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求婚、結婚
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「あれ?」
屋敷の前まで帰ってきたのだが、そこで見慣れないものを見た。
小さなリスくらいの大きさの、黒い獣だ。
よく見ると小さな角が生え、鋭い歯を持ち邪悪な赤い瞳をしていてなんとも不気味な生き物だった。
魔物の類いだろうか。
「こんな昼間にこんな街中で珍しいですね」
「怪しいな」
アリアスが腰から下げていた短剣をぬく。
「やめましょうよ。いくらなんでも可哀相ですよ」
「もしかしたらツキリア家、或いはユヒア様を付け狙う者の差し金かもしれない。やっておこう」
王宮付き魔法使いの弟子候補となって気分はすっかりヒーローなのだろう。アリアスは素早く魔法でその魔物を捕らえると、短剣で貫いた。
魔物は「ジッ!」と短い悲鳴を上げて、黒い泡となって溶けていった。
「ふっ、あはははははは!」
突然、そんな笑い声がした。
顔を上げると、そこには背の高い精霊のように美しい女性が立っていた。
長く白い髪、肌も透けるように白い、薄く葵い瞳を縁取る睫毛も白く、ふわふわと風に揺れる銀の刺繍の施されたローブもまた白かった。
「ふふふ、勇敢ですこと」
耳をくすぐるような甘い声だ。
「ユ、ユヒア・エデンピト様!
ご到着は10時の予定では…っ?!」
アリアスが慌てて背筋を伸ばす。
「あらあら、予定より早く到着してしまったようね。驚かしてごめんなさい。
それより…」
ユヒアはゆっくりと歩み寄り、魔物の残骸を指で掬って眺めた。
「この小悪魔、ヨルア・ルウの使い魔のようでしてよ。
ふふふ。あなた、彼のおもちゃを壊してしまったわね」
「ヨルア・ルウだと…?!」
流石のアリアスもその名前に怯む。
「今度から魔物を殺す際は誰の使い魔か見極めてからになさい。
でも、ふふふ、面白いこと。
気に入ったわ、あなたを正式に私の弟子として迎えましょう」
しかしその言葉に、すぐに顔を明るくする。
単純な人なのだ。
「ありがとうございます!精進します!」
「でもひとつ、課題を出しましょう」
「課題…?」
「今日中にあなたのところにヨルア・ルウが使い魔を潰したことの報復に来るはずです。
それをどんな手を使ってでもいいわ、追い払いなさい」
ひきつった顔のアリアスをユヒアは悪戯っぽい笑顔で眺めてから、温かな風と共に消えた。
そこには彼女のクスクス笑いの名残だけが残る。
「な、なんということだ…」
後ろによろけるアリアスを咄嗟に支えた。
ヨルア・ルウ、恐ろしい魔法使いだ。
彼ほど平和なこの国に似合わない魔法使いもいない。この上なく残忍で暴力的な魔法を扱うと聞く。
まだ若く、修行も受けていないアリアス様じゃ到底敵わない。
「きっと何かいい方法があります。ひとまず旦那様に相談しましょう」
ふらつくアリアスを支えて屋敷へと入った。
旦那様に事情を説明すると、同様に絶望の表情を浮かべた。
「なんという愚かなことを…」
「父上、申し訳ありません…」
「いや、謝っても仕方がない。
ここはひとまずどうすべきか考えよう」
そう言って二人は書斎へと消えていった。
残された私に出来ることなんて何もなかった。
ツキリア家が絶体絶命だというのに、恩返しをしなければならないのに、魔法も使えず、親も、知識も、お金もない私には、何も出来なかった。
ヨルア・ルウ…あの時助けた男だ。
あのとき助けなかったらもしかしたらこんなことにはならなかったかもしれない…。
いざとなったら私はこの命を捧げてでもツキリア家を守らなければ…。
屋敷の前まで帰ってきたのだが、そこで見慣れないものを見た。
小さなリスくらいの大きさの、黒い獣だ。
よく見ると小さな角が生え、鋭い歯を持ち邪悪な赤い瞳をしていてなんとも不気味な生き物だった。
魔物の類いだろうか。
「こんな昼間にこんな街中で珍しいですね」
「怪しいな」
アリアスが腰から下げていた短剣をぬく。
「やめましょうよ。いくらなんでも可哀相ですよ」
「もしかしたらツキリア家、或いはユヒア様を付け狙う者の差し金かもしれない。やっておこう」
王宮付き魔法使いの弟子候補となって気分はすっかりヒーローなのだろう。アリアスは素早く魔法でその魔物を捕らえると、短剣で貫いた。
魔物は「ジッ!」と短い悲鳴を上げて、黒い泡となって溶けていった。
「ふっ、あはははははは!」
突然、そんな笑い声がした。
顔を上げると、そこには背の高い精霊のように美しい女性が立っていた。
長く白い髪、肌も透けるように白い、薄く葵い瞳を縁取る睫毛も白く、ふわふわと風に揺れる銀の刺繍の施されたローブもまた白かった。
「ふふふ、勇敢ですこと」
耳をくすぐるような甘い声だ。
「ユ、ユヒア・エデンピト様!
ご到着は10時の予定では…っ?!」
アリアスが慌てて背筋を伸ばす。
「あらあら、予定より早く到着してしまったようね。驚かしてごめんなさい。
それより…」
ユヒアはゆっくりと歩み寄り、魔物の残骸を指で掬って眺めた。
「この小悪魔、ヨルア・ルウの使い魔のようでしてよ。
ふふふ。あなた、彼のおもちゃを壊してしまったわね」
「ヨルア・ルウだと…?!」
流石のアリアスもその名前に怯む。
「今度から魔物を殺す際は誰の使い魔か見極めてからになさい。
でも、ふふふ、面白いこと。
気に入ったわ、あなたを正式に私の弟子として迎えましょう」
しかしその言葉に、すぐに顔を明るくする。
単純な人なのだ。
「ありがとうございます!精進します!」
「でもひとつ、課題を出しましょう」
「課題…?」
「今日中にあなたのところにヨルア・ルウが使い魔を潰したことの報復に来るはずです。
それをどんな手を使ってでもいいわ、追い払いなさい」
ひきつった顔のアリアスをユヒアは悪戯っぽい笑顔で眺めてから、温かな風と共に消えた。
そこには彼女のクスクス笑いの名残だけが残る。
「な、なんということだ…」
後ろによろけるアリアスを咄嗟に支えた。
ヨルア・ルウ、恐ろしい魔法使いだ。
彼ほど平和なこの国に似合わない魔法使いもいない。この上なく残忍で暴力的な魔法を扱うと聞く。
まだ若く、修行も受けていないアリアス様じゃ到底敵わない。
「きっと何かいい方法があります。ひとまず旦那様に相談しましょう」
ふらつくアリアスを支えて屋敷へと入った。
旦那様に事情を説明すると、同様に絶望の表情を浮かべた。
「なんという愚かなことを…」
「父上、申し訳ありません…」
「いや、謝っても仕方がない。
ここはひとまずどうすべきか考えよう」
そう言って二人は書斎へと消えていった。
残された私に出来ることなんて何もなかった。
ツキリア家が絶体絶命だというのに、恩返しをしなければならないのに、魔法も使えず、親も、知識も、お金もない私には、何も出来なかった。
ヨルア・ルウ…あの時助けた男だ。
あのとき助けなかったらもしかしたらこんなことにはならなかったかもしれない…。
いざとなったら私はこの命を捧げてでもツキリア家を守らなければ…。
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