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第二十一話 蟻を狩るもの

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 キチキチと顎を鳴らしながらコンバットアントが突進してくる。
 逃げ場を無くすように両端から振り下ろされる鋭利な両腕。
 その包囲網を抜け大きく距離をとる。
 即座にミストレアを構え反撃の矢を放った。
 
「【クオーツアロー・ダイブ4】」

 さらに、弓の射線を遮らないように軌道を変えたニールの水晶魔法の矢が、角度をつけて上空からコンバットアントに降り注ぐ。

「ギイィィィ」

 錬成矢と水晶の矢の直撃を受けると一際大きな叫び声を上げる。
 コンバットアントはそれきり動かなくなった。





 あれから俺たちは「積層虫の谷」でコンバットアントを狩り続けていた。
 討伐を続けてすっかり連携も取れるようになっている。
 一緒に騙された仲なのもあるが妙に気が合う所がある。
 互いの戦いの呼吸も感覚が掴めてきた。
 
 普段はソロで冒険者として活動しているニールは意外にも魔物の追跡が苦手だと言う。
 正確には匂いの分かりづらい相手は追跡が難しいとのことだ。
 普段から獣人特有の高い聴覚、嗅覚を頼りに魔物を討伐していて襲ってくる魔物には敏感だが事前に発見するのは感覚頼りだった。
 そこに父さんやララットさんから追跡術について教わっている俺が狩りやすい少数のコンバットアントに案内することで狩りの効率は飛躍的に良くなっていた。

「ずいぶんコンバットアントも倒したな。この辺りを見回っている奴らはほとんど倒したんじゃないか?」

 討伐証明の触覚をマジックバックに入れながらニールは話す。

「確かに少ない集団を狙って倒していたけど大分減ったかもしれない」

 すでにニ十体以上のコンバットアントを倒している。
 これまで大した怪我もせず一方的に奇襲をかけ倒しきることが出来た。

「一人で狩るのとは段違いの戦果だ。後ろに頼りになる弓手がいるとこんなに楽なんだな。危ない時に注意を引いてくれるだけでも有り難い。魔石もかなり手に入ったし」

 ニヤニヤと上機嫌に笑いながら取り出した魔石を見せる。
 これだけあれば二人で分けても十分な量があるだろう。

「こちらも前衛を頼めるとずいぶん戦いやすい。……それにしてもニールの魔法は本当に便利だな。魔法の速度も速いし命中すればコンバットアントの体勢も崩せる。魔法因子も使ってるんだろ。これ程の攻撃手段があるからソロでも活動出来るんだろうな」

 【クオーツアロー】はコンバットアントに命中するとかなりの確率で体勢を崩させる。
 展開する速度も早く、接近戦の合間に追撃を行え、魔法自体の質量が威力を高める。
 どうやら最大展開数はそれほど多くなく射程は短いようだが、それでも初級魔法のため魔力消費も少なく使いやすい魔法のようだ。
 
「ま、まあ普通の土属性の魔法よりは威力があるかもな」

「なに照れてんだ。使い手の少ない希少な魔法だってステータスを見た時にずいぶん喜んでたじゃないか。そう言えば、基礎魔法で水晶を作り出して店に売りに行ったこともあったな。もっとも魔力で作り出した物質は時間が経てば消えるんだが、あの時のはしゃぎっぷりからの落胆は見ていて凄かったな」

「そ、それは昔のことだろっ!」

 べイオンの言う通り魔力で生み出した水や土なんかの質量の有る物質は含まれた魔力が無くなれば自然と消えていくらしい。
 魔力から水晶が作れればニールのようにぬか喜びしてもおかしくはないな。
 
「それよりせっかくだからコンバットアントの巣穴も見ていこうぜ。今日は巣を攻略はしないけどどんなものかは一目ぐらい見といたほうがいいだろ」

 照れ隠しに大声で話すニールの提案で今度は巣穴を見学することに決めた。
 まさかこの提案からあんな事態になるとはこの時は思いもよらなかった。





「見ろ。あの岩場の隙間にあるデカい穴がコンバットアントの巣穴に続く入口だ。……入口付近ともなるとやっぱり警備が厳重だな。あの赤い蟻の魔物がいるだろ。あれはコンバットアントの上位個体の一つ、ストラグルアントだ」

 ちょうど巣穴の正面から距離の離れた崖上から覗き込む。
 岩の隙間にはコンバットアントが余裕をもって行き来できる巨大な横穴があった。
 穴の前には多数のコンバットアントの集団が周囲を警戒している。
 その中で一際目立つ赤い甲殻の蟻の魔物。
 あれが上位個体。

「ストラグルアントの討伐難度はC+。倒せない相手じゃないだろうが、あいつの赤い甲殻はかなり硬い。前に戦ったが【クオーツアロー】を四発同時に当てても体勢が崩れるどころか構わず突っ込んで来たからな。天成器の攻撃も場所によっては弾かれる。動きはコンバットアントと変わらず遅い、その代わりタフで戦いづらい相手だ」

 赤い甲殻は所どころが鋭利に尖っている。
 体格もコンバットアントより一回りは大きく、より攻撃力も増した印象を受ける。
 ……ニールの【クオーツアロー】で体勢が崩れないほど防御力も高いなら錬成矢ではダメージは期待できないな。

「何だ!?」

 突如地面が揺れ始める。
 こんな時に地震か?
 いや、それにしては振動が……近い。

「――――クソっ、まずい、どうする」

 横目で見るニールは戦闘中でも見たこともないほど焦った顔をしている。
 地面からの振動は増すばかりでついには立っていられなくなるほど揺れ始めた。

 コンバットアントが集団で守る巣の入口。
 そのすぐ近くの地面が裂ける。

 爪だ。
 巨大な四本の爪が地面から生えた。
 次いで毛に覆われた太い腕が姿を表す。
 
「アントイーターだ」

 隣で声を押し殺して呟くニールの声が妙に耳に残った。
 コンバットアントたちの慌てふためく警戒の鳴き声が何処か遠くに聞こえる。

 大地を裂き現れたのは巨大な細長い頭。
 時折ピンクの細長い舌のようなものが先端から伸びては引っ込む。
 のっそりとした動きで地面から這い出すその体躯はコンバットアントとは比較にならないほど大きい。
 爪単体でもニm近い。
 あれならコンバットアントを掴んで持ち上げることも可能だろう。
 
「あれはアントイーター。文字通り蟻の魔物を喰らう魔物。なんでこんな所に……ここは初心者用の魔物の数の少ない場所だぞ。こんな所に出現するなんて……」

 アントイーターの全身が地面を引き裂き現れる。
 その全長は遠目からでもミノタウロスより遥かに大きいのが分かる。
 あれは……八m近いか?
 尻尾も含めるともしかしたら十mを超えるかもしれない。
 通り過ぎた穴は暗黒を覗かせ、穴の縁からは岩が次々と崩落して吸い込まれていく。
 何だあれ……どれだけ深いんだ。

「ここにいたらマズい、崩落に巻き込まれるぞ。できるだけ距離を取るんだ。まだあいつが襲ってくるとは限らない。急いで逃げれば……」

「ギイィィィ、ギィ」

 突然現れた巨体にコンバットアントたちも迎撃のため動き出す。
 巣の入口から少し離れて警戒していた集団が穴から抜け出して未だに動かなかったアントイーターに一斉に襲いかかる。
 ……襲いかかったはずだ。
 
 巣の入口にストラグルアントが二体、コンバットアントが四体、少し離れた所にさらに四体。
 総数は十体もの大群。

 ニールに連れられ巣穴とアントイーターから離れるように無我夢中で走りようやく振り返ったとき、すでにその数は半分にまで減っていた。

(何が起こったんだ!?)

(恐ろしい魔物だ。ただ腕を一振りしただけでコンバットアントがバラバラに砕け散った。ニールが焦るのも分かる。あいつがこちらに気づかない内に逃げるんだ!)

「クライ、落ち着け。アントイーターは蟻系の魔物を積極的に襲うだけで冒険者、いや人には見向きもしない。ここで焦って行動してもこっちに気付かれる。今ここにはコンバットアントたちが巣の防衛に仲間を集めてるはずだ、迂闊に動かないほうがいい」

 岩陰に隠れ小声で話すニールは真剣な眼差しで周囲を見渡す。
 確かにアントイーターの注意は巣の入口に向かっているようだ。
 こちらを気にする素振りも見せない。

(ミストレア、もう少し様子をみよう)

(……わかった。すまない、私も冷静じゃなかったな。ここなら戦場全体が見渡せる。もう少しだけ動きを見てからにしよう)

 改めてアントイーターが蹂躪する様を眺める。
 なにより目立つのがアントイーターの巨大な体躯。
 全身のほとんどが薄い白色の体毛、胴体のみが黒い体毛で覆われている。
 細長い口からは遠目からでもヌラリと粘膜が纏わりついた舌を伸ばし、胴体と変わらない長さの尻尾は力強く地面を叩く。

 四足の足を地面につけのそりのそりと傍目にはゆっくり動く。
 実際はスケールが大き過ぎてゆっくり動いているように見えるだけだ。
 間近で相対すればかなりの速度で攻撃してくるはず。
 なにより、巨大な爪はコンバットアントの甲殻を砕き辺りには体液が飛び散るほどの破壊力がある。

「……あの巨体で立ち上がるのか?」

 巣穴からストラグルアントの集団が現れる。
 コンバットアントは一撃でもストラグルアントはさすがに硬いようだ。
 アントイーターの攻撃に耐えきり、押し返したかのように見えた。
 その瞬間、アントイーターが二本足で立ち上がる。
 振りかぶった腕の一振りでストラグルアントが潰され地面に埋没する。
 眼下ではアントイーターによる殺戮が繰り広げられていた。

「あの個体はアントイーターの上位個体のギガントアントイーターだろう。通常のアントイーターも地面を掘って移動するのは変わらない。体長は四~五m前後と小さいが……いや小さくはないか……とにかく蟻系の魔物を積極的に襲う所も変わらない。ただし、上位個体のギガントアントイーターは再生能力を有している」

 ニールの説明の間も轟音と共に巣穴が破壊されていく。
 今や巣穴からは二十体以上のコンバットアントたちが地上に出て応戦を続けていく。
 一部の集団は青い蟻を中心に円陣を組み、臀部から黄色い液体を噴出する。
 あれは……酸?

「半端な攻撃は意味がない。無尽蔵に近い体力に備え持った巨体、再生能力のお陰で与えたダメージは直ぐに回復する。コンバットアントの決死の酸攻撃も大したダメージは与えられないだろうな」

 酸が当たって嫌がっている様子はある。
 たが、怯んだのも僅かな間だけ。
 陣形の中心である青い蟻の元にギガントアントイーターが突進。
 綺麗に放射状に布陣していた集団は巣穴も含めて見るも無惨に変わってしまった。
 岩場の隙間にあった巣穴の入口は巨大な爪で掘り返され、辺りには死体だらけだ。

「あの巣穴はもう終わりだな……コンバットアントも数が減った。いまの内にオレたちも撤退しよう」

 ニールの提案に頷いて答える。
 後は見つからずにバヌーまで帰還するだけ。
 
 見つかっていないはずだった。
 ギガントアントイーターは巣穴に夢中で細長い口を残骸に突っ込んでいる。
 コンバットアントも数を減らし動いているものはいない。
 
 それはとても嫌な瞬間だった。
 ゆっくりとギガントアントイーターが頭を上げ振り返る。
 眼が合った気がした。

 俺たちは気づいていなかった。
 自分たちが半日近くコンバットアントを狩り続け、知らぬ間にコンバットアントのフェロモンと言うべき物質を身に纏っていた事を。
 それが獣人の鋭敏な嗅覚では嗅ぎ分けられない微細なものでもアントイーターには濃密な香りに感じられる事を。

 ここから俺たちの命がけの撤退戦が始まる。
 決してバヌーまで引き付けてはいけない、かといって討伐も出来ない。
 まさに災害と言うべき魔物との戦いが……。
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