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第十三話 幼馴染み
しおりを挟む王都にお母さんと妹さんに会い旅立つ、幼馴染みの男の子を見送った。
見送りには見知らぬ人たちも集まっていた。
いつの間に知り合ったのだろう、知らないうちになんだか遠い存在になっちゃったな。
つい先日知り合ったばかりのフリミルという女の子は、お別れのときに王都まで追いつくと断言していた。
――――わたしもあんな風になれたら。
小さなころから毎日のように遊び、お互いの家を行き来した。
時には喧嘩して口も聞かないこともあったたけど、仲直りしたときは一緒の布団で眠ったりもした。
見知らぬ他人には少し冷たく接してしまうけど、心を許した人には人懐っこく心配性な人。
本人は隠しているけど狩りが大好きで、いつも獲物を捉えたり狩人の知識を教わるのを楽しそうにしている。
わたしを心配させる困った幼馴染み。
「アニス、行っちゃったね」
フーラが心配してくれる。
でも、呼び止められなかった。
王都に行って新しいことに挑戦しようとしている幼馴染みに残ってなんて言えなかった。
「うん。でも良かったのかも。クライにこの街は狭かったのかもしれない。だってあんなに楽しそうにしてるんだもん」
「アニス……」
心にもないことが口にでる。
残って欲しかった。
変わらず一緒にいる日常が続いていくと思ってた。
言い出せなかった。
……私が弱かったから。
左手首にはクライとお揃いの赤い組紐。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
コンコンッ
「アニス、いる。……良かったらお店に降りて来ない? お父さんがあなたの好きなパイを焼いてくれたわよ」
きっとお母さんには気付かれている。
心配かけてるな。
「いま行く!」
朝のお店はひんやりとしている。
わたしはこのひんやりした空気が好き。
眩しい光のなか、お店の準備を手伝っているとだんだんと空気も心も暖かくなる気がする。
階段を降りるとお店の中は甘い香りが充満していた。
テーブルには私の大好きなカスタードパイが切り分けられてる。
……あれ、いつもなら元気すぎるくらいの挨拶をしてくれるお父さんがなんだかおとなしい。
「アニス、お前に言うべきことがある」
「え、どうしたの。お父さん。お母さんもお父さんがなんだか変だよ」
真剣な顔のお父さんがちょっと怖い。
隣でニコッと笑うお母さんは普段と変わらない笑顔。
でも少し空気がいつもと違う?
いったいどうしたの?
「アニス、お前には本当のことを話して置くべきだと思う。……お父さんとお母さんは実は依頼されてこの街にいたんだ。ずっと前から依頼主にアッシュとクライを見守るよう頼まれていた」
どういうこと!?
依頼!?
クライとアッシュさんを見守る?
じゃああんなにアッシュさんと仲が良かったのは嘘だったの。
私が混乱して疑心暗鬼になっていると、お母さんは笑顔を浮かべながら説明してくれる。
「依頼主はクライ君のお母さんよ。私たちは彼女の家の従者を務めていた。結婚して貴方が生まれたとき、ちょうどクライ君と同じ年だった。離れて暮らすことになるアッシュさんとクライ君を見守るため彼女は私たちに近くでニ人を守って欲しいと依頼してきたのよ」
「守る、守るってなに?」
自分でも混乱していると思う。
急に聞かされても整理できない。
だって、お父さんもお母さんも魔物と戦えるはずがない。
酒場を営業するのはお父さんの夢だったって聞いたこともある。
お母さんは料理を作るのは苦手だけど、酒場にくるお客さんにも笑顔を絶やさないし、お父さんがお客さんと楽しく過ごしているのをいつも嬉しそうに見てる。
混乱するわたしにニ人はニつの円が重なる右手の刻印を掲げる。
「ナインアクル」「ヘレン」
刻印が光に変わる。
光の粒はそれぞれ白銀の剣と白銀の大鎌に姿を変えた。
「やっと挨拶ができるな。オレ様はナインアクル。この冴えない親父の天成器だ。まったくコイツと来たらいつまでたってもこのオレ様を紹介しやがらねえ。オレ様だってアニスの家族だろうが! ……チッ、まあいい、こうして出会えたんだ。これからよろしくな、アニス! フーラ!」
「まったく貴方はいつもいつも。アニス、フーラ、はじめまして。私はヘレンよ。ずっと貴方たちとお話したいと思っていたの。こうして姿を表せるときがきて、とても嬉しいわ」
無骨な白銀の鞘に納まった片手剣はナインアクル、鋭い刃を剥き出しにした白銀の大鎌はヘレン。
天成器のニ人は本当に嬉しそうに私に話し掛けてくれた。
「ナインアクル、まったくお前はアニスと初めて挨拶するってのにまたそんな乱暴な言葉を使って」
「うるせえな、お前がオレ様を紹介しないのが悪いんだろうが。だいたいなんだ、お前は口が悪いからなんて言っていつまでも格納したままにしやがって! なにがアニスの教育に悪いだ!」
「それはだな……。護衛の依頼のこともあるしアッシュにバレないようにだな。いやそれよりもお前アニスに……」
「ニ人共ちょっと黙ってて」
「「はい」」
お母さんの鶴の一声で言い争っていたニ人がすぐさま大人しくなった。
全然目が笑ってない。
あの状態のお母さんは正直怖い。
「さっきも言ったけどお父さんとお母さんはクライ君のお母さん、ペンテシア伯爵家の従者を務めていたの。戦闘も護衛の仕事も慣れたものだわ。まあアッシュさんはいまは狩人だけど昔は冒険者だったから、守るのはそれほど難しいことではないけどね」
「ふふ、コーラルは酒場の仕事のほうが大変そうだったものね」
「もうヘレン、変なこと言わないで」
すごい、お母さんが珍しく照れてる。
そんな珍しい姿から一変してお母さんは落ち込んだ顔で話す。
「この間の瘴気獣のときはちょっとびっくりしちゃったけどね。クライ君が迎撃に行くなんて思わなかったから。一応、援護できるように様子を見てたけど、焦ったわ。なんとか間に合ったから良かったけどクライ君になにかあったら……」
お母さんが避難所でいなかったのはクライの様子を見に行ってたからだったんだ。
ぜんぜん気づかなかった。
「それで、どうしてわたしに教えてくれたの?」
そうどうして今になってそんなことをいうの?
クライが街を出ていっちゃったのになんでいまさら。
「アニスはこのままでいいの? クライ君は王都に行った。もしかしたらもう会えなくなるかも知れない。もう戻ってこないかも」
それは……。
「いいわけない! いいわけないけど。あれだけ狩りのことだけ考えていたクライが急に王都に行くなんて思っても見なかった。でも止められないよ。わたしには止められない」
感情の赴くままに喋ってしまった。
でも本当のこと。
……私には止められない。
「待っているだけでいいの?」
「えっ!?」
「もう一度言うわ。待っているだけでいいの? お母さんはアニスに後悔して欲しくない。クライ君の行き先はわかっているわ。でも追いかけるならいままでの生き方はできない。いまとは違う生き方を学ばないといけない」
「アニス、自分で選ぶんだクライを追って王都に行くか、ここに残ってお父さんとお母さんといままで通り暮らしていくか。……お父さんはここに残ってもいいと思うぞ」
(フーラ、どうしたらいいと思う?)
(アニスが選んで良いんだよ。わたしはいつでもアニスの味方だから。でも答えは決まってるんでしょ~。)
(わたしは……)
わたしはどうしたいの?
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