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第84話 追憶

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白鴎院賢一郎、彼との出会いは豪華客船シー・サマー号だった。
ヨコハマから出発するこの船は、各国をゆっくり公開して最終地シンガポールまで航海で期間はおよそ3週間。豪華客船としては、のんびり各国で買い物ができるゆとりのプランだった。

俺は祖父と祖母と一緒にその客船に乗り込んだ。
当初は母親と妹の沙希も行く予定だったが、沙希が熱を出して母親がその看病の為に残ることになった。

祖父達の長年の夢でもあった豪華客船でのゆとり旅は、一生に一度ということで最上級の値段の部屋を予約したようだ。

客室は豪華で部屋も何室もあった。
走り回ったり、床に寝転んだりもした。
来れなかった沙希と母親が可哀想だとも思っていた。

船が出発して何日かは楽しかった。
いろいろなイベントがあったりして、飽きさせない心配りがあった。
だが、所詮それは大人向けのものが多く、子供だった俺は少し飽きてきたのだと思う。

そんな時に出会ったのが、賢ちゃんとゆりちゃんだった。
元々、子供がこの船に乗ってるのは少なくて2人とは食事中だとかで顔を見たことがあった。

だが、この日、俺は甲板に出て持ってきた独楽を回そうと一生懸命紐をぐるぐる巻いていた。

だが、投げると明後日の方に飛んでいき、上手く回らない。
そんな、遊びをひとりでしてると「何してるの?」と声をかけられた。

賢ちゃんだった。
俺は独楽を上手く回せないといい、お付きの男性が俺に目を手本を見せてくれた。
独楽は、軸を左右する事なくその場1点でただ回っていた。

この事が凄いことは俺が1番よく知っている。
独楽はどうしても投げた反動で軸が揺れてあちこちに動き出すものなのだ。

今、思えば独楽を回してくれた人は聡美姉のお父さんだったようだ。
賢ちゃんの後ろに隠れて見ていたゆりちゃんが「藤宮さん、凄い」と言っていたからだ。

それから、俺達3人はよく遊んだ。
お互いの部屋を行き来したり、一緒にプールに入ったり、時には一緒にお昼寝もした。

地元の子達ともこんなに仲良くなれたことはなかった。
きっと、豪華客船という密閉された空間であったからこその出会いだったと思う。

そして、あの事件が起きた……

ベトナムのホーチミン市のプーミーに停泊中であったシー・サマー号をテロ団体『血塗られた鷹』が襲ったのだ。

彼らの目的は単純に金だった。
豪華客船内にはカジノがある。
そして銀行もだ。

彼らは資金調達の為に、豪華客船を襲った。
だが、それだけではない。
ブルジョワ階級への憎しみもそこにあったに違いない。

海と陸から攻撃を受けて客船に乗り込まれてからは悲惨の一言だった。
彼らは乗客を物として扱った。
気に食わなければ殺し、良い女がいれば犯す。

無法地帯と化したこの船で俺は、祖父と祖母を失った。
そして、俺は賢ちゃんと共に拉致されたのだった。

百合子が無事だったのは、女性警護官のお陰らしい。
一緒にいた女性警護官が、すぐに百合子を隠したのだという。

拉致された子供は俺と賢ちゃんだけではなかった。
総勢、6名の国籍の違う子供がその時一緒に拉致されたのだ。

彼らの目的は、子供達の教育。
ブルジョワ階級の子供達が人殺しに堕ちていく様がおかしかったらしい。

俺と賢ちゃんは必死になって生き延びた。
食べ物の配給がない時は、死んだ子供にたかっていた蛆を食べたこともある。

きっと助けが来る……

そう言い聞かせてくれた賢ちゃんの言葉を希望にして生きていた。
だが、数年経つと俺も賢ちゃんもそんな事を口にしなくなっていた。
感情が無くなっていたんだ。
死ぬ事が怖く無くなっていた。
死ねる事が救いなんだとこの時はじめて思った。

僅かに心に残る感情は、賢ちゃんを慕う気持ちだけだった。
彼は、運動はあまり得意ではない。
持久力も俺よりなかった。

だが、頭と目が良かった。
彼はスナイパーとして訓練されていた。

自ら動きながら標的を捕らえることは苦手だったが、静止してターゲットを狙う技術はテロ組織1の腕前だった。

俺は、賢ちゃんとは逆で、特攻が得意だ。
相手の懐の潜り込んで殺す、これが俺のスタイルだった。

任務は月に2~3回だった。
テロ組織のリーダー、ヒダヤットは俺達を番号で呼んだ。
俺は94番、賢ちゃんは93番だった。

諸点はどこかの島だったが、あちこち変わった。
次々と新人の子供が拉致、若しくは売られてここに来た。
俺と賢ちゃんはいつも間にか組織の中堅になっていた。

そして、運命の日が来たんだ。

タイとミャンマーの国境付近で中共による密かな進行があった。
俺と賢ちゃんを含む数人はその進行する中共の軍の司令官を暗殺する事だった。

数日、ジャングルの中を歩いて中共のベースキャンプを見つけた。
普通なら、斥候役の俺が突入して暗殺するのがパーターンだったが、この時ばかりは、サブ・リーダーだったモハメドに賢ちゃんの護衛をするように言われた。

理由を考えても仕方がないが、新しく入った子供兵に実戦を積ませたかったらしい。

俺は、定位置でライフルを構える賢ちゃんの護衛をしていた。
他の者は、ベースキャンプに密かに潜り込もうとしていた。
だが、新しく入った新人がヘマをした。
彼は、基地周辺に埋めてあった地雷を起動させてしまったのだ。

新人の足が吹き飛び、銃声が鳴り響いた。
その時の流れ弾が俺の額を掠った。

敵に狙いをつけてた賢ちゃんは俺を解放しようとして、敵に撃たれた。
俺はその反動で谷底に落ちてしまったのだ。

その時、意識のなかった俺を川沿いを歩いていたユリアに救助された。
ユリアは特命を受けてタイ側の潜入兵として潜り込んでいたようだ。


~~~~~


そうか、俺も助かったけど、賢ちゃんも助かったのか……

賢ちゃんはおそらく遠くのビルの上からここを狙って撃ったのだろう。
1Kmぐらい離れてても賢ちゃんならこれぐらいのことはできる。
それに、最初の黒頭巾とは別人だ。
あまりにも、声が違いすぎる。

それに、こちら側の会話と映像がわかるのは。西音寺公彦か連れてきた兵隊が持っているのだろう。

「カズキ、お前は生きてるか?」

画面越しに賢ちゃんがそう問いかける。
その言葉の重みは俺達が1番よく知っている。

「どういう意味だい?呼吸をして腹が空いたら飯を食って、そういう意味なら生きているよ」

「それを生きてるとは言わない。カズキ、俺のところに来ないか?」

「俺も少し聞きたいのだが、下で打ち上げた花火、それとこいつらを利用した理由が聞きたい」

「ああ、こいつらか、日本の頭のおかしな思想団体が『血塗られた鷹ブラッディー・ホーク』にアクセスしてきた。銃火器と爆弾を売ってくれとね。その決済の時、こいつらは偽札を俺達に渡したんだよ。本当はその場で殺すつもりだったのだが、その技術が割と良くできてるから利用させてもらおうと思ってね、その技術を組織の一部に組み込んでやっただけだ。まあ、使い捨てのコマだよ。こいつらは」

「じゃあ、賢ちゃんが企てた計画ではなかったと?」

「ああ、こんな世界で平等だとか訴えるアホとは関係がない。それなりの物は提供したがね」

やはり、この計画を企てたアホな黒頭巾がもうひとりいるようだ。

「そうか、わかったよ。俺は賢ちゃんとは行けない」

「カズキ……さて、俺はそろそろ行くよ。俺を付け狙う奴もいるんでね。また、会える日を楽しみにしてるよ」

「ああ、俺もだ」

映像は途切れて、いつものニュースに戻った。

さっきまでの華やかで賑やかな宴は打って変わり静寂が漂っている。

そんな中で俺に向かって走って来る人がいた。
高いヒール履いたまま綺麗なドレスを着て走りづらそうに、それでも必死にかけてくる。
人混みをかき分けて、そして俺はその人物と対面した。

「かーくん……だよね?」

「ゆりちゃん……」

「かーくん!」

百合子はそのまま俺に飛び込んできた。
俺は百合子を抱えてそして抱きしめた。

「会いたかった……会いたかったよ……」

百合子の声が会場に響く。

俺は黙って百合子を抱きとめていた。


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