夏の夜、じれったく

たがわリウ

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繋がった気持ち

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「今日はブレンドじゃないんですか? ミルクティー、珍しいですね」
「うん。さっきコンビニでコーヒー買っちゃったから、もう今日はやめておこうと思ってさ」

 レジでお会計をしながら、常連の男性客に話しかける。いつもスーツ姿で来店する男性は、職場がここから近いらしい。私のシフトと来店のタイミングが被っていることが多いため、顔なじみになっていた。

「お次のお客様、お待たせしまし、た……」

 男性客が商品の渡し口に移動する。後ろに並んでいたお客さんに微笑みかけたが、すぐに驚きで固まった。

「こんちは……」
「い、いらっしゃいませ」

 見上げた頭がぺこりと下げられる。どこか気恥しそうに、悠くんは私を見た。
 いつものスポーツウェアとは違い、私服姿の悠くん。キャンパスですれ違う男子と変わらない格好の彼を初めて目にして、顔が火照った。
 数日前、良かったら来てよと言ったのは私なのに、不意の彼にうろたえながら接客する。

「アイスコーヒーをひとつ、お願いします」
「あ、はい、かしこまりました。お席ご利用ですか?」
「……はい」

 そんな状況でも、するりといつもの言葉が出てくる。忙しない心音とは反対に、普段通りお会計をした。

「ご用意でき次第お持ちしますので、お席でお待ちください」
「っす」

 会釈をした悠くんは店内をキョロキョロと見渡す。すぐに窓際のテーブル席へと向かった。

「片瀬さん、知り合い?」
「はい、そうです……お渡し行ってきますね」
「よろしく」

 一つ歳上の女性スタッフが、興味津々といった様子で尋ねる。会計をしている間に用意してくれたアイスコーヒーをトレーに乗せ、窓際の席に近づいた。

「おまたせしました」
「あざっす」

 紙のコースターを置き、その上にグラスを乗せる。ミルクとシロップを用意する私に、チラッと視線が向けられた。

「お客さんと、仲良いんすね」
「え? あぁ、常連さんとは時々話すかな……世間話程度だけど」
「そっすか」

 アイスコーヒーに目を落としながら、何故か悠くんは難しそうな顔をする。初めて見る眉間のシワに、何か怒らせるようなことをしてしまったのかと、背中がひやりとした。

「……いただきます」
「はい、ごゆっくりお召し上がりください……」

 勤務中だし、これ以上ここにいるわけにもいかない。悠くんの表情が気になったけど、私はまたカウンターに戻った。すぐに女性スタッフが近づいてくる。

「片瀬さん、明日の合コン二十時になったから」
「え?」

 言われたことに、思考が一瞬止まる。何も反応を返せず固まっていると、呆れ顔が向けられた。やっぱり忘れてた、と心の声が伝わってくる。

「恋人と別れた時に、合コンしようって言ったじゃん」
「え、あれ、この前断りましたよね?」
「えぇ、そうだっけ? でももうお店も予約しちゃったんだよね。どうにか来れない? お願い!」

 店内が空いている時なら、スタッフ間でよく雑談をしている。今も新たなお客さんの来店はなく、手持ち無沙汰だった。
 声量を抑えながらも、女性スタッフは私に手を合わせる。もしかしたら悠くんに聞こえているかもと思うと、途端に気まずさが生まれた。

「え、いや、あの……」

 気づかれないように一瞬、窓際の席に目を向ける。この会話が聞こえているのかは分からないけど、悠くんはアイスコーヒーを飲みながら外を眺めていた。
 まったく私のことなんて気にしていない様子に、寂しさで胸に痛みが走る。自分に都合が良いとは思うけど、重ならない視線がもどかしかった。



 はぁはぁと息を乱す。いつもより忙しなく足を動かしていた。走ることで無心になろうとするが、頭にはあることがこびり付いて離れない。
 ペース配分も考えず乱暴な走り方をしているとは自分でもわかっていた。
 走りながら、さっきから何度も腕時計を見ている。また時間をチェックすると、二十時を過ぎたところだった。

「なんも考えんな……集中」

 心を落ち着かせ、トレーニングに集中しようと汗を拭う。しかし、近付いてきた横断歩道に人の姿を見つけ、俺は足をゆるめた。速い鼓動はおさまる気配がない。
 足音に気付いた彼女は顔を上げた。

「悠くん、お疲れ」
「……なんでいるんすか」

 鎮めようとしていた心がまたざわめきだす。ぶっきらぼうになってしまった俺に、千帆さんは困り顔で笑った。困らせたいわけじゃないのに、トゲのある声になってしまう。そんな自分が子供っぽくて嫌になった。

「今日って、合コンだったんすよね……?」
「うん。でも断ったよ」
「……いいんすか、行かなくて」
「うん」

 また千帆さんと会えた。彼女が他の男と楽しく食事をすることはなくなったことに、驚くほど安堵している。
 胸がむず痒くなって、気を抜いたらまた一歩、彼女に近づいてしまいそうだった。

「……意地悪なこと言って、すんません。ほんとは、行ってほしくなかったっす」
「それは、どうして?」

 本当は言ってほしくなかったのに、いじけて行かなくていいのかなんて訊いてしまった自分がみっともない。
 冷たい言い方で千帆さんを傷つけてしまったかもしれないと思うと、強く後悔した。自分ってこんなに感情が動くタイプだったっけと思う。
 おずおずと、どうして? と尋ねてきた千帆さん。彼女は一歩、この関係から踏み出そうとしているのだと気づく。俺もただの知り合いから、もっと傍に行きたかった。
 綺麗な瞳を見つめて、息を吸う。自然と、伝えるのは今だと思った。

「千帆さんのことが、好きだから」

まだ出会って間もないのに、俺は千帆さんに恋をしている。浮気をされて落ち込んだところを狙ったんじゃないかと思われるのは怖いけど、もうこの気持ちを抑えきれなかった。
 知り合って、約束もしていないのに夜に会って、少しだけお互いのことを話して。
 ちょっとずつ距離が近づいてきたように感じていたけど、恋愛に疎い自分には、彼女がこの関係を、俺のことをどう思っているかは分からなかった。どうか同じ気持ちであってくれと願う。

「……嬉しい。私も、悠くんが好き」

 いざ同じ気持ちだとなると信じられなくて、一瞬、自分の耳を疑う。本当かと確かめるように千帆さんを見れば、はにかんだ笑みが返ってきた。
 胸を掻きむしりなくなるほど、幸せな気持ちが広がっていく。気づけば俺も口角を上げていた。

「すげぇ嬉しい」

 少し潤んでいる瞳に気づき、胸が苦しくなる。本当に、千帆さんも同じ気持ちなんだ。
 嬉しさと照れと気恥しさで体を熱くしながら、いつの間にか握りしめていた拳から力を抜く。
 気持ちを通じさせた俺たちは、しばらくそこで幸せを噛み締めていた。
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