恋を知らない少女の愛

無気力人間

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自覚

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「やっぱ開けようと思うんだよね、ピアス」
 いつものようにフードコートでハンバーガーを食べていた。
 ルイは私の発言に驚いたのか、固まっている。
 私は、そんなルイを横目に話を続ける。
「やっぱ耳たぶかなぁ、でも軟骨も気になってるんだよね。ルイはどう思う?」
「開けないという選択肢は?」
「ない」
「そっか、うーん、軟骨は痛そうだから嫌だなぁ」
「ルイが開けるわけじゃないのに」
 ルイの、自分が開けるかのような言い方に思わず笑ってしまった。
「痛みは伝染するんだぞ」
 例えば~と、ルイはよく分からない理論を説明し始めた。
 うん、うん、あーなるほどね、と適当に相槌を打ち、スマホでピアスを開ける位置を調べる。
「あ、アンテナヘリックスいいかも。これにしようかな。インダストリアルもいいな」
「なにそれ?」
 私は腕を伸ばしスマホの画面を見せる。
「うわ、めっちゃ痛そー。これ開けるの?」
「うん、開ける。よろしくね」
 私の言葉の意味が分からなかったのか、彼はキョトンとしてこちらを見ている。
「なにが、なにに、え、なに。よろしくってなに」
 そんなの決まってるじゃん、と私は彼を見る。
「ルイに開けてもらうんだよ。ピアス」
「はぁ!?やだよ、絶対に嫌だ。病院で開けてこい」
「病院とかピアススタジオって高いんだもん。私そんなお金ないし」
「だからって、なんで俺なんだよ」
「こんな事頼めるのルイしかいないんだよ。私が友達少ないの知ってるでしょ?」
 私がそう言うとルイはうーん、でも、と悩み始めた。あとひと押しだ。
「万一失敗してもいずれ塞がるからさ。ね、お願い」
「…分かった」
「ほんと?ありがとうルイ。さっそく明日、お願いします」
 彼に向かって深々と頭を下げた。

 早く放課後になってくれ。いつもはあっという間に終わる授業も今日はなんだか遅い気がした。
 早く、早く、早く。学校が終われば念願のピアスだ。胸の高鳴りが抑えられなかった。
 ホームルームが終わると、私はルイの手を引き、駆け足でカラオケボックスに向かう。
 ショッピングセンターのフードコートより、個室のカラオケボックスの方がいいと思った。
 私達は息を切らしながら走った。
「ふぅ、着いた」
「ちょ、レイ、速すぎ」
「ごめんごめん、楽しみで、つい」
 肩で息をしている彼を見て、多少の申し訳なさを感じた。
 受付を済ませ部屋に入り、バッグの中から袋を取り出す。
 袋にはピアッサーやニードルが無造作に入れられていた。
「うわ、すごい量。全部買ったの?」
「そ。昨日ルイと別れた後買いに行った」
 ピアッサーをひとつ取り出し、自慢げに見せつける。
「行動力すごいな」
 まぁね、と言いピアッサーのふうを開ける。
「本当は冷やした方がいいんだけど、私痛みには強い方だしいっか。はい、開けちゃって」
 ピアッサーを渡された彼からは焦りが目に見えた。
「あ、マーキングしなきゃ。忘れてた」
 スマホを鏡代わりに、マッキーペンで耳に印をつけていく。
 左の耳たぶにひとつ、右の耳たぶにふたつ。
「ねぇ、アンテナヘリックスとインダストリアルだったらどっちがいいかな?」
「え、それ俺に聞く?分かんないよ」
「じゃあ、1番か2番選んで」
「なにその二択、むず。…うーん、1かな」
「じゃあアンテナヘリックスにしよ~」
 左耳の軟骨部分にふたつ印をつける。
「耳たぶはピアッサーで、軟骨はニードルで開けて」
「わ、わかった」
 彼は恐る恐る私の左耳に手を伸ばし、位置を確認する。
「いい?いくよ?」
「いいよ」
 バチンっ。大きな音と共に身体に軽い衝撃が走った。痺れたような感覚で、そこまで痛みは感じなかった
「おぉー。思ってたより音おっきいね」
 振り向くと彼は痛そうな表情を浮かべ目を背けていた。
 その表情を見た瞬間、とくん、と私のなかでなにかが脈打った。
「え、どしたの」
「開けてるこっちまで痛い」
 なるほど。ルイの「痛みは伝染する理論」か。
「気のせいだよ気のせい。私痛くないもん」
「痛いだろこんなの。お前痛覚ないのか」
「あるわあほ。ほら、じゃんじゃん開けちゃって」
 ルイは袋からピアッサーを渋々取り出す。
「早く終わらせるぞ」
「よろしく」
 バチンっ。バチンっ。彼は手先が器用だ。嫌がりながらも丁寧に、かつ迅速に私の耳に穴を開けていく。
「よし。耳たぶは終わったよ。ニードルちょうだい」
 先端に軟膏を塗ったニードルと消しゴムを渡す。
「うわぁ、めっちゃ針だな」
「針だよそりゃ」
 けらけらと笑う私とは反対に彼の顔は強ばっていた。とくん。またなにかが脈打つ音がきこえた
 針の先端が耳にあたる。ひんやりとしていた。
 ピリッとした痛みが走り、やがて鈍痛に変わる。
 軟骨は耳たぶより痛かった。という事は。もちろん彼も痛そうな表情をしていた。
 私にはSの気があるのだろうか。彼の苦しんでいる顔に強く惹かれていた。愛おしささえ感じる。
 愛には色々なカタチがあるときくが、これも一種の愛なのか。
 この疑問は、全てのピアスを開け終えた時解決した。
 私は、私の身体を傷つけて苦しんでいるこの男を愛している。彼のことを異性として好きなわけではない。
 これは、恋ではなく愛だった。
 恋を知らない私が見つけた唯一の愛。大事な愛。
 
 ピアスを開け終え、疲れ果てた彼を見ると私の愛が大きく脈打った。

「ねぇ、ルイ。好きだよ」
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