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第十六話 模擬戦

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「あ~、にしてもヒマだな。よしっ! 模擬戦でもやるかっ!」

 カルラさんは突然大声を上げたかと思えばこちらに向き直る。
 ここ数日は魔物の襲撃もなくいたって平和だった。
 その間、カルラさんもイザベラさんも天成器や闘気のことについて教えてくれた。
 大雑把で感覚的だけど熱心に教えてくれるカルラさんと、意外と理論的に説明して教えてくれるイザベラさん。
 二人共どうせ暇だからと言って教えてくれたけど、イザベラさんが教えてくれている最中ずっとソワソワしていたから、よっぽど暇なのが嫌だったのかもしれない。

「坊主、冒険者について教えて欲しいって言ってたよな。魔物との戦いもなかなか良かったが模擬戦を通じて教えられることもある。ほらっ」

 ウキウキした笑顔でカルラさんは詰め寄り強引に腕を引っ張る。
 イザベラさんもララットさんも諦めているのか近寄ろうともしない。
 そのままカルラさんに連れられサラウさんに許可を貰いに行く。
 
「駄目です」

 笑顔のカルラさんに対して真剣な顔のサラウさんは、開口一番はっきりと答えた。

「えーなんでだよ~」

「なんでではありません。カルラ、まだバヌーまでは遠いんですよ。模擬戦をするにしてもここには怪我をさせない専用の武器はありません。万が一怪我をしてしまった場合も回復魔法の使い手はいませんし、回復のポーションも数が限られているんですから」

「そんな~」

 カルラさんは目に見えて落ち込んている。
 さっきまで元気だったのにガックリと肩を落す。
 最初に会ったときは凛とした印象だったけど、一緒に旅している子供っぽい所もある親しみやすい人だった。
 嬉しいときや楽しいときは表情に出やすく、旅の途中も仲間たちにはずいぶん心を許してるのが伺えた。

「うっ、そ、そんな捨てられた子犬のような目をしても駄目です」

「ちょっとでいいんだよ~。坊主に対人戦も教えてやりたいじゃないか~」

 甘えてくるカルラさんは庇護欲を掻き立てられるのかサラウさんも困り顔だ。
 ……対人戦か。
 動物や魔物相手ばかりで経験はほとんどない。
 父さんと少しだけ手合わせとして腕を見てもらっただけだ。

「……わかりました。では、次の休憩のときになにかできるか考えておきます」





「もちろん“小さな英雄”の戦いが見られるなら歓迎しますとも。ちょうど馬を休ませたいと考えていたので。この先に河原があります。そこで長めの休憩としましょう」

 サラウさんがドルブさんに模擬戦のことを伝えると二つ返事で決まってしまった
 河原につくと周囲に魔物がいないか確認する。
 背の高い植物もなく視界が開けた場所なので、万が一魔物が接近してきてもすぐに分かるだろう。
 
 いよいよ模擬戦が始まる。
 サラウさんが川辺の広場の中央に立つ。
 そこは三十mほどの開けた広場で、地面はしっかりと踏み固まり雑草もあまり生えていない。
 広場の端には焚き火の跡と簡易な倒木の椅子があり、すぐ脇は玉砂利の多い川が広がる。
 どうやらバヌーに行くのにこの川辺の広場で休憩するのはよくあることらしい。

「ルールを考えましたがまず怪我をしない、させないこと。幸い回復のポーションには余裕があり、ドルブさんも模擬戦の見学料替わりにポーションを提供してくれるそうです」

 ……ドルブさん、どれだけ楽しみにしてたんだ。
 
「カルラは身体に当たりそうなときは必ず寸止めすること。いつもイザベラと模擬戦してますから出来ますよね。クライ君はララットが加工してくれたこの矢じりのない矢を使って下さい」

 ララットさんは昔は弓も使っていたらしい。
 手渡された木の矢は少し荒い作りだけどきちんと飛びそうだ。
 
「残念ながら帝国にある闘技場のように手厚いサポートは出来ません。今回は臨時としてこの印を胸に付けて下さい。先に印に一撃加えた方を勝者とします」

 幅広い布の中心に鉄の板のようなものが取り付けてある。
 後ろに回ったララットさんが服の上からタスキをかけるように印を縛り付けてくれた。
 ちょうど胸当てのようなものを付けている感じかな。
 なるほど、この鉄板に攻撃が当たったら駄目なのか。

「クライ君に説明しておきますけど、模擬戦などの合意の元の戦闘行為ではカルマは上昇しません。カルマが上昇するのはあくまでも故意に相手を傷つける行為。今回は心配はいらないでしょう」

 審理の神の判断は人の内面まで見通すと言う。
 教会で真っ先に受けることになる倫理の授業。
 そこで、街の子供たちは物事の善悪と倫理観、敬意を持って人に接する大切さを学ぶ。

 カルラさんなら心配いらないな。
 この人が悪意を持って傷つける所なんて想像も出来ない。
 俺も矢じりはないとはいえ必要以上に傷つけないよう気を付けないと。

「いいですね、多少の傷は治せますがくれぐれも大きな怪我をしない、させないように。熱中しすぎては駄目ですよ」

 カルラさんと二人、川辺りの広場に立つ。
 間の距離は十m。
 広場がそれほど広くないから仕方ないけど、矢で射抜くには少し近い。
 深呼吸して気持ちを落ち着ける。
 ……緊張してきた。
 心の準備が整う前にサラウさんが始まりの号令をかける。
 
「用意はできましたか? ……では、始めっ!」

「エルラっ!」

 カルラさんの右手に集まる光の粒子。
 走りだすと同時に片手剣の天成器エルラさんを手元に出現させる。

 ……接近される前に牽制しないと。

 左右に蛇行しながら近づくカルラさんの印目掛けて連続で矢を放つ。
 一つ、二つと躱され、三射目でなんとかカルラさんに防御させることに成功した。

「矢の狙いはなかなか正確だな。動きを予測してるのか避けづれえ。だが、まだ遠慮が見える」

 そうは言っても撃ちづらい。
 カルラさんには色々教わっていてお世話になっている。
 どうしても狙いが甘くなってしまう。

(カルラもああ言ってるんだ。冒険者の先輩に胸を借りるつもりで挑んでいけばいいじゃないか)

(いや、そうかもしれないけど……)

「気にせず撃ってこいっ! そのままなら模擬戦にならないぞっ!」

 カルラさんは戦いを促しながらも突っ込んでくる。
 ……覚悟を決めるしかないか。
 弓を構え直すとそれを見て嬉しそうに笑う。

 今度はしっかりと狙って矢を放つ。
 しかし、矢の速度に慣れたのか、だんだんと撃った矢を切り払われてしまう。

 印を狙った下からの鋭い切り上げを既のところで躱した。

「よく避けたな。そうこなくっちゃなっ!」

 再び接近してくるカルラさん。
 回避したことで僅かに空いた距離が無くなる前に、腰に付けたマジックバックに手を突っ込む。

 振り下ろされる斬撃に取り出した盾を合わせた。

 甲高い音をたて防ぐ。
 そのまま連続で斬りかかるカルラさんを押し返すように大きく弾いた。
 上手く防げたと思ったけどカルラさんは余裕の笑みを崩さない。
 
「それがミノタウロスの攻撃をことごとく防いだ盾術か。でも、私に通用するかな」

「カルラ、教えてあげなさい。冒険者には色んな戦い方があるってことを」

 カルラさんとエルラさんの気迫が伝わってくるようだ。
 戦いを楽しむ心と攻略してやるという強い想い。
 裂帛の気合が広場に充満する。
 知らず緊張しているのか手が震えた。

「……素直に負けるつもりはありません。行きますっ!」

「クライ、負けるな!」

 冒険者としてもまだまだ初心者で教わってばかりだけどいままで培ってきた経験はある。
 一直線に接近してくるカルラさん。
 また距離を詰められるのはマズい。
 地面を蹴り後ろに大きく下がる。
 
 カイトシールドは身体に見合わない大きさだった。
 それに比べてマルクさんにおすすめされたトレントの盾は、軽く取り回しやすい。
 
 弓と盾を使い分けられるように出発までに何度も練習した。
 後退し、距離を取るよう移動しながら印目掛けて矢を放つ。
 距離を詰められれば即座に盾を構え備える。
 よし、上手く出来てる。

「やるな、弓も盾も上手く使ってる。矢もさっきより断然避けづらくなってきた」

 互いに動きながら攻撃を当てる隙を伺う。
 牽制の矢を放ちながら遠ざけようと動く俺と、矢を切り払い回避しながらも近づこうとするカルラさん。
 互いに対象的な動きをしながらも一歩先を行ったのはカルラさんだった。
 
 気づくといつの間にか足場の悪い砂利のある場所まで動かされていた。
 急に変わる足元の感覚。
 凸凹のある石に足元が不安定で覚束ない。
 順調に距離を取れているつもりだったのに、それはカルラさんの誘導された結果だった。

 体勢の崩れた隙を見逃さずカルラさんが剣を高く構える。
 上段から振り下ろしの斬撃がくる、そう思って盾を構えると何故か衝撃が襲って来ない。

 フェイントっ!?

 構えた盾の下から押されるような衝撃がくる。
 蹴りだ。
 盾を引き剥がすかのように、高く上に衝き上げる蹴撃。
 なんとか盾を手放さず持ち堪えたのはただ運が良かっただけだろう。
 追撃はなかった。
 たたらを踏みつつも離れる。

「天成器は強力な武器だが、それに気を取られてばかりじゃいけない。そらっ、次はこうだっ!」

 横振りの斬撃をトレントの盾で弾く。
 すると予想もしていなかったものが顔面目掛けて飛んできた。

 石礫っ!?

 さっきの蹴りのときに掴んでいたのか!
 飛来する複数の石を咄嗟に盾を戻して防ぐ。
 だが、その行動は安易な選択だった。

「ほらっ、隙だらけだぞっと!」

「ぐっ!」

 腹部を蹴られ吹き飛ぶ。
 
「カルラっ! 怪我させないようにって言ったじゃない!」

「いや~、悪い悪い。つい夢中になっちまった。」

 吹き飛びはしたけどダメージは少ない。

「まだ、やれるよな」

「もちろんです」

 互いの胸の印には一度も攻撃は当たっていない。
 まだ、勝負はついてない。

「最後はこれだ。【変形:魔力刃大剣】」

 片手剣の天成器エルラさんが姿を変える。
 変化の過程は僅かなものだったが結果は劇的だった。

 剣身についた鍔元の三角形のパーツが中央から二つに割れると、そこから剣身を覆うように光が溢れる。
 光は片手剣の二倍ほどの幅と長さをもつ光の刃を作り出した。

 天成器の変形、その中でも威力に優れた光の刃。
 エルラさんの基本形態は片手剣の姿だと言う。
 光刃は威力に優れる代わりに燃費が悪くすぐにEPが尽きてしまう短期決戦用の形態だそうだ。
 ちなみにEPはステータスにある天成器の項目のものから先に減少していくが、使い手が魔力を注ぐことでも肩代わりすることも出来るらしい。

 目の前には光輝く大剣。
 脳裏に思い出すのはオークを両断する姿。
 あんなもの防げるのか?

「カルラっ! それは危険過ぎます!」

「大丈夫だってなにも問題はない。そらっ、行くぞっ!」

 先程とは全く違うリーチの長さ。
 大きさは変わっても移動速度は変化がない。
 どうやら形態が変わったことによる重さの変化はないようだ。

 なんとか近づけまいと牽制の矢を放つが光刃を盾に弾かれる。
 止められない。

 光輝く大剣が勢いよく振り下ろされる。
 
 トレントの盾で受け流す。
 気合と共に掲げると、何故か狙いは脇に逸れて光刃は地面に突き刺さった。

 それは一瞬の出来事だった。
 気付けば光刃を地面に突き刺したまま、背後にカルラさんが回り込んでいる。

 振り向くとコツンと胸に付けた印が鳴る。
 ノックをするようにカルラさんが叩いたからだ。
 
 模擬戦はそれで終わり。
 あっさりとした決着だった。
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