コワモテαの秘密

たがわリウ

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お話ししたいことがあります

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「疲れた顔だね、恵庭くん」
「社長……」

 堂々と部屋に入ってきたのは所属している事務所の社長だった。マネージャーとの電話では事務所の人間としか言われていなかったから、社長の登場に驚く。
 それと同時に、これから話すのは悪いことなのか良いことなのか、不安がまた増した。

「君が結月くんだね、はじめまして。突然すまないね」
「……俺がお世話になってる事務所の社長だ」

 結月もここに向かっていたのが社長だとは思っていなかったのだろう。驚きを浮かべたあと、ベッドから立ち上がり、急いで降りる。

「あぁ、いいよいいよ、楽にしてて。すぐ帰るから」

 そう言われてもどうしたら良いのかわからず、俺も結月も並んで立つ。言葉の通りすぐ帰る気なのか、社長も座る気配はなかった。俺と結月、その向かいに社長が立つ。

「疲れているだろうから単刀直入に言うよ。結月くん、モデルとしてうちの事務所に入らないか?」
「え……?」
「ちょっと待ってください、社長。何言ってんすか、結月は一般人で……」
「あぁ、わかってる。恵庭くんだって事務所に入る前は一般人だっただろう」

 そうだけど、今言いたいのはそんなことじゃない。突然のことに俺も結月も言葉を失う。世間では騒ぎがどんどん大きくなっているのに、何故か社長は落ち着いていた。

「以前から獣人のモデルが欲しかったんだよ。ほら、今はうち、獣人のタレントいないでしょ」
「そうっすけど……」

 大手のところに比べると小さな事務所だから、所属しているタレントは全員と顔見知りだ。社長の言う通り今は獣人のタレントはいない。
 だからモデルとして獣人のタレントが欲しいというのはわかる。しかしそれで何故結月に声をかけるのかが俺にはわからなかった。

「獣人は他にもたくさんいるんだし、スカウトでもオーディションでもすればいいじゃないすか」
「うん、今そのスカウト中なんだよ。恋人は反対らしいけど」
「だってまた今回みたいなヒートがあったらどうすんすか……その時に俺は近くにいられないかもしれない。結月にもし何かあったら……」

 俺は自然と、むせかえるようだったある匂いを思い出していた。強く香り、俺の意思も体も乗っ取られてしまいそうだった匂い。
 いつも結月が使ってるハンドクリームのバニラの甘さではなく、どこか爽やかさがある柑橘の匂いは、俺のことも、そして元常連の男のことも惹き付けた。

「恵庭くんの不安はもっともだ。しかし君たちもテレビやSNSを見ただろう。残念ながら、既に結月くんが関係していることは知られている」
「っ」

 報道されている内容には、兎の獣人が関わっていることがどのニュースにも記載されていた。事実の通り、具合の悪そうな獣人を絡まれていた男から引き剥がしたという記事もあったけど、そんなのは稀だ。
 だいたいは、愛玩として一緒にいた獣人とふざけて通行人を殴っただの、兎の獣人と一緒にいるところを見られたから相手を脅しただの、好き勝手に言われていた。
 幸いなことにまだ結月の写真は出ていないけど、これからどうなるかはわからない。

「結月くんを以前から事務所にいたことにし、モデルとしてデビュー予定だったと説明する。今世間が騒いでいる、強面俳優恵庭トキオと兎の獣人がどんな関係なのか、から、事務所の秘蔵モデルはどんな人物なのかに少しは興味が移るだろう。その方が事務所としてもこの注目を活かせる」

 真剣に、どこか熱く話す社長。冗談や軽い考えでこんなことを言っているのではないと伝わってくる。俺たちのこと、そして事務所のことを考えての提案なのだろう。

「どうかな、結月くん」
「……トキオさんと相談する時間をいただいても、良いですか?」
「もちろんだ。二人のことだからね、納得するまで話し合ってくれ。あまり時間はあげられそうにないが」

 ひとまず断られることはなかったからか、社長の纏う空気が和らぐ。満足そうに微笑み、すぐにドアへと歩いていった。

「では用事も済んだし帰るよ。窮屈なところに閉じ込めて悪いけど、もう少し辛抱してくれ」

 バタンとドアが閉まり、また部屋には俺と結月だけになる。すぐに帰ると言った通り、社長は余韻も残さずに帰って行った。
 考えたいことがたくさんある。結月も俺と同じだろうと思ったが、聞こえた声に迷いはなかった。

「あの、トキオさん。お話ししたいことがあります」
「さっきのモデルについてのことか?」
「そのお話にも繋がることです」

 社長の提案にも繋がるが、ただそれだけじゃない。真剣で、射抜くような視線に応え、俺は体ごと結月に向き直る。
 結月の気持ちは何だって聞きたいし、知りたい。けど、この関係が大事だからこそ知ることに恐怖もあって、手のひらを強く握りしめた。
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