悪い魔法使い、その愛妻

井中かわず

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変化、恋

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その日、ヨルアは一日中少ししょぼくれた様子だった。
夜、寝具にくるまる時でさえ、いつものように愛でてくることはなく、甘えるようにすがり付く。
その頭を優しく撫でた。

「何をそんなに怯えているのですか?」

そう、彼はどうにも怯えているように見えた。

「…」

沈黙のあと、ヨルアはぽつりぽつりと語り出す。

「…僕には家族の記憶も、愛された記憶もない。
ただひたすらに魔法だけ教えられてきたんだ。
だから、ずっと家族が欲しかった。温かな家庭が…」

古い記憶を掘り起こす彼は虚ろな顔で私の唇を撫でる。

「僕はあの日初めてキスされたんだ。温かかった。欲しいと思った。
思っていた通り、リコのいる家はとても温かい。
初めて僕に帰る家が出来たんだ。

でも…

僕はリコを愛せても、リコに僕を愛させることはできない。心を縛ってしまうことはできない。
君が離れて行ってしまうことを、僕には止めることができない…それが怖い…」

泣きそうな表情だった。

キルケは彼は愛に恵まれずに育ったと言っていた。けれども、彼自身は誰よりも愛情深く、平凡な幸せを求めてきたのだ。私と結婚することでやっときっかけを掴んだんだ。
だからエデンピトの意地悪な言葉が相当に堪えたのだろう。
私は彼の頬を手で包むと、身体を伸ばしてその額に口付けをした。

「私はどこにも行きませんよ。
生涯あなたの妻です」

「本当ですか?誓ってくれますか?」

「はい、誓います」

私がそう言うと、やっと安心したように微笑んで私の手を握る。
しばらく静かな沈黙が続くと、彼は寝息をたてはじめた。子どものような気の抜けた顔だ。

「今まで愛されなかった分を、私が愛してあげますね」

その顔をそっと触った。
可愛い人だ。

私だって、人のことは言えない。

旦那様は優しかったけれど、母を早くに亡くしたから充分に愛されて育った訳ではない。
だから、少し普通とは歪んでいるのかもしれない。
求め、すがり付き、懇願し、私のことを心から必要としてくる彼を見て今までにないほど心が満たされた。恋心が芽生えた瞬間だった。

あの時のキスひとつで、ふたりの孤独な男女が結ばれた。
それはもしかしたら歪なのかもしれないが、その分強く固く、絡み合っているのだ。

私と共に、彼を幸せにしてみせる。
そう心に強く誓った。


翌朝、奇妙な気配で目が覚める。

後頭部に熱い呼吸がかかり、背後ではなにかもぞもぞとひっきりなしに動いている。

「はぁ、はぁ、リコ…」

私の匂いを嗅ぎながらヨルアは熱っぽくそううわ言のように呟いた。
何をしているのかは、想像に難くない。
すっかり彼の調子は戻ったようで、それは良かったが…

朝から何をしてるんだか…。

私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
このまま寝たふりをしようか迷ったが、意を決して振り替える。

「あの…」

「リ、リコ!起きてたんですか?!」

彼は驚いているが、
後ろでそんなことされたら大抵の人は起きるわ…
と心のなかで思った。

「あなたという人は…」

彼の性欲に思わず呆れた声を出すと、彼は必死に弁明を始める。

「違うんです、リコだからこんな風になってしまうんです。昨晩のことを思い出すととても嬉しくて、それでいてあなたの寝顔があまりにも可愛いものだから我慢できなくて…」

「私のせいだとおっしゃりたいの?」

「それは…その…」

言い訳になっていない言い訳に、笑ってしまいそうになるのを堪える。
彼のそんな姿を見て、私も少しその気になってしまったのだ。

彼の胸元に身体を寄せ、首筋に唇を這わすと彼の鼓動が早鐘のように打つのがわかる。
その固い胸板に手を当て、腰の方まで撫でると求めるように彼の身体はうねる。

「すぐ発情しちゃうんだから…仕方の無い夫ですね」

首筋や胸に小さなキスを落とすと、私の服をぐっとつかんで反応する。
なんて可愛い、愛おしい人なんだろう。

「リコ…」

「なんです?」

「抱いてもいいですか?」

随分今更尋ねてくる。夫婦になってから何度も彼は私を抱いたというのに。

「なんですか今更」

「初めてリコから触れられました。
今日やっと、僕らは本当の意味で愛し合える気がするんです」

彼の言うことも少しわかる。
私は今まで感じてきたことの無い気持ちを持って彼に触れている。

「試してみましょうか」

彼の手を取り、自分の身体に導いた。彼は相変わらず優しく愛でるように触る。
自然と唇が重なりあう。
お互いの体温が蕩け合うような安心する気持ち良さだった。
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