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ようこそいらっしゃいました
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「依人先輩、しっかりしてくださいよぉ」
「だいじょうぶだいじょうぶ、酔ってないって」
「それ酔ってる人が言うやつですって」
回っている世界で誰かに寄りかかっている。
呆れたように声を返しているこの男は誰だったかと思い返して、会社の後輩だと気がつく。
そういえば今日は仕事終わりに飲み会があったんだったなぁと、鼻歌交じりで考える。
気分の良い俺とは反対に後輩は、恥ずかしいから静かにしてくださいよ、と慌てていた。
「このままだと駅まで着けなそうなんで、俺タクシー拾ってきます。依人先輩はここで待っててくださいね!」
視界がぐわんと揺れたかと思うと、寄りかかっていた体が離れる。
頼ることのできなくなった体がふらふらと動き、何かの建物へと続く下り階段の手すりに掴まった。
地下に続く階段ってことはこれが駅なんじゃないのか?なんであいつタクシー呼びに行ったんだ?
駅名を確認しようと入り口のそばにある看板に目を向け霞んだ視界で文字を追う。
えーっと、のみほうだい、にじかんこーす?
なんだ、駅じゃなくて居酒屋か、とやっと駅ではないことに気づいたのと同時に、すれ違う人と肩がぶつかった。
体が浮いている、と思えば、今度は落下を感じる。
え、これ、大丈夫か?とぼんやりしている間に、背中が打ち付けられた。
何故か痛みは感じず、ただ大きな衝撃だけわかる。
頭は打たなくて良かったななんてのんびりしている俺に、騒がしい足音が近づいてきた。きっとぶつかってしまった人だろう。
何か必死に叫んでいるようだけどぼやけた意識では聞き取れない。
大丈夫、痛くないですよ、と伝えるために唇を無理やり引き上げた俺の意識は、そこで途切れた。
なんだかお香のような良い香りがする。
それにこれはハーブか?嗅いだことはあるけど嗅ぎ慣れていない匂いに、意識がだんだん覚醒していく。
無意識に顔の位置を動かすと、そばで人が動いた気配がした。
「気が付かれましたかな」
低く、しっかりとした声が鼓膜を揺さぶる。
なんだか起きないといけないような気がして、ゆっくり瞼を持ち上げた。
「え……?」
目を開いて初めに映り込んだのは、木造の天井だった。
木造であることははっきりとわかるが、天井から下に伸びる鮮やかな葉、壁を伝っているいくつものツタに、おかしいなという感覚が湧く。
どうしてこんな建物の中で横になっているんだ。
自分がいるはずのないところに来てしまったという、なにか予感めいたものを感じながら顔を横に向ける。
すると少し離れた床に、真っ白な肌をした体格の良い男性が座っているのが目に入った。
「ようこそいらっしゃいました」
あぐらをかいて膝に拳をのせているその人は、深々と俺に頭を下げた。
頭を下げていた男性がゆっくり体を戻していく。腰まである長い金色の髪が揺れて眩しく光った。
「え、あの……え?」
筋肉質で大きな体はファンタジー映画で見るような深い緑のローブを着ている。
外見は五十代くらいに見えるが、どっしりとした厳格な雰囲気が、外見の年齢以上の気迫を感じさせる。
「突如このような世界にいらっしゃり、困惑していることでしょう。私からご説明いたします」
背筋をぴんと伸ばした男性は俺を真っ直ぐに見る。
何がなんだかわからないがとりあえず俺も起き上がらなければと上半身を起こそうとしたところで、背中に激痛が走った。
「いっ……!」
「まだ動かれないほうがよろしいかと」
あぁ、そういえば俺階段から落ちたんだっけと思い出しているうちに、後ろから誰かが近づいてくる気配がし、すぐに背中に手がそえられる。
その手に支えられながら、なんとか上半身を起こした。
「ご自身のことはわかりますかな」
「えぇ、はい……でもこんなところにいるはずないと思うんですけど……」
「そう思うのは当然のことです。恐らくここは、あなたの暮らしていた世界ではないのですから」
「え……?」
目が点になるとはこういうことをいうのだろう。
落ち着いて告げられた衝撃の言葉に、俺の頭は働かなくなる。
自分に向けられるホリの深い顔をただ見つめた。
「あなたはニンゲンという種族では?」
「はい、そうですけど……」
「我々はこの世界の他にも別世界が存在すると主張を続けてきました。そのせいでこの村は孤立してしまったが、あなたが証明してくださったのです」
「え、別世界?人間ではない?」
突然のことに与えられた情報を飲み込むことはできない。
しかしそんな俺を納得させるかのように男性は顔を横に向けた。
髪から覗く耳は長く尖っていて、息を呑む。
人間らしさのない真っ白な肌に尖った耳。
こんなのまるで、物語の中のエルフみたいじゃないか。
「我々はあなたを、別世界からの客人として丁重にもてなしたいと考えております」
「はぁ……」
「私の息子がすべての世話をさせていただきます。体の治療も任せていただきたい」
俺の思考を置き去りにとんとんと進んでいく話にぼんやりとしたまま男性が視線で指した後ろ、俺を支えてくれている人物を振り返る。
するとそこには、今までに見た物、人、すべてを超越する美しさの男性が、真剣な面持ちで俺を見ていた。
輝くほどの美しさに、再び俺は、息を呑む。
戸惑いも困惑も不安もすべて忘れて、美しいという思いだけが俺の頭を埋め尽くした。
「だいじょうぶだいじょうぶ、酔ってないって」
「それ酔ってる人が言うやつですって」
回っている世界で誰かに寄りかかっている。
呆れたように声を返しているこの男は誰だったかと思い返して、会社の後輩だと気がつく。
そういえば今日は仕事終わりに飲み会があったんだったなぁと、鼻歌交じりで考える。
気分の良い俺とは反対に後輩は、恥ずかしいから静かにしてくださいよ、と慌てていた。
「このままだと駅まで着けなそうなんで、俺タクシー拾ってきます。依人先輩はここで待っててくださいね!」
視界がぐわんと揺れたかと思うと、寄りかかっていた体が離れる。
頼ることのできなくなった体がふらふらと動き、何かの建物へと続く下り階段の手すりに掴まった。
地下に続く階段ってことはこれが駅なんじゃないのか?なんであいつタクシー呼びに行ったんだ?
駅名を確認しようと入り口のそばにある看板に目を向け霞んだ視界で文字を追う。
えーっと、のみほうだい、にじかんこーす?
なんだ、駅じゃなくて居酒屋か、とやっと駅ではないことに気づいたのと同時に、すれ違う人と肩がぶつかった。
体が浮いている、と思えば、今度は落下を感じる。
え、これ、大丈夫か?とぼんやりしている間に、背中が打ち付けられた。
何故か痛みは感じず、ただ大きな衝撃だけわかる。
頭は打たなくて良かったななんてのんびりしている俺に、騒がしい足音が近づいてきた。きっとぶつかってしまった人だろう。
何か必死に叫んでいるようだけどぼやけた意識では聞き取れない。
大丈夫、痛くないですよ、と伝えるために唇を無理やり引き上げた俺の意識は、そこで途切れた。
なんだかお香のような良い香りがする。
それにこれはハーブか?嗅いだことはあるけど嗅ぎ慣れていない匂いに、意識がだんだん覚醒していく。
無意識に顔の位置を動かすと、そばで人が動いた気配がした。
「気が付かれましたかな」
低く、しっかりとした声が鼓膜を揺さぶる。
なんだか起きないといけないような気がして、ゆっくり瞼を持ち上げた。
「え……?」
目を開いて初めに映り込んだのは、木造の天井だった。
木造であることははっきりとわかるが、天井から下に伸びる鮮やかな葉、壁を伝っているいくつものツタに、おかしいなという感覚が湧く。
どうしてこんな建物の中で横になっているんだ。
自分がいるはずのないところに来てしまったという、なにか予感めいたものを感じながら顔を横に向ける。
すると少し離れた床に、真っ白な肌をした体格の良い男性が座っているのが目に入った。
「ようこそいらっしゃいました」
あぐらをかいて膝に拳をのせているその人は、深々と俺に頭を下げた。
頭を下げていた男性がゆっくり体を戻していく。腰まである長い金色の髪が揺れて眩しく光った。
「え、あの……え?」
筋肉質で大きな体はファンタジー映画で見るような深い緑のローブを着ている。
外見は五十代くらいに見えるが、どっしりとした厳格な雰囲気が、外見の年齢以上の気迫を感じさせる。
「突如このような世界にいらっしゃり、困惑していることでしょう。私からご説明いたします」
背筋をぴんと伸ばした男性は俺を真っ直ぐに見る。
何がなんだかわからないがとりあえず俺も起き上がらなければと上半身を起こそうとしたところで、背中に激痛が走った。
「いっ……!」
「まだ動かれないほうがよろしいかと」
あぁ、そういえば俺階段から落ちたんだっけと思い出しているうちに、後ろから誰かが近づいてくる気配がし、すぐに背中に手がそえられる。
その手に支えられながら、なんとか上半身を起こした。
「ご自身のことはわかりますかな」
「えぇ、はい……でもこんなところにいるはずないと思うんですけど……」
「そう思うのは当然のことです。恐らくここは、あなたの暮らしていた世界ではないのですから」
「え……?」
目が点になるとはこういうことをいうのだろう。
落ち着いて告げられた衝撃の言葉に、俺の頭は働かなくなる。
自分に向けられるホリの深い顔をただ見つめた。
「あなたはニンゲンという種族では?」
「はい、そうですけど……」
「我々はこの世界の他にも別世界が存在すると主張を続けてきました。そのせいでこの村は孤立してしまったが、あなたが証明してくださったのです」
「え、別世界?人間ではない?」
突然のことに与えられた情報を飲み込むことはできない。
しかしそんな俺を納得させるかのように男性は顔を横に向けた。
髪から覗く耳は長く尖っていて、息を呑む。
人間らしさのない真っ白な肌に尖った耳。
こんなのまるで、物語の中のエルフみたいじゃないか。
「我々はあなたを、別世界からの客人として丁重にもてなしたいと考えております」
「はぁ……」
「私の息子がすべての世話をさせていただきます。体の治療も任せていただきたい」
俺の思考を置き去りにとんとんと進んでいく話にぼんやりとしたまま男性が視線で指した後ろ、俺を支えてくれている人物を振り返る。
するとそこには、今までに見た物、人、すべてを超越する美しさの男性が、真剣な面持ちで俺を見ていた。
輝くほどの美しさに、再び俺は、息を呑む。
戸惑いも困惑も不安もすべて忘れて、美しいという思いだけが俺の頭を埋め尽くした。
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