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祭
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賑やかな声と笑顔が満ちている。活気がある街にはいつも以上に人が多く、どこに行っても美味しそうな匂いが漂っていた。
並ぶ露店を眺めながら、騒がしい通りを歩く。食べ物、調味料、陶器、魔具、宝石類など、様々な店が集まっていた。
「人が多い場ですが、大丈夫ですか?」
「え?」
あの食べ物はなんだろうと眺めながら歩いていると、隣から声がかかる。声の方に顔を向けながら気の抜けた返事をしてしまった。
こちらを気遣いげに見る紫色の瞳と目が合うと、慌てて姿勢を正す。賢者という立場も忘れて、ぼうっと歩いているところを彼に見られてしまったのは気恥ずかしかった。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「何か気になるものがあれば仰ってください」
いつもとあまり様子が変わらないルーフスさんが隣を歩いている。二人で隣合って歩いていることも、お互いに軽装であることも新鮮で、そわそわと落ち着かない。
ルーフスさんのせっかくの休日を僕の案内に使うのは申し訳ないけど、休みを一緒に過ごせるのは嬉しかった。
すれ違う人を避けながら、今度は僕から声をかける。
「毎年祭の時期はこんなに人が多いのですか?」
「えぇ、そうですね。といってもこれ程に集まるのは始まって三日目くらいまでと最終日でしょうか。祭自体は二十日間続きます」
「二十日間……長いですね」
「祭の期間中もですが、準備期間から街には人が多く集まります。人が多くなると犯罪も増加しますから、お気をつけください」
残念なことですが、と付け加えられた言葉に頷く。辺りを見渡せば道行く人も、商売人も、笑顔で祭を楽しんでいる。こんなに楽しい時間が犯罪で汚されないよう、国に関わる者として改めて身を引きしめた。
そのまま二人で歩いていると、ふと花の匂いに気づく。深く甘い香りに興味を引かれ、視線を動かした。
「ルーフスさん、あれは……」
「あぁ、花のアーチですか。せっかくですし、もう少しそばで見ていきましょうか」
「ありがとうございます」
人の切れ間から見えた鮮やかな色に近づいていく。広場に設けられたアーチには色とりどりの花が飾られていた。甘い匂いが強くなる。
「建国の祝いと繁栄を願ったことが起源の祭ではありますが、いつからか人々の生活が豊かになるようにという祈りも加わりました。あの花のアーチをくぐると精霊の加護を得られると信じられるようになったんです」
この国の歴史や慣習、祭の起源などについては知識として頭に入っている。この地で生まれ育ったルーフスさんから語られると、ただ知識として持っていた情報が、実感を伴ったものに変化した。
実際にアーチをくぐるたくさんの笑顔を見て、じんわり胸が温かくなる。この国で生きている人々を、この地の歴史を直に体感し、興奮が広がった。
「こんなに鮮やかで綺麗で、良い匂いがするんですね」
子供も大人も、歩いて、人によっては走って華やかなアーチをくぐっていく。微笑ましい光景を眺めていると、近くで誰かが立ち止まった気配がした。
「ちょうど良かったルーフス。休みだと聞いてるが、少し手伝ってくれないか?」
聞こえたのは僕らよりも年上だろうとわかる、低い声だった。ルーフスさんの向こうにある顔はこちらからは見えない。しかし纏っている鎧で、騎士だと気づいた。
「この辺りの指揮が上手く取れていないらしい。俺はすぐに他へ移らなきゃならなくてな……すまんが指示だけ出しておいてくれないか? お前なら誰も文句を言わないはずだ」
「俺がですか? 指示を出すのは構いませんが……」
祭の見回りには城の騎士も参加していると聞いていたから、きっと見回りに関してのことだろう。チラッと僕に視線を向けたルーフスさんに気づいたのか、鎧を着た体が動く。城で何度か見かけたことがある男性と目が合った。
「賢者様? 申し訳ありません、ルーフスとご一緒だとは……」
「いえ、お気になさらないでください。僕はアーチを近くで見てきますね」
僕がいたら気を遣わせてしまうだろう。もともとアーチをもっと近くで見たいとも考えていたから、一人、ルーフスさんたちから離れる。広場の中心へ足を進めた。
並ぶ露店を眺めながら、騒がしい通りを歩く。食べ物、調味料、陶器、魔具、宝石類など、様々な店が集まっていた。
「人が多い場ですが、大丈夫ですか?」
「え?」
あの食べ物はなんだろうと眺めながら歩いていると、隣から声がかかる。声の方に顔を向けながら気の抜けた返事をしてしまった。
こちらを気遣いげに見る紫色の瞳と目が合うと、慌てて姿勢を正す。賢者という立場も忘れて、ぼうっと歩いているところを彼に見られてしまったのは気恥ずかしかった。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「何か気になるものがあれば仰ってください」
いつもとあまり様子が変わらないルーフスさんが隣を歩いている。二人で隣合って歩いていることも、お互いに軽装であることも新鮮で、そわそわと落ち着かない。
ルーフスさんのせっかくの休日を僕の案内に使うのは申し訳ないけど、休みを一緒に過ごせるのは嬉しかった。
すれ違う人を避けながら、今度は僕から声をかける。
「毎年祭の時期はこんなに人が多いのですか?」
「えぇ、そうですね。といってもこれ程に集まるのは始まって三日目くらいまでと最終日でしょうか。祭自体は二十日間続きます」
「二十日間……長いですね」
「祭の期間中もですが、準備期間から街には人が多く集まります。人が多くなると犯罪も増加しますから、お気をつけください」
残念なことですが、と付け加えられた言葉に頷く。辺りを見渡せば道行く人も、商売人も、笑顔で祭を楽しんでいる。こんなに楽しい時間が犯罪で汚されないよう、国に関わる者として改めて身を引きしめた。
そのまま二人で歩いていると、ふと花の匂いに気づく。深く甘い香りに興味を引かれ、視線を動かした。
「ルーフスさん、あれは……」
「あぁ、花のアーチですか。せっかくですし、もう少しそばで見ていきましょうか」
「ありがとうございます」
人の切れ間から見えた鮮やかな色に近づいていく。広場に設けられたアーチには色とりどりの花が飾られていた。甘い匂いが強くなる。
「建国の祝いと繁栄を願ったことが起源の祭ではありますが、いつからか人々の生活が豊かになるようにという祈りも加わりました。あの花のアーチをくぐると精霊の加護を得られると信じられるようになったんです」
この国の歴史や慣習、祭の起源などについては知識として頭に入っている。この地で生まれ育ったルーフスさんから語られると、ただ知識として持っていた情報が、実感を伴ったものに変化した。
実際にアーチをくぐるたくさんの笑顔を見て、じんわり胸が温かくなる。この国で生きている人々を、この地の歴史を直に体感し、興奮が広がった。
「こんなに鮮やかで綺麗で、良い匂いがするんですね」
子供も大人も、歩いて、人によっては走って華やかなアーチをくぐっていく。微笑ましい光景を眺めていると、近くで誰かが立ち止まった気配がした。
「ちょうど良かったルーフス。休みだと聞いてるが、少し手伝ってくれないか?」
聞こえたのは僕らよりも年上だろうとわかる、低い声だった。ルーフスさんの向こうにある顔はこちらからは見えない。しかし纏っている鎧で、騎士だと気づいた。
「この辺りの指揮が上手く取れていないらしい。俺はすぐに他へ移らなきゃならなくてな……すまんが指示だけ出しておいてくれないか? お前なら誰も文句を言わないはずだ」
「俺がですか? 指示を出すのは構いませんが……」
祭の見回りには城の騎士も参加していると聞いていたから、きっと見回りに関してのことだろう。チラッと僕に視線を向けたルーフスさんに気づいたのか、鎧を着た体が動く。城で何度か見かけたことがある男性と目が合った。
「賢者様? 申し訳ありません、ルーフスとご一緒だとは……」
「いえ、お気になさらないでください。僕はアーチを近くで見てきますね」
僕がいたら気を遣わせてしまうだろう。もともとアーチをもっと近くで見たいとも考えていたから、一人、ルーフスさんたちから離れる。広場の中心へ足を進めた。
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