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求婚、結婚
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ヨルア・ルウは「明日迎えを寄越します」と言って去っていった。
私は今になって、へなへなと腰がぬける。
「リコ…!お前なんてことを…!!」
旦那様が私の肩を掴んだ。
「良いのです。これでツキリア家は何も失うことなく…それどころかアリアス様はユヒア・エデンピト様の弟子になれます。
何も持たない私ができる、せめてもの恩返しです。
それに、私のような身分のものが結婚できるなんてとても幸運なことですわ」
そう強がったが私はどうしても震えていた。そんな私を旦那様は優しく抱き締める。
「……すまない…」
「リコ…」
アリアスは今にも泣きそうな顔でそう声をかけたが、それをぐっと飲み込んで部屋へ駆けていった。
「アリアス!」
旦那様は怒鳴ったが、私はそれをなだめる。
「大丈夫です。今はそっとしてあげましょう」
私はなんとか足に力をいれて立ち上がった。
「明日もありますし、私も休ませてもらいますね」
部屋に戻った私はベッドにもぐったが、一睡もすることは出来なかった。
ヨルア・ルウからの迎えの馬車が来たのは翌日の夕方だった。
「長い間お世話になりました。このご恩は忘れません」
私は少ない荷物を抱え、馬車に乗り込む。
アリアスは一言も口を聞かなかった。
きっと彼なりに罪悪感があり、辛いのだろう。
ぼんやりと馬車に揺られる。
それにしても、ヨルア・ルウは何故私を妻に迎えることにしたのだろう。
いくら皆に嫌われている魔法使いで、嫁に来てくれる娘がいないとは言え、わざわざ私を選ぶこともないだろう。
まさか、10年前のあの出来事を覚えていて恩を感じているとか…?
いやいや、それは流石にないでしょう。
ヨルア・ルウの家に着くまで、お尻が痛くなるほどの時間がかかった。
もう日はとっぷりと暮れている。
人里離れた森の中、そこに佇む一軒の石造りの家にヨルア・ルウは住んでいるようだ。
家の前にはひとつの人影があった。
「お待ちしておりましたリコ様、
私、召し使いのキルケと申します」
少年とも少女とも見分けのつかない子が出迎えてくれた。
褐色の肌に、赤い瞳、ちらりと覗く牙、なんと尻尾まで生えている。あの黒い癖っ毛にはきっと角も隠れているに違いない。
明らかに魔物の一種だった。
「初めまして、リコと申します。
よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる私を、キルケはホホホと笑った。
「リコ様はご主人様の奥様になられるお方、
私のようなものにそんなに畏まらなくても結構ですよ。ささ、お荷物を。あれ?これだけですか?
まあ良いです、こちらへどうぞ!
ご主人様がお待ちかねです」
そう言って私の荷物をひょいと取ってしまうと、スタスタと前を歩いていく。
私は遅れないように少し早足にそのあとに続いた。
開かれた扉の先は、なんとも寂しい部屋だった。
ランプの灯も暖炉の炎もか細く、部屋全体が薄暗い。周りがよく見えないほどだ。
広い部屋に、大きなテーブルとイスがふたつ並んだだけの、何もない部屋。
そしてシンと静まり返り、誰もいない。
「あれ?
ご主人様ー?リコ様がご到着ですよー?」
キルケがからっとした明るい声でそう呼び掛けると、2階から物音がした。
そして、ギシギシと音を立てて2階へ続く階段から誰かが降りてくる。
それにあわせて部屋の灯りは強くなり、彼が降りて来る頃には顔を合わせる上でなんの支障もない明るさになった。
黒いピカピカの靴、仕立てられたズボン、昨日会ったときと同じように黒いローブをしっかり着込んだヨルア・ルウだ。
「もう着いてしまったのか。
すまない、準備が間に合わなかった」
改めて見ると背は高く、鍛えられ均整の取れた大きく美しい身体をしている。
完璧な服装とその顔つきもありとても立派な殿方に見える。
これがあの日血みどろだった、恐れられているヨルア・ルウなのだろうか。
とても信じられない。
少しの間呆然としていたが、我に返り、頭を下げる。
「改めまして、ツキリア家から参りましたリコと申します。卑しい身分故に礼儀を知りませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「リコ…」
すると突然、なんの前触れもなくその腕に包まれる。
私は驚いて声も上げられなかった。
「この日をどんなに待ちわびたことか…」
「…」
困っていると、キルケがコホンと咳払いをした。
「リコ様は長い馬車の移動でお疲れかと思います。
まずはお食事をなさってはいかがでしょうか」
「…そうだね。こちらへどうぞ」
ヨルア・ルウは私の手を引いて、テーブルまでエスコートをした。
私は今になって、へなへなと腰がぬける。
「リコ…!お前なんてことを…!!」
旦那様が私の肩を掴んだ。
「良いのです。これでツキリア家は何も失うことなく…それどころかアリアス様はユヒア・エデンピト様の弟子になれます。
何も持たない私ができる、せめてもの恩返しです。
それに、私のような身分のものが結婚できるなんてとても幸運なことですわ」
そう強がったが私はどうしても震えていた。そんな私を旦那様は優しく抱き締める。
「……すまない…」
「リコ…」
アリアスは今にも泣きそうな顔でそう声をかけたが、それをぐっと飲み込んで部屋へ駆けていった。
「アリアス!」
旦那様は怒鳴ったが、私はそれをなだめる。
「大丈夫です。今はそっとしてあげましょう」
私はなんとか足に力をいれて立ち上がった。
「明日もありますし、私も休ませてもらいますね」
部屋に戻った私はベッドにもぐったが、一睡もすることは出来なかった。
ヨルア・ルウからの迎えの馬車が来たのは翌日の夕方だった。
「長い間お世話になりました。このご恩は忘れません」
私は少ない荷物を抱え、馬車に乗り込む。
アリアスは一言も口を聞かなかった。
きっと彼なりに罪悪感があり、辛いのだろう。
ぼんやりと馬車に揺られる。
それにしても、ヨルア・ルウは何故私を妻に迎えることにしたのだろう。
いくら皆に嫌われている魔法使いで、嫁に来てくれる娘がいないとは言え、わざわざ私を選ぶこともないだろう。
まさか、10年前のあの出来事を覚えていて恩を感じているとか…?
いやいや、それは流石にないでしょう。
ヨルア・ルウの家に着くまで、お尻が痛くなるほどの時間がかかった。
もう日はとっぷりと暮れている。
人里離れた森の中、そこに佇む一軒の石造りの家にヨルア・ルウは住んでいるようだ。
家の前にはひとつの人影があった。
「お待ちしておりましたリコ様、
私、召し使いのキルケと申します」
少年とも少女とも見分けのつかない子が出迎えてくれた。
褐色の肌に、赤い瞳、ちらりと覗く牙、なんと尻尾まで生えている。あの黒い癖っ毛にはきっと角も隠れているに違いない。
明らかに魔物の一種だった。
「初めまして、リコと申します。
よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる私を、キルケはホホホと笑った。
「リコ様はご主人様の奥様になられるお方、
私のようなものにそんなに畏まらなくても結構ですよ。ささ、お荷物を。あれ?これだけですか?
まあ良いです、こちらへどうぞ!
ご主人様がお待ちかねです」
そう言って私の荷物をひょいと取ってしまうと、スタスタと前を歩いていく。
私は遅れないように少し早足にそのあとに続いた。
開かれた扉の先は、なんとも寂しい部屋だった。
ランプの灯も暖炉の炎もか細く、部屋全体が薄暗い。周りがよく見えないほどだ。
広い部屋に、大きなテーブルとイスがふたつ並んだだけの、何もない部屋。
そしてシンと静まり返り、誰もいない。
「あれ?
ご主人様ー?リコ様がご到着ですよー?」
キルケがからっとした明るい声でそう呼び掛けると、2階から物音がした。
そして、ギシギシと音を立てて2階へ続く階段から誰かが降りてくる。
それにあわせて部屋の灯りは強くなり、彼が降りて来る頃には顔を合わせる上でなんの支障もない明るさになった。
黒いピカピカの靴、仕立てられたズボン、昨日会ったときと同じように黒いローブをしっかり着込んだヨルア・ルウだ。
「もう着いてしまったのか。
すまない、準備が間に合わなかった」
改めて見ると背は高く、鍛えられ均整の取れた大きく美しい身体をしている。
完璧な服装とその顔つきもありとても立派な殿方に見える。
これがあの日血みどろだった、恐れられているヨルア・ルウなのだろうか。
とても信じられない。
少しの間呆然としていたが、我に返り、頭を下げる。
「改めまして、ツキリア家から参りましたリコと申します。卑しい身分故に礼儀を知りませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「リコ…」
すると突然、なんの前触れもなくその腕に包まれる。
私は驚いて声も上げられなかった。
「この日をどんなに待ちわびたことか…」
「…」
困っていると、キルケがコホンと咳払いをした。
「リコ様は長い馬車の移動でお疲れかと思います。
まずはお食事をなさってはいかがでしょうか」
「…そうだね。こちらへどうぞ」
ヨルア・ルウは私の手を引いて、テーブルまでエスコートをした。
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