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本編
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吐きそうなほどの緊張で、ぎゅっとシャツの裾を握る。しかし自分の服ではないのを思い出して、すぐに力を緩めた。
「それでは、始めますねー」
一生自分に向けられることは無いだろうと思っていた本格的なカメラが、俺の前にある。
さっき明が撮影してた場所からほど近いスタジオで、新たな撮影が始まった。今度は腕時計の宣伝用の写真らしい。
「緊張してる? 成海くん」
「え? いや、うん」
しどろもどろに視線をさ迷わせる俺に、明は微笑む。大丈夫だと伝える微笑みを受けて、俺は少しだけ安心した。
明が信じてくれるなら、どうにかやりきるしかない。
俺の体が映るのは肩の一部くらいで、性別も年齢もわからないようにすると言われていた。
「ごめん、ちょっと我慢してね」
深いネイビーのワイシャツを羽織っている明が、俺と向かい合う。俺は着ている白のワイシャツのボタンをすべてしめているけど、明はひとつもとめていなかった。
シャツの間から、美しい腹筋が見え隠れする。
「え、俺、どうしたらいい?」
「成海くんはそのままじっとしてて」
向かい合って立っている明が近づいてきて、俺の体を抱きしめる。明の左手が、俺の肩に置かれた。
顔は見えないけどまとう空気を変えた明、そして醸し出される色気にあてられて、ゾクッと体が微かに震える。
頭を真っ白にしながらも、俺はただ、じっとしていることに集中した。
ガチガチに硬くなる俺の肩を、明が優しく撫でる。
「大丈夫、そんなに硬くならないで」
「っ」
耳元で発せられた声が、頭の中をかき乱す。
優しく抱きしめられている格好と、俺だけに聞こえる囁き声に、さらに鼓動を速くした。
「俺のことだけ考えて」
うっとりと、肌をなでつけるような声。体に熱が集まるのを感じるとともに、今、明はどんな顔をしているんだろうと思った。
これもすべて、撮影のために俺の緊張を解こうとやっているだけなのか?
明にとってはいつもと同じなのか? 俺じゃなく、他のモデルが相手でも。
明に気づかれないように、俺は密かに、理由の分からない痛みを胸に感じる。
シャッター音が何度も鳴るなか、俺の意識は明に支配されていた。
ピンポン、と鳴ったチャイムに、玄関のドアを開ける。部屋の前には、明の仕事仲間であり、俺を撮影に誘った女性が立っていた。
「こんにちは。忙しいところごめんね」
「こんにちは。いえ、わざわざありがとうございます」
「AKIは今日も取材でしたっけ」
「そうみたいですね」
撮影の日から一週間と少し。明は他の撮影や取材で忙しくしていた。俺も夏休みだからとアルバイトのシフトを多めに入れていたから、ここ最近は明とゆっくり話もできていない。
今日も忙しくしている明に代わり、俺が写真を受け取ることになっていた。
「AKIに渡しても良かったんだけど、重いから……この前は本当にありがとうございました」
「え、これって……」
てっきり数枚の写真を渡されるのだろうと思っていたのに、差し出された紙袋は予想外な重さだった。
中を見ると、二冊の本が見える。
「せっかくならと思って、フォトブックにしてみたんです。世界に二冊だけですよ」
女性はピースサインのように指を二本立てる。そして少し興奮気味に話し出した。
「彼、他のモデルとの撮影だと嫌がるんです。人気モデルといってもまだ若いからか、密着する撮影だとちょっと顔にも出ちゃったりして……。でもこの日の撮影は完璧でした。私たちのイメージ以上に素晴らしいものになったって、スタッフも喜んでるんです」
だから本当にありがとうございました、と頭を下げる女性に、俺も慌てて、こちらこそと頭を下げる。
まだどんな写真になったのかも見ていないのに、明の手伝いをできたことが、少し誇らしく思えた。
「それでは、始めますねー」
一生自分に向けられることは無いだろうと思っていた本格的なカメラが、俺の前にある。
さっき明が撮影してた場所からほど近いスタジオで、新たな撮影が始まった。今度は腕時計の宣伝用の写真らしい。
「緊張してる? 成海くん」
「え? いや、うん」
しどろもどろに視線をさ迷わせる俺に、明は微笑む。大丈夫だと伝える微笑みを受けて、俺は少しだけ安心した。
明が信じてくれるなら、どうにかやりきるしかない。
俺の体が映るのは肩の一部くらいで、性別も年齢もわからないようにすると言われていた。
「ごめん、ちょっと我慢してね」
深いネイビーのワイシャツを羽織っている明が、俺と向かい合う。俺は着ている白のワイシャツのボタンをすべてしめているけど、明はひとつもとめていなかった。
シャツの間から、美しい腹筋が見え隠れする。
「え、俺、どうしたらいい?」
「成海くんはそのままじっとしてて」
向かい合って立っている明が近づいてきて、俺の体を抱きしめる。明の左手が、俺の肩に置かれた。
顔は見えないけどまとう空気を変えた明、そして醸し出される色気にあてられて、ゾクッと体が微かに震える。
頭を真っ白にしながらも、俺はただ、じっとしていることに集中した。
ガチガチに硬くなる俺の肩を、明が優しく撫でる。
「大丈夫、そんなに硬くならないで」
「っ」
耳元で発せられた声が、頭の中をかき乱す。
優しく抱きしめられている格好と、俺だけに聞こえる囁き声に、さらに鼓動を速くした。
「俺のことだけ考えて」
うっとりと、肌をなでつけるような声。体に熱が集まるのを感じるとともに、今、明はどんな顔をしているんだろうと思った。
これもすべて、撮影のために俺の緊張を解こうとやっているだけなのか?
明にとってはいつもと同じなのか? 俺じゃなく、他のモデルが相手でも。
明に気づかれないように、俺は密かに、理由の分からない痛みを胸に感じる。
シャッター音が何度も鳴るなか、俺の意識は明に支配されていた。
ピンポン、と鳴ったチャイムに、玄関のドアを開ける。部屋の前には、明の仕事仲間であり、俺を撮影に誘った女性が立っていた。
「こんにちは。忙しいところごめんね」
「こんにちは。いえ、わざわざありがとうございます」
「AKIは今日も取材でしたっけ」
「そうみたいですね」
撮影の日から一週間と少し。明は他の撮影や取材で忙しくしていた。俺も夏休みだからとアルバイトのシフトを多めに入れていたから、ここ最近は明とゆっくり話もできていない。
今日も忙しくしている明に代わり、俺が写真を受け取ることになっていた。
「AKIに渡しても良かったんだけど、重いから……この前は本当にありがとうございました」
「え、これって……」
てっきり数枚の写真を渡されるのだろうと思っていたのに、差し出された紙袋は予想外な重さだった。
中を見ると、二冊の本が見える。
「せっかくならと思って、フォトブックにしてみたんです。世界に二冊だけですよ」
女性はピースサインのように指を二本立てる。そして少し興奮気味に話し出した。
「彼、他のモデルとの撮影だと嫌がるんです。人気モデルといってもまだ若いからか、密着する撮影だとちょっと顔にも出ちゃったりして……。でもこの日の撮影は完璧でした。私たちのイメージ以上に素晴らしいものになったって、スタッフも喜んでるんです」
だから本当にありがとうございました、と頭を下げる女性に、俺も慌てて、こちらこそと頭を下げる。
まだどんな写真になったのかも見ていないのに、明の手伝いをできたことが、少し誇らしく思えた。
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