16 / 19
俳優を続けるのは
しおりを挟む
軽快な音が鳴っている。繰り返される一定のリズムに意識が引き上げられ、俺はもぞもぞと手を動かした。
枕元で掴んだスマホを反射的に操作する。
「……はい、恵庭です」
「あ、恵庭くん! 良かった出てくれて」
「マネージャー……?」
スマホから聞こえた声にハッとして意識が覚醒する。今何時だとスマホの画面を見たが、そこで今日はオフの予定だったことを思い出した。
しかし電話の向こうのマネージャーの声色は焦りを隠さない。なにか嫌な予感がした。
「結月くんとは一緒?」
「あぁ、一緒だけど……何かあったんすか」
結月のことも聞かれるなんておかしい。予期せぬ事が起きたのだと確信する。
隣で安らかな寝息を立てている結月に自然と視線を向けた。
「さっき、あるネット記事が出たんだ」
ネット記事、俺、結月、マネージャーの焦りよう。ハッキリとしたことはまだわからない。しかし俺の胸のざわめきは大きくなるばかりだった。
今日何度目かわからない電話を終えホテルの通路から部屋に戻ると、ベッドの上で膝を抱える結月が見えた。見つめている先のテレビには、俺が映っている。以前出演した映画の舞台挨拶の映像だった。
「見飽きないか?」
「トキオさん……お電話、大丈夫でした?」
テレビ画面のテロップには「人気俳優恵庭トキオ、一般人への暴力が明らかに」とある。いくつも推測が飛び交うワイドショーを横目に、俺もベッドに腰掛けた。
「正直に言うと、まだ大丈夫かどうかわからない。とりあえず、俺と結月と話したいって人が向かってるらしい」
「ここに?」
「あぁ、俺たちがここから出るわけにもいかないから、この部屋で話すことになった」
そうですか、と目を伏せる結月は膝を抱え直す。ひどく落ち込む姿に胸が痛み、俺も視線をベッドに落とした。これから知らない人が来て話さなければならないとなると、また結月にストレスをかけてしまう。
どうにかしたいのに、ただホテルの一室に閉じこもっていることしかできず歯がゆい。
今はただ潜んで事態が落ち着くのを待つ時間だとわかっている。けれどこんなにテレビやネットで騒がれて、俺自身も押しつぶされそうな不安があった。
「一般人への暴力とのことですが、これが事実だった場合、今後の作品はどうなるんでしょう」
「これから公開予定のものもありますからね、制作側がどうするかでしょう。事実だったら俳優を続けるのは難しいでしょうね」
話を振られ神妙な面持ちで返答したのは、過去に共演した俳優だった。親しかったわけではないけど、このニュースのせいで俳優という職業のイメージダウンになってしまい、申し訳ないなと思う。
突発的なヒートによる事故みたいなものだったけど、俺の軽はずみな行為で色んな人に迷惑をかけてしまった。あの時もっと落ち着いて行動できていれば――。
気を抜けば沈んでいってしまう心にストップをかけ、テレビを消す。俺が落ち込んでは結月をさらに追い詰めるだけだ。
「……トキオさん、俳優のお仕事続けるの難しいんですか?」
「……俺にもまだよくわからない。でもそんなに心配しなくて大丈夫だ。今は飛び交ってるデマにあてられて騒ぎが大きくなってるだけだから、本当のことがわかれば落ち着いていくよ」
テレビやネットで騒がれているような、故意に暴力をふるった事実は無い。しかし乱暴なことをしてしまったことには変わりないし、騒ぎもどんどん大きくなっている。
俳優を続けていけるかどうかはわからないけど、半ば諦めに近いものもあった。
テレビを消した部屋には沈黙が落ちる。結月の不安を減らしたくて何か話さなくてはと思うのに、何も言葉は浮かばない。
頭を巡らせていると、ノックの音が耳に入る。そのままでいるよう結月に目で伝えると、ドアへと近づいた。警戒しながらドアスコープを覗く。
この部屋が特定された可能性も考えたが、ドアの向こうにあったのは知った顔だった。ドアノブを捻り、ゆっくり開ける。
枕元で掴んだスマホを反射的に操作する。
「……はい、恵庭です」
「あ、恵庭くん! 良かった出てくれて」
「マネージャー……?」
スマホから聞こえた声にハッとして意識が覚醒する。今何時だとスマホの画面を見たが、そこで今日はオフの予定だったことを思い出した。
しかし電話の向こうのマネージャーの声色は焦りを隠さない。なにか嫌な予感がした。
「結月くんとは一緒?」
「あぁ、一緒だけど……何かあったんすか」
結月のことも聞かれるなんておかしい。予期せぬ事が起きたのだと確信する。
隣で安らかな寝息を立てている結月に自然と視線を向けた。
「さっき、あるネット記事が出たんだ」
ネット記事、俺、結月、マネージャーの焦りよう。ハッキリとしたことはまだわからない。しかし俺の胸のざわめきは大きくなるばかりだった。
今日何度目かわからない電話を終えホテルの通路から部屋に戻ると、ベッドの上で膝を抱える結月が見えた。見つめている先のテレビには、俺が映っている。以前出演した映画の舞台挨拶の映像だった。
「見飽きないか?」
「トキオさん……お電話、大丈夫でした?」
テレビ画面のテロップには「人気俳優恵庭トキオ、一般人への暴力が明らかに」とある。いくつも推測が飛び交うワイドショーを横目に、俺もベッドに腰掛けた。
「正直に言うと、まだ大丈夫かどうかわからない。とりあえず、俺と結月と話したいって人が向かってるらしい」
「ここに?」
「あぁ、俺たちがここから出るわけにもいかないから、この部屋で話すことになった」
そうですか、と目を伏せる結月は膝を抱え直す。ひどく落ち込む姿に胸が痛み、俺も視線をベッドに落とした。これから知らない人が来て話さなければならないとなると、また結月にストレスをかけてしまう。
どうにかしたいのに、ただホテルの一室に閉じこもっていることしかできず歯がゆい。
今はただ潜んで事態が落ち着くのを待つ時間だとわかっている。けれどこんなにテレビやネットで騒がれて、俺自身も押しつぶされそうな不安があった。
「一般人への暴力とのことですが、これが事実だった場合、今後の作品はどうなるんでしょう」
「これから公開予定のものもありますからね、制作側がどうするかでしょう。事実だったら俳優を続けるのは難しいでしょうね」
話を振られ神妙な面持ちで返答したのは、過去に共演した俳優だった。親しかったわけではないけど、このニュースのせいで俳優という職業のイメージダウンになってしまい、申し訳ないなと思う。
突発的なヒートによる事故みたいなものだったけど、俺の軽はずみな行為で色んな人に迷惑をかけてしまった。あの時もっと落ち着いて行動できていれば――。
気を抜けば沈んでいってしまう心にストップをかけ、テレビを消す。俺が落ち込んでは結月をさらに追い詰めるだけだ。
「……トキオさん、俳優のお仕事続けるの難しいんですか?」
「……俺にもまだよくわからない。でもそんなに心配しなくて大丈夫だ。今は飛び交ってるデマにあてられて騒ぎが大きくなってるだけだから、本当のことがわかれば落ち着いていくよ」
テレビやネットで騒がれているような、故意に暴力をふるった事実は無い。しかし乱暴なことをしてしまったことには変わりないし、騒ぎもどんどん大きくなっている。
俳優を続けていけるかどうかはわからないけど、半ば諦めに近いものもあった。
テレビを消した部屋には沈黙が落ちる。結月の不安を減らしたくて何か話さなくてはと思うのに、何も言葉は浮かばない。
頭を巡らせていると、ノックの音が耳に入る。そのままでいるよう結月に目で伝えると、ドアへと近づいた。警戒しながらドアスコープを覗く。
この部屋が特定された可能性も考えたが、ドアの向こうにあったのは知った顔だった。ドアノブを捻り、ゆっくり開ける。
55
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる