上 下
13 / 177

第十三話 幼馴染み

しおりを挟む

 王都にお母さんと妹さんに会い旅立つ、幼馴染みの男の子を見送った。
 見送りには見知らぬ人たちも集まっていた。
 いつの間に知り合ったのだろう、知らないうちになんだか遠い存在になっちゃったな。

 つい先日知り合ったばかりのフリミルという女の子は、お別れのときに王都まで追いつくと断言していた。

 ――――わたしもあんな風になれたら。

 小さなころから毎日のように遊び、お互いの家を行き来した。
 時には喧嘩して口も聞かないこともあったたけど、仲直りしたときは一緒の布団で眠ったりもした。

 見知らぬ他人には少し冷たく接してしまうけど、心を許した人には人懐っこく心配性な人。
 本人は隠しているけど狩りが大好きで、いつも獲物を捉えたり狩人の知識を教わるのを楽しそうにしている。
 わたしを心配させる困った幼馴染み。

「アニス、行っちゃったね」

 フーラが心配してくれる。
 でも、呼び止められなかった。
 王都に行って新しいことに挑戦しようとしている幼馴染みに残ってなんて言えなかった。
 
「うん。でも良かったのかも。クライにこの街は狭かったのかもしれない。だってあんなに楽しそうにしてるんだもん」

「アニス……」

 心にもないことが口にでる。
 残って欲しかった。
 変わらず一緒にいる日常が続いていくと思ってた。
 言い出せなかった。
 ……私が弱かったから。

 左手首にはクライとお揃いの赤い組紐。
 どうしてこうなっちゃったんだろう。

コンコンッ

「アニス、いる。……良かったらお店に降りて来ない? お父さんがあなたの好きなパイを焼いてくれたわよ」

 きっとお母さんには気付かれている。
 心配かけてるな。
 
「いま行く!」

 朝のお店はひんやりとしている。
 わたしはこのひんやりした空気が好き。
 眩しい光のなか、お店の準備を手伝っているとだんだんと空気も心も暖かくなる気がする。

 階段を降りるとお店の中は甘い香りが充満していた。
 テーブルには私の大好きなカスタードパイが切り分けられてる。

 ……あれ、いつもなら元気すぎるくらいの挨拶をしてくれるお父さんがなんだかおとなしい。
 
「アニス、お前に言うべきことがある」

「え、どうしたの。お父さん。お母さんもお父さんがなんだか変だよ」

 真剣な顔のお父さんがちょっと怖い。
 隣でニコッと笑うお母さんは普段と変わらない笑顔。
 でも少し空気がいつもと違う?

 いったいどうしたの?

「アニス、お前には本当のことを話して置くべきだと思う。……お父さんとお母さんは実は依頼されてこの街にいたんだ。ずっと前から依頼主にアッシュとクライを見守るよう頼まれていた」

 どういうこと!?
 依頼!?
 クライとアッシュさんを見守る?
 じゃああんなにアッシュさんと仲が良かったのは嘘だったの。

 私が混乱して疑心暗鬼になっていると、お母さんは笑顔を浮かべながら説明してくれる。

「依頼主はクライ君のお母さんよ。私たちは彼女の家の従者を務めていた。結婚して貴方が生まれたとき、ちょうどクライ君と同じ年だった。離れて暮らすことになるアッシュさんとクライ君を見守るため彼女は私たちに近くでニ人を守って欲しいと依頼してきたのよ」

「守る、守るってなに?」

 自分でも混乱していると思う。
 急に聞かされても整理できない。
 だって、お父さんもお母さんも魔物と戦えるはずがない。
 酒場を営業するのはお父さんの夢だったって聞いたこともある。
 お母さんは料理を作るのは苦手だけど、酒場にくるお客さんにも笑顔を絶やさないし、お父さんがお客さんと楽しく過ごしているのをいつも嬉しそうに見てる。

 混乱するわたしにニ人はニつの円が重なる右手の刻印を掲げる。

「ナインアクル」「ヘレン」

 刻印が光に変わる。
 光の粒はそれぞれ白銀の剣と白銀の大鎌に姿を変えた。
 
「やっと挨拶ができるな。オレ様はナインアクル。この冴えない親父の天成器だ。まったくコイツと来たらいつまでたってもこのオレ様を紹介しやがらねえ。オレ様だってアニスの家族だろうが! ……チッ、まあいい、こうして出会えたんだ。これからよろしくな、アニス! フーラ!」

「まったく貴方はいつもいつも。アニス、フーラ、はじめまして。私はヘレンよ。ずっと貴方たちとお話したいと思っていたの。こうして姿を表せるときがきて、とても嬉しいわ」

 無骨な白銀の鞘に納まった片手剣はナインアクル、鋭い刃を剥き出しにした白銀の大鎌はヘレン。
 天成器のニ人は本当に嬉しそうに私に話し掛けてくれた。

「ナインアクル、まったくお前はアニスと初めて挨拶するってのにまたそんな乱暴な言葉を使って」

「うるせえな、お前がオレ様を紹介しないのが悪いんだろうが。だいたいなんだ、お前は口が悪いからなんて言っていつまでも格納したままにしやがって! なにがアニスの教育に悪いだ!」

「それはだな……。護衛の依頼のこともあるしアッシュにバレないようにだな。いやそれよりもお前アニスに……」

「ニ人共ちょっと黙ってて」

「「はい」」

 お母さんの鶴の一声で言い争っていたニ人がすぐさま大人しくなった。
 全然目が笑ってない。
 あの状態のお母さんは正直怖い。

「さっきも言ったけどお父さんとお母さんはクライ君のお母さん、ペンテシア伯爵家の従者を務めていたの。戦闘も護衛の仕事も慣れたものだわ。まあアッシュさんはいまは狩人だけど昔は冒険者だったから、守るのはそれほど難しいことではないけどね」

「ふふ、コーラルは酒場の仕事のほうが大変そうだったものね」

「もうヘレン、変なこと言わないで」

 すごい、お母さんが珍しく照れてる。
 そんな珍しい姿から一変してお母さんは落ち込んだ顔で話す。
 
「この間の瘴気獣のときはちょっとびっくりしちゃったけどね。クライ君が迎撃に行くなんて思わなかったから。一応、援護できるように様子を見てたけど、焦ったわ。なんとか間に合ったから良かったけどクライ君になにかあったら……」

 お母さんが避難所でいなかったのはクライの様子を見に行ってたからだったんだ。
 ぜんぜん気づかなかった。

「それで、どうしてわたしに教えてくれたの?」

 そうどうして今になってそんなことをいうの?
 クライが街を出ていっちゃったのになんでいまさら。

「アニスはこのままでいいの? クライ君は王都に行った。もしかしたらもう会えなくなるかも知れない。もう戻ってこないかも」

 それは……。

「いいわけない! いいわけないけど。あれだけ狩りのことだけ考えていたクライが急に王都に行くなんて思っても見なかった。でも止められないよ。わたしには止められない」

 感情の赴くままに喋ってしまった。
 でも本当のこと。
 ……私には止められない。
 
「待っているだけでいいの?」

「えっ!?」

「もう一度言うわ。待っているだけでいいの? お母さんはアニスに後悔して欲しくない。クライ君の行き先はわかっているわ。でも追いかけるならいままでの生き方はできない。いまとは違う生き方を学ばないといけない」

「アニス、自分で選ぶんだクライを追って王都に行くか、ここに残ってお父さんとお母さんといままで通り暮らしていくか。……お父さんはここに残ってもいいと思うぞ」

(フーラ、どうしたらいいと思う?)

(アニスが選んで良いんだよ。わたしはいつでもアニスの味方だから。でも答えは決まってるんでしょ~。)

(わたしは……)

 わたしはどうしたいの?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

処理中です...