悪い魔法使い、その愛妻

三糸タルト

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求婚、結婚

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「キルケ、食事の準備を頼む」

ヨルア・ルウがそう声をかけると、キルケは元気よく返事をしてキッチンへと消えていった。
そして魔法でも使っているのか、驚くほどすぐに温かい料理が運ばれてきた。

「この子の料理は絶品ですよ。あなたもきっと気に入る」

そう言って注がれたワイングラスを持った。
私も真似をしてグラスを持つ。

「我が妻の到着を祝って」

そう言ってグラスを傾けた。
私はその時初めてワインを飲んだが、口に合わない。
そっとテーブルに戻す。

「あの…ヨルア・ルウ様、
ひとつお伺いしてもよろしいですか?」

「僕たちは夫婦になるんです。そんなに固くならないで、名前だけで呼んでください」

「では、ヨルア…さん?」

「なんですか?リコ」

満足そうにニコニコと笑うヨルアに、ずっと抱いていた疑問を投げかける。

「何故私と結婚をするのですか?
私は魔力も持たない後ろ楯もない孤児の小間使いです。
あなたのような著名な魔法使いには、もっと相応しい娘さんがいくらでもいるように思うのですが…」

「…あなたは覚えていますか?
ずっと昔、僕たちが出会ってた日のことを」

「え、ええ。
大怪我をしているヨルアさんを私は確かに助けました。でも…」

「僕はあの日から決めていたんです。
あなたを妻にするとね」

えぇ…

そのとき、私はまだ9歳だ。
そんな少女の頃からずっと妻にしようと思っていたなんて…

それは、その…

ちょっと、

変態的では…?

私はヨルアの予想外の返答に戸惑って、質問に答えてもらったにも関わらず返事を返せないでいた。
ヨルアはまたにっこりと笑いかけてきた。

「さあ、せっかくのお料理が冷めてしまいます。食べましょう」

きっとその料理は美味しかったのだろうが、私は緊張や強張りでちゃんと味わうことはできなかった。
食事を終えた頃、ヨルアがキルケに何かを耳打ちした。すると、どこからともなく箱を大ぶりな持ってきた。

「贈り物です」

キルケが箱を開けて中を見せてくれた。
中には白いレースのあしらわれた、綺麗なナイトドレスが入っている。

「わあ、きれい…」

「気に入ってもらえてよかった…!
ぜひ今夜着てください。僕は準備をして寝室で待っています」

そう言って、私の手にキスをすると2階へ行ってしまった。

「リコ様、身を清めるお手伝いをします
こちらへ」

キルケに手を引かれてやってきたのは浴室だ。
これはあとから聞いたことだが、キルケには性別がないらしい。

「ああ見えてご主人様にも何度か縁談の話はあったんですよ」

私の背中を丁寧に洗いながら語りだす。

「まあ大抵は貧乏な没落魔法族の娘でしたけど。
それでも、妻はあなただとご主人様は心に決めて断り続けてたのです」

「…10年もひとりの相手を想い続けられるものかしら?
男盛りの殿方が、一度しか会っていないのに…」

私の問いにキルケは少しためらってから、口を開いた。

「召し使いで魔物の私が言うのもナンですが、ご主人様は愛に恵まれずに育ったお方です。
他の人とは、愛の形が異なっているかもしれませんね」

そう言われるとなんだか不安になってくる。

私はナイトドレスに袖を通した。
柔らかくて、さらさらとしていてとても着心地が良い。
きっと上等なドレスなのだろう。

2階の寝室の扉をそっとあける。
ダイニングと同じように、ダブルベッドとサイドテーブルがあるだけの簡素な部屋だ。
魔法使いの家というと、物が多く溢れ返ってるイメージだけど、ここはどうにも違うらしい。
サイドテーブルでなにかごそごそとやっていたヨルアは私の気配に気がついて振り向いた。

「…似合ってますよ、とても綺麗だ」

私の手を取り、抱き寄せると匠にベッドまで誘導した。小柄な私をすっぽりと覆い隠すようにその大きな身体が包む。

「あ、あのっ、ちょっと待ってください…」

心の準備は整っていなかった。
しかし、ヨルアは私のことを寝具に押し倒す。

「僕はもう10年も待ちました」
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