上空に打ち上がった後、滞空し下降した氷球は、ジャイアントオークの足元に命中し地面と共に凍りつかせる。

 ……それでもジャイアントオークは止まらなかった。

 凍りついた両足を強引に引き抜く。
 固まった地面を掬うように持ち上げ、振りかぶる。
 まさか……。

「なっ!?」

「そんなの有り!?」

「投擲だ! 何処に飛んでいくかわからない! 全員警戒しろ!」

 凍土を真っ先に投げつけたのはルインに向けてだった。
 
「さっきのお返しか。そう簡単にやられる訳にはいかないな。【アイスウォール・シェル】」

 ルインの前に展開されたのは四角く厚い氷の壁。
 
 響く破砕音。
 それでも氷の壁は崩れることなく凍土を防いだ。

 安堵するのも束の間に再度の投擲。
 今度は細かい瓦礫のようなものを全体に飛ばしてくる。

「危ないっ!」

 ラウルイリナに向かって飛んできた瓦礫をミスリルの盾で受け流す。
 
「助かった」

 幸い投擲攻撃で傷ついた人はいなかったようだ。
 戦場を見渡せば、カザーさんはヴァレオさんの大剣の陰に、イオゼッタはルインの氷壁に隠れていた。

 危機は去っていない。
 ジャイアントオークは乱暴に暴れまわる。
 ここに生き残りの紫鎧のオーク・ランサーが二体加わり、オークたちの攻勢は一層激しくなった。

 その中でもジャイアントオークが一際厄介だ。
 巨体から繰り出される威力も範囲も広い攻撃。
 ルインの魔法やイオゼッタの弓矢に対抗してか、時折後退しては瓦礫を投げつけるためどうにも攻めきれない。

「カザー!」

「……【サンドトルネード2】」

 双槍の指し示す先、ジャイアントオークとオーク・ランサー二体の二方向に飛ぶ砂の塊。
 着弾と同時に砂の竜巻が両者を包み、動きを封じる。
 行動の阻害と裂傷、視界の妨害を同時に行う規模の大きい魔法。
 
 カザーさんの砂魔法でオークたちの攻勢が止む。
 その隙にヴァレオさんの合図で一旦全員が集まり、緊急の話し合いを行う。
 戦局を動かすなにかが必要だった。

「どうする? このままだとジリ貧だ。なにより未だハイオーグレスが参戦してこねぇのが気になる。高みの見物をしてやがるのか。それとも何か企んでやがるのか。なんにせよ、これからどうするかが重要だ」

「《サンドトルネード》の拘束力ではすぐに破られる。……時間がないな」

「火魔法はまだ撃てるけど距離が微妙に遠い。あいつオークの癖にこっちを警戒して近づきすぎないようにしている。戦い辛い」

「ハイオーグレスの殺気は薄まっていないように思う。私たちの陣形が崩れたら攻めてくる積もりなんじゃないか?」

 各々が感じたことを発言していく。
 ヴァレオさんやラウルイリナが警戒するように、ハイオーグレスが参戦してこないのは不思議だった。
 配下に攻めさせるだけで隣には二体のオーク・シールダーを控えさせたままこちらを見据えている。
 なにを狙っているんだ?

 どうするべきかと思案しているとルインの覚悟の籠もった声が戦場に響いた。

「ボクがジャイアントオークの囮になる」

「あんた何を!?」

「ハイオーグレスが参戦してくる前にジャイアントオークを引き離すべきだ。このまま戦場が硬直していては消耗戦になる。それに、統率個体まで加わったら確実に均衡は悪い方に崩れる。なあに、あいつはボクにご執心だ。誘導するのは造作もないことだろうさ」

 ……ルインの言うことも間違っていない。
 ジャイアントオークは氷魔法をうっとおしく感じているのか、ルインのことを特別警戒している。
 それでも……。

「だからってあんた一人で相手するのは……」

 イオゼッタの言葉は最後まで紡がれなかった。
 ヴァレオさんから声が掛かる。

「部隊を二つに分ける」

「それは!?」

「オレとルインでジャイアントオークを引き離す。残りの敵はこの場の全員で相手しろ。カザー……後を頼めるか?」

「……ああ、後は任せろ。お前が居なくとも守ってみせる」

 交差する視線。
 それは、信頼の証のように思えた。
 互いを信じているからこそ離れた戦場でも戦える。

「リーダーの決定だ。皆、文句はないね」

「あたしはまだ納得してないんだけど……」

「そう言わないでくれイオゼッタ。ボクを信じて欲しい」

「……はぁ~、仕方ない、か。……気をつけなさいよ」

 不満そうにため息をつくイオゼッタに笑いながら返事をするルイン。

「分かってるさ! そうと決まれば早速行こうか! 【アイスバレット・シェル3】!!」

 ジャイアントオークの顔面目掛けて空を切り裂くように飛ぶ氷の弾丸。
 
「ブガォォォ!?」

 《シェル》の魔法因子で硬度を増した弾丸は砂の竜巻を貫通して右目に命中する。

「フッ、結構適当に撃ったんだけど良い所に命中したね。これであいつはボクの虜だ。必ず後を追ってくる」

「……あんな奴早く倒してあたしたちの援護に来なさいよ」

「心配してくれるのかい? 問題ないとも、すぐに倒して戻ってくるさ」

「……うるさい」

「ルイン! 集落北まで誘導するぞ! あそこなら邪魔は入らねぇ!」

 右目を負傷し怒りに任せて砂の竜巻を破るジャイアントオーク。
 執拗にルインを狙っている。
 正直に言えば心配だ。
 それでも……カザーさんやイオゼッタが信じて送り出したように任せるしかない。

 ただ、二人の無事を祈る。
 そして、俺たちも任せられた戦場で役割を全うしなければならない。

「あの二人に負けてらんない。あたしたちもとっとと槍持ちを片付けるよ」

 決意も新たに砂の竜巻から開放されたオーク・ランサーに視線を移す。
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