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「こんなに酷いのは久々だね」
「そうですね……」
頼りない小さな屋根の下で僕たちは灰色の空を見上げていた。
空を覆う厚い雲からは大粒の雨が滝のように降り、時々ぴかっと稲妻が走る。
町に用事ができたディランさんに誘われ、今日は僕も一緒にお供させてもらっていた。以前王子と町に行ったときに通りかかったパン屋が美味しそうだったとユキ様に聞いて以来、いつかユキ様に持ち帰ってきたいと思っていたのだ。
ディランさんの果たすべき用事であった町の商人との話し合いを終え、いざパンを買いに移動を始めたところで突然降りだした激しい雨に、僕たちは逃げるように人気のない何かの店の軒先にお邪魔した。
そんなに酷く濡れてはいないが前髪が額に張り付いて鬱陶しい。
町の人たちも突然の雨に姿を消し、辺りには雨粒が地面を打ち付ける音だけ。ちらりと後ろを確認するとどうやらこの店は休業日のようで中は真っ暗だ。
張り付く前髪を気にしながら隣を盗み見れば、空を見上げていたディランさんが不意に僕を見る。
盗み見ていたことがばれてしまった恥ずかしさで急いで視線を外そうとしたが、稲妻のように強い光をたたえた瞳に身動きがとれなくなる。
なんだろう。こんなディランさんは知らない。
「セス」
固まっている僕の顎に指先が触れる。ごくりと唾を飲み込むと顎が引き上げられる。
僕も名前を呼ぼうと思った。けれどその前に、優しく唇が塞がれてしまう。
「ん」
重なりあった唇は軽く押し付けられたまま数秒が過ぎる。あのディランさんとキスをしているなんて信じられなくて心臓はばくばくと速く動く。
唇が離れると閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。視線の先のディランさんの耳は、少し赤くなっているように思う。
「実は町に来る前、王子に今日は帰ってこなくてもいいと言われたんだ。俺たち最近休みがなかったから」
王子、今日、帰らなくてもいい、ディランさんとこのままふたり。
予想外な言葉に頭の回転は遅くなり上手く反応を返すことができない。
僕が黙ったままでいたからか、どこか熱っぽかった視線を伏せてディランさんは体の向きをまた町の通りへと向けた。
「……王子のお言葉に甘えたい、です」
ユキ様に何も言っていないから不安はあるが、きっと王子とユキ様との間で話は通っているのだろう。
ディランさんが抱いている期待に応えたいと思った。僕だって同じ期待を抱いていたから。
ふかふかのソファの端に縮こまるように座っていると、濡れた髪をタオルで拭きながらディランさんがこちらに近づいてきた。あまり見つめても失礼かと視線は豪華な部屋にさ迷わせる。
「そんなに端に座らなくてもいいのに」
「なんだか慣れなくて……」
「城と同じようなものだと思うけど」
ディランさんに任せてただ彼の後を付いてきた宿で通されたのはオーウェン王子の城のように豪華な部屋だった。
ディランさんが言うように普段過ごしている城と同じようなものだが、自分が自由に過ごしていいとなると途端に緊張してしまう。
タオルを側にあるテーブルに置いたディランさんんは僕の隣に座った。大きなソファで腕が触れあうほどの思わぬ近さに心臓が跳ねる。
こういうときどうすればいいのかわからず黙っている僕の首筋に、ディランさんが顔を近づかせる。
「石鹸の匂いがするね」
「……ディランさんもしますよ」
「うん、同じ匂いだ」
部屋に通されてまず体を流させてもらった。ディランさんに先に浴室に使っておらおうと粘ったが結局僕が先に使うことになり、ディランさんが出るまでソファで縮まっていたのだ。
服は雨で濡れていたため僕もディランさんも用意されていたシルクの白いガウンを羽織っている。
「セス、君とキスがしたい。もっと触れたい。セスのすべてを知りたい」
僕の顔を覗き込むディランさんの瞳は熱に浮かされたかのようだ。丁寧に真っ直ぐ伝えられる想いに体が熱くなる。
「僕も同じ気持ちです」
どう伝えたらいいのかわからなくて、胸のなかに自然と浮かんだ言葉をそのまま口にする。
するとディランさんの整った顔がゆっくりと近づいてきた。
「そうですね……」
頼りない小さな屋根の下で僕たちは灰色の空を見上げていた。
空を覆う厚い雲からは大粒の雨が滝のように降り、時々ぴかっと稲妻が走る。
町に用事ができたディランさんに誘われ、今日は僕も一緒にお供させてもらっていた。以前王子と町に行ったときに通りかかったパン屋が美味しそうだったとユキ様に聞いて以来、いつかユキ様に持ち帰ってきたいと思っていたのだ。
ディランさんの果たすべき用事であった町の商人との話し合いを終え、いざパンを買いに移動を始めたところで突然降りだした激しい雨に、僕たちは逃げるように人気のない何かの店の軒先にお邪魔した。
そんなに酷く濡れてはいないが前髪が額に張り付いて鬱陶しい。
町の人たちも突然の雨に姿を消し、辺りには雨粒が地面を打ち付ける音だけ。ちらりと後ろを確認するとどうやらこの店は休業日のようで中は真っ暗だ。
張り付く前髪を気にしながら隣を盗み見れば、空を見上げていたディランさんが不意に僕を見る。
盗み見ていたことがばれてしまった恥ずかしさで急いで視線を外そうとしたが、稲妻のように強い光をたたえた瞳に身動きがとれなくなる。
なんだろう。こんなディランさんは知らない。
「セス」
固まっている僕の顎に指先が触れる。ごくりと唾を飲み込むと顎が引き上げられる。
僕も名前を呼ぼうと思った。けれどその前に、優しく唇が塞がれてしまう。
「ん」
重なりあった唇は軽く押し付けられたまま数秒が過ぎる。あのディランさんとキスをしているなんて信じられなくて心臓はばくばくと速く動く。
唇が離れると閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。視線の先のディランさんの耳は、少し赤くなっているように思う。
「実は町に来る前、王子に今日は帰ってこなくてもいいと言われたんだ。俺たち最近休みがなかったから」
王子、今日、帰らなくてもいい、ディランさんとこのままふたり。
予想外な言葉に頭の回転は遅くなり上手く反応を返すことができない。
僕が黙ったままでいたからか、どこか熱っぽかった視線を伏せてディランさんは体の向きをまた町の通りへと向けた。
「……王子のお言葉に甘えたい、です」
ユキ様に何も言っていないから不安はあるが、きっと王子とユキ様との間で話は通っているのだろう。
ディランさんが抱いている期待に応えたいと思った。僕だって同じ期待を抱いていたから。
ふかふかのソファの端に縮こまるように座っていると、濡れた髪をタオルで拭きながらディランさんがこちらに近づいてきた。あまり見つめても失礼かと視線は豪華な部屋にさ迷わせる。
「そんなに端に座らなくてもいいのに」
「なんだか慣れなくて……」
「城と同じようなものだと思うけど」
ディランさんに任せてただ彼の後を付いてきた宿で通されたのはオーウェン王子の城のように豪華な部屋だった。
ディランさんが言うように普段過ごしている城と同じようなものだが、自分が自由に過ごしていいとなると途端に緊張してしまう。
タオルを側にあるテーブルに置いたディランさんんは僕の隣に座った。大きなソファで腕が触れあうほどの思わぬ近さに心臓が跳ねる。
こういうときどうすればいいのかわからず黙っている僕の首筋に、ディランさんが顔を近づかせる。
「石鹸の匂いがするね」
「……ディランさんもしますよ」
「うん、同じ匂いだ」
部屋に通されてまず体を流させてもらった。ディランさんに先に浴室に使っておらおうと粘ったが結局僕が先に使うことになり、ディランさんが出るまでソファで縮まっていたのだ。
服は雨で濡れていたため僕もディランさんも用意されていたシルクの白いガウンを羽織っている。
「セス、君とキスがしたい。もっと触れたい。セスのすべてを知りたい」
僕の顔を覗き込むディランさんの瞳は熱に浮かされたかのようだ。丁寧に真っ直ぐ伝えられる想いに体が熱くなる。
「僕も同じ気持ちです」
どう伝えたらいいのかわからなくて、胸のなかに自然と浮かんだ言葉をそのまま口にする。
するとディランさんの整った顔がゆっくりと近づいてきた。
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