Starlog ー星の記憶ー

八城七夜

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Recollection

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 朝に千歳ちとせを見送ってから紗奈さなの心の中で妙な胸騒ぎが渦を巻いていた。もしかしたら千歳はもう帰ってこないかもしれない、ふとそんな思いがよぎり涙が出そうになるが瞼をギュッと閉じる。『千歳は帰ってくる』と必死に自分に言い聞かせるが渦巻く感情と胸の高鳴りが止まない、紗奈はガバッとベッドから起き上がると身支度を整えて外へ出た。

(ちぃちゃん───何処にいるの・・・?)

 心の中で千歳を呼びながら周りを見渡し、ある一点を見つめて紗奈はその場所へと駆け出した。

─────
───


 千歳の意識が目を覚ますと、あの白い部屋に立っていた。身体を見ても傷などひとつもなく、千歳は自分をここに呼んだ声の主を探す。しかしこの部屋には千歳しかおらず、あの黒い影も姿を現す様子がない。千歳は二人掛けのソファーに腰掛けて待ってみることにした。

 ひと息ついて気を抜いた瞬間、袈裟斬りにされた時の感触が蘇り身体がビクンと跳ねた、そして千歳は以前にも身体を袈裟斬りにされた時のことを追憶する。

 千歳は幼い頃に幼馴染みである紗奈と公園で遊んでいるところを突如現れた異形に襲われた、千歳は紗奈を庇って異形の爪で身体を袈裟斬りに切り裂かれ死ぬ寸前であった。

 傍では紗奈がずっと千歳の名前を呼びながら泣き叫んでいた、あの時の自分はきっと紗奈を励ますための言葉を言おうとしていたのだろう、必死に口を動かして声を出そうとしたが口から出るのは血とか弱い空気だけ、異形はまだ目の前にいるというのに千歳は力尽きて意識を失ってしまった。

 目を覚ますと病院のベッドに寝ており千歳と一緒にいた紗奈も公園の噴水の前で気を失っていたのだと母親から聞いた、身体に異形に切り裂かれたはずの傷もなくあの公園で起こったことを話しても『あの場所に異形はいなかった』と言われた。

 しかし千歳は覚えている、あの恐怖の中で傍にいてくれていた紗奈の悲しそうで不安そうな表情を見た時の締めつけられるような心の痛み、そして虚無感と絶望感に蝕まれていくあの感覚も。

 退院したあとすぐに千歳は祖父の万尋まひろに剣道ではなく異形と戦うための剣術を教えて欲しいと頼んだ、その時の千歳の眼になにを見たのか万尋はその日から千歳に剣術を叩き込み、厳しい鍛練を積み重ねながら千歳の腕前は中学生ながら大人にも勝てる程になっていった。

 中学時代に剣道部に所属していたのも万尋から『同年代の子達とも切磋琢磨しろ』と言われてのことであったがそこで千歳は若葉わかばと出会った。自分を兄のように慕ってくれた若葉を千歳ももう一人の妹のように接するようになった、千歳は若葉がてっきり剣道の強い高校に進学するものだと思っていたがどういうわけか自分と同じ高校に進学した。

 不思議に思いながらも仲の良い後輩が同じ高校に進んでくれたことは嬉しかった、いつしか若葉は千歳の中で紗奈や双子姉妹たちと同じく守るべき大切な人となった。若葉を伊邪奈美命イザナミノミコトの呪縛から救うために千歳は強くなろうと龍脈の修行に励んだ、龍装も会得した千歳はナガトに追いつけた気がしていた、しかし星霊せいれいであるナガトの強さには届かなかった。

 千歳が深いため息をつくと突如、視界が真っ暗になった。柔らかく暖かいものに両眼を塞がれており、背後に誰かがいる気配がする。

『だ~れだ?』

 そして以前にアメリカで見た夢の中で聞こえた声が耳に響く、その声に聞き覚えがあった千歳はおそるおそる一人の名前を口にした。



「・・・紗奈ちゃん?」



 すると再び視界に真っ白な部屋が映る、そして千歳はすぐに後ろを振り向くとそこには一人の女の子が立っていた。声色はたしかに紗奈のものだったがいま目の前にいる女の子は千歳の知る紗奈ではなかった、女の子は千歳と向き合うと優しく微笑みかける。

「やっと私の声を聞いてくれたね。」

「君はいったい───」

 千歳の言葉の途中で黒い影が真っ白な部屋を黒く染めながら奥から迫ってくる、そして黒い龍の姿となって女の子に剣を向けた。

「やめろ!」

 千歳は黒い龍の刃の前に立ちはだかり女の子を庇った、黒い龍は人の姿へと変わり千歳のことをじっと見つめている。

「この子は敵じゃない、大丈夫だ・・・」

 千歳の言葉に黒い人影は振り返ると奥の方へと帰っていき、黒く染った部屋が白に戻っていく。安堵のため息をつく千歳に女の子がお礼を言う。

「ありがとう、やっぱりアナタは優しいね。」

「え、いや・・・別に。」

 あらためて聞いてもやはり声の感じは紗奈に似ている、というより紗奈そのものであり千歳は戸惑う。そして女の子の後ろからひょこっと小さい女の子が顔を覗かせる、千歳はその女の子の顔を見るとさらに驚き戸惑った。女の子の後ろに隠れながら千歳を見つめる小さな女の子、その姿は幼い頃の紗奈に瓜二つであった。

「アナタに会いたがってたから一緒に来たんだけど・・・」

「あぁ、大丈夫大丈夫。」

 そう言って千歳は小さな女の子の視線に合わせるためにしゃがむ、千歳と目が合った小さな女の子はニヘッとはにかんだ笑顔を見せた。

 そして千歳がそっと手を差し出すと小さな女の子も手を伸ばし、千歳の手───というより指をギュッと握った。その暖かな感触に千歳は懐かしさを覚え、眼から涙が溢れ出た。

"───あぁ、やっぱりダメだ"

"───諦めることなんてできない"

 千歳は涙を拭うと小さな女の子の手を両手でそっと優しく包んだ。

「ありがとう、そして・・・恐い思いさせてごめん。でもこれからは、全力で君を守るから。」

 千歳が誓いを立てるように言葉をかけると小さな女の子は満面の笑みを浮かべて頷き、光と共に白銀色の粒子となって霧散した。
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