悪い魔法使い、その愛妻

井中かわず

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決意、行動

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それから1週間、私は毎日が薔薇色であった。
好きな人と暮らすというのはこんなにも楽しいものなのか。
世界が色鮮やかに、輝いて見える。

しかし、異変は突然訪れた。

ヨルアはしばしば外に仕事に行き、夜に帰ってくる。行き先は教えてくれない。
その日もそうだったが、いつにも増して帰りが遅かった。

「ヨルアさん、どうしたのでしょう…」

窓を覗く。今夜は新月だから外は真っ暗だった。

「ごく稀に帰らない日がございます。
心配しすぎても奥様の身体の毒になりますよ。
今夜は先にお休みになられた方がよろしいかと」

そう言ってキルケは肩掛けをかけてくれたが、心配な気持ちは薄れない。とても眠れそうになかった。

「もう少しだけ待ちます」

「ではお茶でもお淹れしますね」

キルケの淹れてくれたのは珍しくハーブティーだった。スッとした草花の香りが鼻を抜け、少しリラックスする。
そのお陰か、しばらくすると私はうとうととしてきて堪らずに眠りに落ちてしまった。

何か凄まじい気配を感じてハッと目を覚ます。

キルケが運んでくれたのかベッドの上にいたが、隣には誰もいない。
どのくらい寝てしまったかわからないが、外はまだ暗い。時間は深夜を回っているはずだ。ベッドから出て下に降りた。
この先で見たものに、私は思わず声を失った。

「!!!」

家の玄関には血まみれのヨルアがいた。
ただ呆然と、虚ろな顔で立ち尽くしていた。

「ヨルアさん…!そんな…っ!!大丈夫ですか?」

駆け寄ると、彼はやっと私に気がついたのかいつものように優しい微笑みを浮かべる。
ただその中には殺気が存在し、狂気を感じた。

「大丈夫です、これは僕の血じゃありません」

引きずるような足取りで部屋の中に進むと、どっさりと椅子に座り込む。

「ただ少し疲れた…」

キルケは慣れたように、お湯とタオルを持ってきて彼の顔の汚れを拭こうとしたが、ヨルアがそれを制した。

「リコがやってください、あのときみたいに」

キルケからそれを受け取り、恐る恐るそっと拭く。
なんだかとても怖かった。

「あのときも、あなたは震えていましたね」

何が面白いのか彼はクックと笑う。

「…何があったのです……」

「なに、敵を殺しただけですよ」

「敵って…誰です?」

この国では争いは禁じられている。
国内の如何なる諍いも中立をはさみ話し合いで解決しなくてはならない。
戦争とも無縁の国だ。
だから、本来は敵などいないはずだ。

「誰かは知りません。そこまで教えてもらってない。強いて言うなら国王陛下と誰かの敵だ」

「国王陛下…?」

「あなた方は何も知らないで、のうのうと生きてきたんですよね」

血に汚れた手で私の頬を撫でる。

「どういうことですか?」

「あなたは、"この国は魔法で守られているから戦争の多いこの世界でも平和なのだ"という戯言を本当に信じていたのですか?」

嘲笑うような口調に、疑うこともしたことがなかった私は何も返せなかった。

「そんなわけないじゃないですか…戦争なんてありゃしない」

「ではあなたの敵とは…?」

「我がヨモリギ王国が他国から我が王国がなんて呼ばれているか教えてあげましょうか?
…"暗殺の王国"です。
そして、それを引き受けてるのが僕。
陰の魔法使いさ」

衝撃の事実だった。
学校で習うようなことはまるっきり嘘ということになる。

「なぜ…なぜそんな…国王陛下はそんな嘘を…」

「偽善者、という面もあるけど、
ただ一番は魔法使いをこれからも増やすためですよ。魔法使いは暗殺者に向いている。
でも誰も、殺しを我が子にさせたい人なんていないでしょう」

彼はなぜか、嗤っていた。
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