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第三十一話 希求の先

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 王国最大の冒険者ギルド。
 それは、冒険者たちの中でも際立った実力と数多の戦闘経験を持った選ばれた者たちの集う最新最高のギルド……ではない。
 冒険する意欲を失い、暇を持て余した冒険者たちの集う場所とはイクスムさんの言葉。

 そもそも、王国の冒険者ギルドは三つ存在していて魔物討伐などの王都外へ出立する必要のある依頼を受けるには王都第一障壁に近く二つの支部の方が都合がいいそうだ。
 そのため、王都内で最も規模が大きく施設も充実していても、王国本部には魔物討伐、素材採集に活動的な冒険者が集まらることはない。
 
 この王国本部に頻繁に通う者は併設された酒場で飲んだくれるか、王都の住民からの雑用に近い依頼を専門に片付けるなんでも屋のような冒険者ばかりなのだそう。
 高ランク冒険者は各々の拠点や闘技場に集まるためあまり寄り付かず、学園からの学生もここのほうが近いはずなのに、なるべく支部の冒険者ギルドを使うというのだから人気のなさが窺える。

「さあ、ここが冒険者ギルド王国本部です」

 馬車はある建物の前で止まった。
 見上げる建物は支部より遥かに巨大で、隣合うように密集して建てられたそれは、一つの王都の観光名所にも成れそうな荘厳な姿をしている。
 それでも……通りを歩く冒険者は支部周辺より明らかに少ない。
 ギルド周りに建てられた冒険者用の防具屋、魔導具屋といった施設にもあまり活気がない。

「ここには時々腕が鈍らないように依頼を受けに来るんです。まあ、支部に行くことの方が多いんですが……。ここには古くからの知り合いがいるので……防具屋の情報を聞くには最適でしょう」

 イクスムさんはどこか気乗りしない態度でギルドの入口に向かって行く。
 




「冒険者ギルドへようこそ。どのようなご用件でしょうか?」

 建物の中に入ると受付の女性が元気よく挨拶してくれる。
 しかし……広いギルド内に見えるのは覇気のない冒険者たちばかり、併設された酒場には昼間だというのにお酒を飲み騒ぐ人たちまでいる。
 依頼書の張り出されたボード前にはその面積に反して数えるほどの人しかいない。

 エクレアは相変わらずの無表情で動じていないが、アーリアはキョロキョロと辺りを見回している。
 
「エディレーンを呼んで貰えるか。イクスムが来たと伝えて貰えればいい」
 
 受付の女性にぶっきらぼうに話し掛けるイクスムさん。
 
「? わかりました。少々お待ち下さい」

 ギルドの奥から緩慢な動きで現れたのは、気怠げに制服を着崩した女性だった。
 艶のあるピンクの髪は乱雑に纒められ、口元には火のついていないタバコのようなものを加えている。
 眠そうな目はイクスムさんを見つけた途端面白いものを見たようにふと鋭くなった。

「よぉ~、イクスムじゃないか久しぶりだな。どうした、小遣い稼ぎに依頼でも受けに来たのか? 雇われの身じゃ給料も少ないだろ」

「はぁ~、変わらないな」

 ウンザリした様子でため息を吐くイクスムさん。

「いまは仕える方のいる身。特に小遣いには困っていない」

「ん、一人じゃないのか、この子たちは?」

「……そうだな、いま修練をつけてやっている子たちだ」

 こちらを流し目でみるエディレーンさんはニヤリと笑いつつもイクスムさんに問う。

「……まあ、そういうことにしといてやる。それで、なんの用だ?」

「ふんっ……防具屋を教えて欲しくてな。腕のいい鍛冶師のいる店がいい。多少値の張るものでも高性能なものがいいんだ」

「そうだな。有名所で言ったら――――」

 エディレーンさんは王都の事情には随分と博識なようで、スラスラと有力なお店の情報を話してくれる。

 そんなとき、広い冒険者ギルドに響くつい先日も聞いたことのある女性の声。
 少し離れたギルドの受付窓口で軽装鎧の女性が職員の男性に詰め寄っている。
 その女性は間違いなく“剣狂い”と噂された女性だった。

「なぜ依頼を受けられないんだ! 南の支部から王国本部なら受けられるかもしれないと聞いて来たんだぞ!」

「そう仰られてもこちらとしても困ります。この依頼を受領できるのははパーティーを組んでいる方か実績をお持ちの方のみですから」

 相対しているのは鋭い眼光をたたえた冒険者ギルドの男性職員。
 低くも高くもない平坦な声はどこか不気味さを感じさせる。

「実績とはいっても私もDランク冒険者だ。戦闘経験はそれなりに積んでいる。依頼自体もオーク集落の壊滅。規模もそれほど大きくはないと聞いている。なにが駄目なんだ」

「――――どうやら貴方はパーティー募集申請をかけていらっしゃいますね。ですが、誰一人として集まっていないご様子」

「それは……」

 冷淡に指摘する声にはどこか相対する女性を小馬鹿にする感情がこめられているように聞こえた。
 口元には薄笑いを浮かべている。

「そんな方にこのような危険な依頼を受けさせるわけには行きません。冒険者ギルドは力量の伴わない死亡するリスクの高い方に依頼を受けさせることは出来ませんから」

「くっ……」

「それにどうやら貴方には悪い噂もあるようですね。なんでも決して天成器を使わない……“剣狂い”とか。仲間の危機にも自らの最大の力を使わない、そういった自分勝手な方にはなおさら依頼を受けさせる訳にはいきません」

「なっ!? なにを……」

 事情は窺い知れないが、どうやら依頼を受けようとしてギルド側から断られてしまったようだ。
 男性職員の発言に動揺し、すっかりと萎縮してしまっている。

「なにゴネてるんだ。そんなことしたって時間の無駄だ」

「ん~、アイツ“剣狂い”じゃないか?」

「本当かよ!? こんなとこまで来たのか。どんだけ支部で嫌われてるんだよ」 

「おい、お前が受けられる依頼なんてねぇぞ! ろくに戦えねえなら田舎にでも帰るんだな!!」

 酒場から飛び交う無遠慮な野次。
 昼間からお酒に溺れた人たちのからかいの声……そう思っても聞くに耐えなかった。
 ショックを受けたように佇む女性。
 このギルドの中は彼女への一方的な批判で溢れていた。





「あ~、あの野郎また難癖つけやがって、あの娘も災難だな」

 ウンザリした顔でエディレーンさんが顔を手で覆った。

「アイツまだいたのか」

「はぁ……そうなんだよ。あのことがあって目をつけられてるんだから、大人しくしてればいいものを。……いまギルドマスターが不在だろ」

「そうなのか!?」

「ああ、ギルドマスターはちょっと前に体調を崩してな。いまは療養中だ。ギルドマスターがいる内は大人しくしてたんだが……最近かなり調子に乗ってるみたいでああやって冒険者に難癖つけて依頼を受けさせなかったりするんだ」

「……それは問題だろ。冒険者ギルド全体の信用問題になるぞ」

 イクスムさんの言う通り、人によって依頼を受けられないなんて深刻な問題だ。

「それもアイツが厄介な所でな。ギリギリのラインで嫌がらせするんだ。さっきの話を聞いた感じだと……この依頼かな」

 エディレーンさんが一枚の依頼書を机に広げる。

「ほらこれに書いてある通り確かにパーティーで参加するか、Cランク相当の実力の冒険者でないと受けられないとある」

「本当か?」

 募集条件の欄には確かに同じ条件が記載されていた。
 エディレーンさんは真剣な眼差しでこちらを見る。

「この依頼は冒険者ギルドから出されたそれなりに難易度の高い依頼だ。ハイオーク率いるオーク集落の壊滅依頼。実力のある冒険者を集って合同で依頼に当たることになる。協調性も大事だし、勿論実力も伴わないとわざわざ殺されにいくようなもんだ。だが、まあ、あの娘の言うようにギルドの受付の判断で募集条件を緩和できる範囲だから、受付がいいといえば条件付きで受けられないこともないがな」

 エディレーンさんの説明の途中でも止まない批判と侮蔑の嵐についに耐えきれなくなってしまったのか、軽装鎧の女性は扉を開け走り去ってしまった。
 
 その後ろ姿に胸のうちに言いようのない感情が沸く。
 
「……パーティーなら可能ですか?」

「ん、まあそうだな」

「DランクとEランクでも?」

 俺の質問に興味深そうに視線を移すエディレーンさん。

「う~ん、私なら条件付きで許可は出すかもな。……見たところそんな熱血漢には見えないんだが……本気なのか?」

「そうですね」

「まあ、私も副ギルドマスターだ。なんとかはできるが……お前にそれだけの実力があるのかどうか。で? どうなんだイクスム」

「実力は保証するオーク集落の壊滅ならなんとかなるだろう」

「ほぉー、コイツが褒めるとは珍しいな、そんなに強そうには見えないんだが、というよりお前がパーティーを組んでやればいいんじゃないか? そうすれば問題はない。元Bランク冒険者なんだから。いや、今もか」

「許可がでなければ王都を離れるわけには行かない」

「まあ、その辺は雇われの辛い所か。お前、名前は?」

「クライ・ペンテシアです」

「へ~、ペンテシア……ね。」

 マズかったかな。
 でも、冒険者登録するなら名前を偽るわけにもいかない

「アイツを説得できたら私の所に連れてこい。特別に依頼のリーダーに会わせてやる。そこでソイツがどんな判断を下すかまではわからんが、運が良ければ依頼には参加できるだろう」

「ありがとうございます」

「あくまでアイツを説得してパーティーを組むならだ。……救おうとして努力しても無理なこともある。お前がアイツの分まで苦労してやる義理はないんだぞ。それでも誘うのか?」





「待って下さい!」

 そこはアーチを描く橋の上。

「なんだ。私は忙しい、すまないが相手をしてあげられる余裕がないんだ」

 振り返った軽装鎧の彼女は儚げに答える。
 その姿はいまにも消えてしまいそうで……。

「その……パーティーを組んでくれませんか?」

「え」

 それは心底驚いた表情。
 虚をつかれ想像だにしない言葉を聞いて不意に表れてしまった顔。

「いま、なんと言ったんだ」

「俺とパーティーを組んで欲しいんです」

「……もしかしてさっきの冒険者ギルドでのやり取りを見ていたのか? だとしたらやめておいた方がいい。君のような少年が私のような厄介者に関わらない方がいい」

 突然の申し出に疑いの眼差しを浮かべている。

「……こんな橋の真上でいうことでもないが私は冒険者ギルドでも悪い意味で有名だ。すべて身から出た錆だが……それでも譲れない思いがある」

 どこか投げやりな表情で彼女は話し続けた。
 橋桁から川面を覗く横顔には諦めが見える。

「聞いたことはあるか? 自らのわがままで天成器を使わずパーティーを危険に晒し“剣狂い”とも揶揄されている女だ。私に関わる必要もないだろ。さあ、家に帰るんだ」

 それでも……。

「……貴方が冒険者ギルドで責められているのを見るのは辛かった」

「……」

「きっと皆が言うことが正しいのかもしれない。貴方は弱く身勝手で他者に迷惑をかけていて……そんな人に関わることは間違っているかもしれない。それでも、貴方の力になりたいと思った。過去の過ちを悔やみ、それでも前に進みたいと願う貴方に。貴方と共に戦いたいと思った」

「私なんかでいいのか? パーティーの募集をかけても誰一人見向きもしない女だぞ。パーティーの加入も尽く断られる。天成器も使えない、満足に戦力にもなれない、いつだって迷ってばかりで正しい判断をできたことがない、料理だって何度作っても美味しく調理できないし、盾にもなれない、剣にもなれない、それでもいいと」

「はい。誰も手を差し伸べないなら俺が手を伸ばします。だから……俺の手を取って下さい」

 彼女は弱々しく手を伸ばす。

 その手を――――強引に掴んだ。

「わ、わかった、なら、私の理由を聞いてから判断してくれ。そうじゃないと……対等ではない」

 繋いだ手を見下ろす彼女の顔は、日の光に照らされる金の髪に遮られ見えなかった。

「そうだ……対等じゃないんだ。あの時も、こんな風に考えられていられれば」

 それは、独り言だったのかもしれない。
 悔やんでも悔やみきれない思いが溢れていた





「すまないがよく知りもしない人物を馬車に乗せるわけには行かない」

「はい」

「観光は終わりにしてここからは別行動にするしかないようだな」
 
 イクスムさんの判断は正しい。
 勝手な行動で迷惑をかけてしまったな。
 静かに見守ってくれていたエクレアが近づいてくる。

「……むぅ」

 いまのはわかる、ムッとした表情をしている。
 明らかに怒っている。

「……ごめん、エクレア、この埋め合わせはいつか」

「……待ってます」

「お兄様も大変ね~」

 エクレアの天成器ハーマートが明るい声で場を和ませてくれる。
 ……ちゃんとエクレアの喜ぶことで返してあげないとな。
 ちょっと予想が難しいけど。

「アーリアもごめん、せっかく張り切っていたのに」

「私は大丈夫です。その……冒険者ギルドで色々言われていた人ですよね。……私、冒険者ギルドは行ったことがなくて、あんなに一人の人を怖い言葉で責めたてていて、すごく……嫌な気持ちでした」

 俺も同じだ。
 アーリアもあの光景にショックを受けてしまったのだろう。

「でも、辛そうな表情で飛び出していった女の人が、クライお兄様の話を聞き終わったら全然違う柔らかい表情をしてくれたんです。それが、なんだか私まで嬉しくて。その、ありがとうございました!」

 アーリアは軽装鎧の女性を見ながら笑顔を浮かべて見せてくれる。
 良かった。
 アーリアも事情は知らずとも彼女のことを案じてくれていた。

「……イクスム、兄さんについていってあげて」

「それは……できません。私はお嬢様の身の安全を守ることが使命ですから」

「……ここからなら屋敷に近い、私一人でも問題ない」

「アーリアは足手まといになります。お嬢様を危険に晒すことは出来ません」

 白熱する二人のやり取りにアーリアが疑問をぶつける。
 
「あの~、一度お嬢様をお屋敷に送ってからもう一度来ればいいんじゃないですか。お屋敷に近いんだし」

 空気が凍った。

「「……」」

「痛い、痛いです」

 二人のカルマが上昇しないか心配だ。

「……ゴホンッ、一度お嬢様をお送りしてから再びこちらを訪れます。そうですね。エディレーンから聞いた防具屋の一つが近くにあります。そこで待ちあわせとしましょう」

「わかりました」

 



 屋敷に向かう馬車を見送り、教わった防具屋へと歩いていく。
 しばらく無言のときが流れた後、隣を歩く軽装鎧の女性がポツリポツリと呟くように話す。

「剣を、剣を直したいんだ」

「剣?」

「そう、この剣だ」

 立ち止まりマジックバックから取り出したのは布に包まれた細長い棒状の物。
 包んでいる布をゆっくりとめくると刀身の半ばでひび割れ折れた片手剣が現れる。
 剣には精密な細工が施され天成器とは違う鈍い銀色の輝きを放っている。
 だが、折れてもなお見るものに伝わる力強さがこの剣にはある。

「我が家に代々伝わる始祖の剣、これを直したい」

「以前武器を専門に取り扱う店を訪れたとき、これを直すならウェポンスライムの流動片が必要だと言われた」

「ウェポンスライム? それは一体?」

「魔物の集落で稀に集団のリーダーが使う金属の武器。それがウェポンスライム。正確にはウェポンスライムが擬態した姿だな。個体によって擬態する武器は違うが、天成器とも打ち合える硬度を秘めた恐るべき武器に変化する。……今回のオーク集落ではウェポンスライムの擬態武器を使うハイオークが統率個体だと聞いた」

 武器に擬態する魔物……そんなものまでいるなんて。

「王都のような都会でも流動片は貴重な素材で手に入れる機会はなかった。今回の依頼で流動片をどうしても手に入れたいんだ」

 なるほど、それで今回の依頼を受けるために王国本部まで来ていたのか。

「そうだ、まだ名前も聞いていなかったな。私は、ラウルイリナ・フェアトール。……本当に私と一緒に戦ってくれるのか?」

「はい、俺はクライ、クライ・ペンテシア。よろしくお願いします」

 今度は彼女から差し出してくれた手をそっと繋ぐ。

「所で冒険者ランクを聞いていなかったな。年は若いが私と同じDランク位か?」

「……まだ、冒険者ではないです」

「え」

「……冒険者登録してません」

「え」
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