先生と千鶴

井中かわず

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先生と私

年上

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「年上って、どんくらい…?」

夜9時を過ぎ片付けも終わり、店長がお店の鍵を閉めたところで、コウキが私に話しかけた。

「なにが?」

「だから、さっきの…」

お疲れさまでしたー、とみんなが帰って行く中、コウキがもごもごしているので私は帰れずにいる。

「好きな人がいるって言ってたじゃん」

何の話かと思えば昼間の愛海さんへの相談だ。

「何歳だっていいじゃん」

「なんでよ、教えてよ」

先生との年の差は私だって気にしている。
私は苛立って攻撃的になる。

「じゃあコウキの好きな人も教えてよ」

そう言うと、コウキはぐっと怯んだ。

「嫌でしょ?だから私も…」

「…だよ……」

「なんて?」

「楠だよ」

驚きで動きも思考も硬直する。
目の前にいるコウキは暗がりでもわかるほど赤面している。
コウキは目を合わせずに伏せていたが、キッとこちらを睨むと少し怒ったような口調で問う。

「俺は言った。だから教えてよ」

「…18」

不誠実になるのは嫌なので、本当のことを言った。

「18歳…?!
てことは、36歳?なんでそんな…」

世間では、一回り以上離れていると偏見の眼差しを向けられる。
金や地位目当てだとか、父親の愛情不足によるファザコンだとか、同世代が無理だから妥協しているだとか、憧れを恋と勘違いしているのだとか、そう言われる。
私は先生を好きになったとき、学校の信頼していた教師や親友にやんわりと相談した。匿名サイトでも尋ねた。

でもどれもこれも答えは似たり寄ったりで、私の感情を言い表すものはなかった。

「…良い男なの?」

コウキはなんだか間抜けな質問をする。
それでも今まで言われてきた言葉のなかで一番マシだった。

「うん、とっても」

先生は鼻筋が綺麗だ。八重歯があって笑うと可愛い。とても臆病だけど、親切な人だ。きっと本当は寂しがり屋だ。先生の小説は私の性欲を刺激する。
ぶどう味のお菓子と、犬が好きみたい。
私の主観的な先生の情報が頭の中を駆け巡って、つい口許が緩む。

「…俺が例えば今ここで付き合って欲しいって言ってもフラれそうだな」

「そうだね」

私は私のことを好きだと言う男に苦笑いを向けた。
こうした相手にはきっぱりと誠意を持って接することが礼儀だと私は考えている。

「でももし楠がその人にフラれたらさ…」

コウキがそう言いかけたとき、彼の背中の向こう側の路地を見慣れた人が横切ったのが見えた。
その人はこちらに気がつく様子のないまま、蒼白な顔で口を手で押さえながら早足にどこかへ向かう。

「先生…?」

「えっ?」

「ごめん、ちょっと」

コウキを押し退けて先生の後を追う。
追いはじめると、すぐに同じように先生を追う女性の存在に気がついた。
彼女は私より前にいるのでこちらには気がついていない。

誰だろう…。

胸がざわめいた。

先生は誰もいない公園までくると、ベンチに手をついて胸を押さえている。

「どうしたんです?大丈夫ですか?」

見知らぬ女性が先生の背中をさすった。
誰なの。やめて。触らないで。

「先生?」

私は思わず声をかけた。
勝手に声が飛び出てきたんだ。足も勝手に前に進む。
先生はハッとこちらを向くと「千鶴さん…」と小さな声で名前を呼んだ。

「あなたは?」

女性は不思議そうな顔で私を見ている。
それはこっちの台詞だ。と思った。

「私は…」

でも思わず言葉につまる。
私と先生の関係は、一体なんなのだろう。
押し黙った私に、女性は首を傾げている。
真珠のイヤリングに、ツヤツヤのストレートの髪、完璧なナチュラルメイク、シンプルだが上品で質の良さそうな服。
綺麗な、大人の女性だ。
一方私は黒いパンツに古びたパーカーを羽織って、三角巾をつけていたためにペッタンコな髪をしていて…。

「この人の知り合いです…」

そう言うことしかできなかった。
私の後ろではなぜかついてきたコウキが訳もわからずにおろおろとしていた。
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