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第十二話 出発の準備

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 王都に出発する準備は着々と進んでいる。
 冒険者ギルドでの用事を済ませ、クラスチェンジも終わった。
 レトさんに冒険者御用達のお店を教わり、旅に必要な道具を買い揃えていく。

 そんな俺の腰には父さんから借りていた物とは違う目新しいマジックバックが備え付けられていた。

 父さんが無事病院から退院してきたその日の夜。


「王都に行くなら旅の荷物を準備するんだろ。お前に渡すものがある」

 父さんはそう言って1つの木箱を手渡す。
 持つと思ったより軽い。
 ホコリの積もったどこかしっかりした作りの蓋を開ける。

「これはまさかマジックバック?」

 箱から出てきたのはポーチ型のマジックバックだった。
 表面には魔石が取り付けられており、一見地味に見えるがよく見ると精緻な装飾が施されている。
 
「そうだ。お前の母さんからお前が一人前に成った時渡して欲しいと預かっていた物だ」

「すごい」

「普通のマジックバックでも希少な空間属性の魔物の素材と魔石を使って作られる物だが、これはその中でも滅多に討伐されない魔物の素材で出来ている。容量も普段使っている物と違って小さい部屋ほどの空間があるだろう」

 父さんから借りていた物でも狩った獲物を解体して入れ、場合によってはその場に置いて行かなければならなかった。
 容量で言えば大人の男性が背負う背負い袋二つ分くらいだろう。
 それが……部屋一つ。
 少なくとも十倍以上の物が入る。

「ニ人に会いに行くんだろ、持っていけ」

 
 新たなマジックバックに旅のため買い揃えた寝袋や保存食、鍋、火打ち石などを入れていく。

 次は装備を整えるべきだろう。
 砕けてしまった鉈の代わりが必要だ。
 できれば冒険者ギルドで使わせて貰った属性矢も欲しい
 ……そして盾も。
 マジックバックには容量に空きがある。
 これからは盾を使って戦うことも覚えなくては。

 そういえば、あの鉈はどこで手に入れだったんだったか……。
 ……そうだ。
 父さんが鍛冶屋で特別に頼んだと聞いたような気がする。
 普段は自分で手入れして使って来たが……どうするか。

「ミストレア、壊れてしまった鉈だけど、替わりを手に入れたほうが良いよな? どうする?」

「そうだな。冒険者ギルドで紹介された店もいいが。……エンマーズ防具店はどうだ。街を出る挨拶もしたほうがいいだろう」

「確かに、お世話になったし挨拶に行こうか」





 相変わらず周囲の建物から浮いたピンクの壁を横目に見つつ扉を開ける。

「いらっしゃい」
 
 野太い声の男性がカウンターに座りながら防具を磨いている。
 今日はハーミルトさんは店番をしていないようだな。
 日を改めて来たほうがいいかもしれない。

「すみません、今日はハーミルトさんはいますか? ナククとフリミルにも用事があったのですが」

「何のようだ? 今は俺一人だ。三人とも暫く帰ってこない」

 男性のギラッとした視線が向く。

「そうですか。なら日を改めます。その……盾を見させて貰ってもいいですか? できれば手に持って確かめてみたいんですけど」

「別に構わねえが、なんだ? お前さん盾を使うのは初めてか?」

 そんなに初心者だとわかりやすいだろうか?
 まあ弓をもっているのに盾まで買う人は少ないか。

「そうです。……これからは盾も使おうと思って」

「初心者なら軽いものにしておけ。この辺の魔物なら取り回し安い盾で十分だ。ほら其処の棚に飾ってある。手前にあるのが重い盾だ」

「ありがとうございます」

 男性に教えて貰った棚には色々な種類の盾が飾られている。
 それを一つ一つ手に取って確かめる。

 うん、形はこれがいいな。

 手に馴染むのはやはりラウンドシールド。
 直径は三十cmくらいだが、その分取り回しやすく視界も遮られない。
 マジックバックからも素早く取り出せるだろう。

(それで形はいいとして、素材はどうする? この鉄製の奴はどうだ?)

(それだとちょっと重いな。なるべく素早く取り出して構えられるものがいい)

「迷ってるならコイツはどうだ。トレントから取れる木材を鉄で補強した物だ。総金属製の盾より軽いから盾を持ったままでも動きが鈍らない」

 トレント、木に擬態する歩行する魔物で、その身体は普通の木材より硬く建築物や街を守る障壁にも使われるらしい。
 
 渡された盾は思ったより軽い。
 丸く成形された木材の真ん中にわずかに盛り上がるように金属部分が取り付けられている。
 縁はすべて金属で覆われていて、ここで殴ればそれなりに痛そうだ。

「気に入りました。これを買って行きます。……ちなみに鉈は扱ってますか? 以前使っていたものが壊れてしまって」

「鉈か……あったかな。使う奴も少ないからな。……戦闘に使うつもりか?」
 
「はい」

「……作ってやってもいい」

「本当ですか!」

「武器を頼みにくるヤツも珍しい、天成器があるから武器なんか買わないからな。ウチの武器はどれも趣味で作ってるようなもんだ。それで、素材はどうする。予算によってはいい物を使える。戦闘用なら鋼を使うとして……金貨三枚くらいはかかるぞ」

 金貨か、予算なら瘴気獣討伐の報酬がある。
 街の噂通り見たことのない金額だった。
 冒険者ギルドの銀行に大半は預けたけど、準備のために何枚かは持ってきている。

 街で売られているパン一斤が銅貨五枚ほど、ゴブリンの一体分の討伐証明を換金しても銀貨一枚。
 金貨一枚は銀貨十枚、銀貨一枚は銅貨十枚の価値だ。
 それなのに、報酬として貰ったのは金貨百四十枚。
 内訳は迎撃戦の参加報酬が金貨三十枚に討伐報酬が金貨五十枚。
 これに領主様からの特別報酬が加算されているらしい。

 途方もない金額だ。
 こんなに貰ったら金銭感覚がおかしくなりそう。

(どうせ買うならいい素材て作って貰ったほうがいいんじゃないか? せっかくたくさん報酬を貰ったんだし)

(……ミストレア……まあ確かに命を預けるならもっとお金をかけてもいいかもな)

「お金は心配ないんですが、それよりいい素材を使うとどうなんでしょう?」

「うちは防具屋だからな……そうだな、王都なら騎士団もあるし、武器の専門店もあるだろうが。……悪いがすぐには無理だな。取り寄せても時間がかかる」

「そうですか、なら鋼でお願いします」

 ガタンッと扉が開く音がする。

「どうしたの、この間来たばかりなのにまた用事?」

 背後から話し掛けてきたのはフリミルだった。
 しばらく帰ってこないと言っていたけど……。
 面白いものでも見たように顔を覗き込まれた。

「あんた、噂になってるわよ」

「そうかな」

「そうよっ! 冒険者の間でも凄腕の弓使いの少年がいる、だなんて言われて、街でもカッコいい~なんて言ってるヤツまでいるんだから! も~すっごい噂になってるんだからっ! あ、あたしが先に見つけたのにっ!」

 凄い興奮してるな。
 
「フ、フリミル! そんなに親しく接して、コ、コイツとそんなに仲がいいのか!」

 こっちも凄い興奮している。

「やあ、久しぶり。また来てくれるなんてウチのパーティーに入ってくれる気になったのかい!」

 ナククは冷静に見えて冷静じゃないな。

「いや悪いけどパーティーに入る訳じゃないんだ」

「そうか……残念だけど、今街で一番話題の少年だからね。仕方ない」

「その……噂ってそんなに広まってるのか?」

「そりゃあ凄いもんだよ、なんたって高ランクの冒険者でも苦戦するような瘴気獣を倒したんだ。それが冒険者でもない志願者の一人となれば噂が広がらないわけがない」

「この辺りの奥様界隈でも話題なんだからっ」

 ハーミルトさんまで興奮している。
 
「それで、今日どうしたんだい? 父さんとなにか話してたみたいだけど」

 やけにフリミルのことを気に掛けているのはフリミルとナククの父親だったからなのか。
 興味深そうな顔のナククに答える。

「王都に行くことに決めたから、その挨拶に来たんだ」

「えっ!?」

 ギョッとした顔でフリミルが振り返る。
 対象的にナククは頷いた。

「そうか、残念だな。君と一緒に冒険できる機会もあると思っていたんだけど。ジーザーには僕から話して置くよ。彼も君のことは注目していたから」

「何言ってるの、王都へ行く!? ウ、ウソでしょ!? だって知り合ったばかりじゃない。……まだ何も……あんたのこと……」

「行かなきゃ行けないんだ。行って確かめなきゃ行けないことがある」

「そんな……」

 それきりフリミルは喋らなくなってしまった。
 その後、注文する鉈について細かく詳細を伝える。
 少し気まずい空気の中、ナククとハーミルトさん、店主で父親のマルクさんに別れの挨拶をして店を出た。
 頼んだ鉈は後でマルクさんが届けてくれるらしい。
 怖い顔で後で話があると言っていた。
 
 最後に元気なフリミルの姿も見たかったんだけどな。





 出発を明日に控えた夜。
 カインさんに誘われ夕食をご馳走になっていた。
 閉店後の貸し切りの店でカインさんがぶどうのジュースをコップに注いでくれる。

「寂しくなるな。でも旅に出るのは凄いことだ。俺はここから離れられないけど影ながら応援してる。王都へ行っても元気でやれよっ!」

 すでに酔っ払っているのかお酒を片手にカインさんが叫ぶ。

「王都までは長い旅になるわ。辛くなったらいつでも帰って来ていいのよ」

 コーラルさんがいつもより優しい笑顔で料理を取り分けてくれる。
 今日の料理も豪華なものばかりだ。
 きっと気合を入れてカインさんが作ってくれたんだろう。
 
「はい」

「あの小さかった男の子が、もう巣立っていくのか……なんだか感慨深いな」

 ルークがどこか寂しそうに呟く。
 思えばルークとも色んな話をした。
 獲物を狩る度に何度も褒めてくれたのもどこか懐かしい。

「そうだな。だが、クライなら心配いらない」

「うん」

 父さんがしんみりとした顔でグラスを傾ける。
 部屋の中が湿っぽくなる雰囲気の中、自信満々な声でミストレアが答える。

「クライのことは任せてくれ。私がついてる」

 ……ミストレア。
 迷ったとき、苦しいとき、躊躇したとき、後押しして導いてくれる存在。
 それでいてどんなときも俺の意思を尊重してくれる。
 ……頼りにしてる。

「本当に行っちゃうんだね」

 アニスは食事が始まってもずっと黙っていた。
 こちらを伺う瞳はうっすらと潤んでいる。
 
「ああ」

「……応援してる。ここからは届かないかもしれないけど。精一杯応援する」

「うん」

「忘れないで、この街のこと……私のこと……」

「うん、忘れないよ」

 瞳から泪を流すアニスの顔を、忘れられそうになかった。





 朝日が上り始め、小鳥が鳴き出す頃。
 ついに出発の朝が訪れた。
 家の前にはたくさんの人が見送りに集まっている。
 父さん、アニス、カインさん、コーラルさん、ハーミルトさん、ナクク、ジーザー、そして顔を伏せたままのフリミル。
 意外なところでは、シスタークローネといつも獲物を売りに行くダグラスさんまで来てくれていた。

 みんな、出発を祝ってくれる。
 ほとんどの人と別れの挨拶をするなか、顔を伏せたままのフリミルが近づいてきた。
 勢いよく顔を上げるとこちらを指差し高らかに叫ぶ。

「わたしも王都に行くわ! 絶対に、絶対に追いついてやるから! 待ってなさいよ!!」

 びっくりした。
 でもフリミルらしい所が見れて良かったかもしれない。
 ナククとハーミルトさんも笑顔でフリミルを見ている。

 負けられないな。

 フリミルの決意の宣言を聞いて改めて強くなる覚悟を決めていると、昨日の夜とは変わって笑顔のアニスが話し掛けてきた。
 距離を詰めそっと手を取られる。

「気をつけて……怪我しないでね。 無事を祈ってる」

「うん……ありがとう」

 手にアニスの気持ちが伝わってくるようだった。
 ……心配されないくらい頑張らないと。

 全員と別れの挨拶も終わり、いよいよ出発の時間になる。

 別れって辛いんだな。
 心には寂しい気持ちが溢れている。
 こんなにも俺とミストレアを応援、心配してくれる人がいる。

 この優しい人たちに応えないとな。

 見送りに集まってくれた人々にミストレアと共に答えた。

「「みんな、行ってきます」」

 思えばここから始まったのかもしれない。
 新たな世界を巡る旅が。
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