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第67話 夜のシンジュク

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鰻澤さんと待ち合わせした店に辿り着いたのは、ちょうど約束の時間より1時間過ぎた頃だった。

『CLUB ブルーメ』のドアを開けて中に入る。
煌びやかな内装に女性の香水の匂いが漂っている。
この界隈では、高級CLUBで有名な店だ。

「いらっしゃいませ」

品の良いドレスを着た女性に声をかけられる。
鰻澤さんと待ち合わせをしてる旨を伝えると、奥にあるVIP席に案内された。

裕福そうなサラリーマン達が女性を相手に酒を飲んでいる。
ほとんど席は埋まっており、平日にも関わらず店は繁盛してるようだ。

「お待ちしておりました。どうぞ」

鰻澤さんがお辞儀して俺に席を進める。
鰻澤さんのその対応を見た奥に座ってた建設会社の社長も立ち上がり深々と俺にお辞儀した。

接待していた店の女性達も俺を見つめている。
何者だ?こいつ……といった感じなのだろう。

「遅れてすまない」
「いいえ、事前に連絡を受けてます。それに場も温かくなってきたところです」

鰻澤さんがそう言うと建設会社の社長は名刺を俺に差し出した。
丹堂建設(株)代表取締役 丹堂峰造と書かれていた。
俺もウィステリア探偵事務所の名刺を渡す。
丹堂社長はその名刺をマジマジと見ていた。

一通りの顔合わせが済んで、場は酒宴へと移行する。
若くて綺麗なドレスに身を包んだ女性が「何になさいますか?」と聞いてきたので、皆と同じものを、と答える。

酒を飲める年齢ではないが、俺は裏の世界の人間だ。
法を守る必要はない。
だが、酒は感覚を鈍らすから飲まないが……

水割りが用意されて、皆でグラスを合わせる。
女性が場を盛り上げるために気を配りながら会話を合わせている。
プロだけあって、その会話はとても自然だ。

しばらくすると、和服を着た美女がその場に現れた。

「こんばんは。義三郎さん、久しぶりね。それに丹堂さんもいらっしゃい。あら、こちらは初めてね。私には紹介して下さらないの?」

「こちらは紫藤の兄貴のところのお方だ。親父のお気に入りでもある」

鰻澤さんが俺をその和服美人の紹介する。

「まあ、紫藤さんの?それに左近さんに気に入られたの?お若いのに凄いわね」

左近ってあの元組長の爺さんだっけ……

「東藤和輝です。初めまして」
「まあ、挨拶してくださって有難うございます。私は、この店のオーナーで弓風忍と言います。どうぞ末長くご贔屓して下さいね」

弓風忍と言う女性は30歳半ばと思われる。店のオーナーだけあって男に隙を見せながら隙がない、そんな女性だった。


それから1時間後……


「がははは、そうか、そうか」

酔っぱらった丹堂社長が俺の肩を日焼けした筋肉隆々の手でバンバン叩く。
蓼科さんといい、この酔っ払い社長といい、なんで俺の肩を叩くんだ?

「なんだ。カズキは高校生か、なら仕方がないな。ガハハハ」

酒を勧めても俺が断っているので事情を話すと丹堂社長はご機嫌になって笑っている。

「ええ、まあ」
「それにしても、イケメンよね。カズキくんはモテるでしょう?」

オーナーの忍さんまで、酒を飲んで少し良い気分になってるようだ。

「そんな事ないです」
「嘘おっしゃい!ミカもスズもそう思うでしょう?」

ミカとスズと呼ばれる女性はこの店のNo.1とNo.2らしい。
タイプこそ違うが2人ともとても綺麗な女性だ。

「思いますよ。芸能界でもホストでもこんな綺麗な顔した子いないわよ」
「うん、うん私もそう思う。このまま連れて帰りたい」

「ほら、ご覧なさい。うちのNo.1とNo.2がそう言ってるのよ。自信持ちなさいよ」

そう言ってオーナーの忍さんまでも俺の肩を叩き出した。

俺の肩は叩きやすいのか?

それに、モテるとかモテないとかそんな事人殺しの俺には関係ないと思うのだが……

「うちの親父もお嬢の娘を紹介すると言ってましたよ」

鰻澤さんまでそう話す。
俺はそう言う話は苦手なんだが……

はあ~~早く家に帰りたい……





~鈴谷羅維華~

「ああ、もう一度会いたいな……」

私はある事件で犯人の人質となってしまった。
犯人に銃を突きつけられた時はもうおしまいだと思った。

そんな時に助けてくれてあの人……

最初は白い仮面をつけてたけど、犯人の銃が掠ってそのお面が外れた。
私は、出会ってしまった。
白馬に乗った王子様に……

その出会いは、子供の頃からの夢だったものと同じだ。
私が危ない時に颯爽と現れて助けてくれる素敵な人。

小さい頃は隣に住んでる光希がその存在だと思ってた。
でも、光希は子供っぽくって優柔不断な子。
可愛い子なら誰でもいいみたい。
私の理想とはかけ離れている。

ああ、もう一度会いたい。会ってお礼が言いたい。

あの人を思い続けてどれくらい時間が経っただろうか?
1年、2年……それほど長く感じる。

本当はまだ数週間しか経ってないけど……

でも、私はあの人じゃなきゃもうダメみたい。

どこに住んでるのか?
年齢は?
何の食べ物が好きなの?

いろいろ聞きたい、知りたい、会いたい……

そんな風に思いつめてると友達が「それは吊り橋効果だよ。熱しやすくて直ぐに冷めるよ」と言っていた。

確かにそうかもしれない。
でも、今の私にはあの人じゃなきゃダメなんだ。

私が落ち込んでいると友達の美咲が、彼らしき人物をシンジュクで見たと言っていた。

もう、私にはそれしか手がない。

探しに行こう!

1人で歩く夜のシンジュクは怖かった。
でも、あの人は多分、こういう街に住んでる人だ。
危険な香りのする男の人だと理解してる。
そうでなければ、銃を持ってる相手に素手で臨んだりしない。

私は、探し回った。
でも、そんな中、変な男達に絡まれてしまった。
こうなる危険も頭の隅にはあったけど、あの人を探す方が優ってた。

こんな男達は、強気に出れば逃げるはず、そう思ってたけど、全然ダメだった。
このままじゃ、私、この男達に……

助けて、誰か助けて……

私は、心の中で叫んでいた。

そんな時、私の前のあ、あの人が……探していたあの人が現れた。

絡んでいた男達をあっという間に倒してしまった。
強い、本当に強い人だ……

早くお礼を言わないと……早く……

焦れば焦るほど、言葉の代わりに涙が溢れ出てくる。
私は、臆面もなくその場で泣いてしまったのだ。

でも、彼は優しく私に付き添ってくれた。
貸してくれたハンカチは私の宝物だ。
彼には新品を買って返そう。

そんな彼は、私がここにいる理由を尋ねた。
上手く話せた自信はないけど、彼には伝わったみたい。

優しく叱ってくれた彼は、連絡先を渡してくれた。
きっと私が危険な場所に行かないように気を使ってくれたんだと思う。

う、嬉しい……

そして、彼はタクシーを捕まえてくれた。
料金も多すぎるほど渡された。

こんなに……

1万円札が5枚もあった。
お金を返さなければ……

そうだ、連絡してみよう。
2度も助けてくれたし、きちんとお礼しなくっちゃ。
それに余ったお金を返さないといけないから。

連絡する正当な理由がある。
それに今度は会いたい時に会える。

そして、今度会った時にちゃんと聞こう。

あなたのお名前を教えてください……と


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