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第55話 偶然

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木梨家でオヤツを頂いて、屋敷に帰る。
利用する駅は違うが、こんな近くにクラスメイトの家があったことに少し驚く。

屋敷に帰ると、敷地をランニングするちびっ子達の声が聞こえる。
メイの指導で体力づくりをしてるようだ。

基礎体力は大事だしな……

「いっぱい、子供の声が聞こえるね」

珠美がそういうが、子供が子供の声と言うのかとちょっと不思議に思った。
屋敷に入ると、聡美姉が迎えてくれた。そして、

「カズ君、悪いんだけど穂乃果ちゃんのサポート頼まれてくれない?彼女少し困ってるみたいなんだ」
「わかった。どこに行けばいい?」
「場所はここ」
「じゃあ、バイクを借りてくよ」
「いいよ。穂乃果ちゃんのヘルメットも持って行ってね」

穂乃果は仕事をしてるようだ。
俺は、穂乃果のサポートをすべくある場所に向かった。





ここは新宿の繁華街。

バイクをウィステリア探偵事務所のあるビルの駐車場に置いて、繁華街のメインストリートを歩く。
夕方のこの街は、今夜の獲物を求める男女で溢れている

穂乃果は、この先の店の辺りにいるようなのだが……

すると、背後の音もなく近づくいつもの気配を感じる。

「カズキ殿、お待ちしておりました」
「ああ、お勤めご苦労様」

「それで、穂乃果の任務とは?」
「はい、この者の素行調査です」

穂乃果は取り出したスマホを俺に見せる。
そこには、大学生ぐらいの青年が写っていた。

「名前は西音寺透、22歳。慶進大学の4年生であり、あの西音寺グループ直系の次男坊です」
「ほう、名家の人間か」
「はい」

確かにその目標がここにいるとすると穂乃果には入りづらいかもしれない。

「わかった。俺が行く」
「いいえ、私も同行します」
「いや、それはやめておいた方がいい。ここは俺に任せて穂乃果は事務所で待機してて欲しい」
「無念ですが仕方ありません」

穂乃果はそういうが、ここの看板には学園系ヘルスって書いてる。
穂乃果が入って行ったら求人の面接に来たのだと勘違いされる、ていうか従業員にしか見えない。

「ここは男の場所だ。俺も女性の場所には入れない。これは仕方のないことなのだ」
「そうですね。餅は餅屋と言いますし」
「そうだ、柔らかい餅なんだ」

俺と穂乃果は店の前で別れて俺はあくまで調査の為に店に入る。
あくまで、調査のためだ。

店内はもっと煌びやかかと思ったが、教室にいるような雰囲気の待合室だった。
受付の強面のおっさんに料金を払い、店の利用方法を教えてくれた。学校の先生のような役割だ。そして、学校の机を模した椅子に案内してくれる。

「こちらが今日登校している女の子です」

写真のファイルを見てもわからない。
先生役の強面のおっさんに聞いてみた。

「さっき入った大学生ぐらいの男がいたろう。あの人はセンスが良さそうだから相手をしたことがある人をお願いしたい」

「わかりました。少しお待ち下さい」

奥に入って行く強面先生。
そして、ひとりの女性がやってきた。

「ミサリンで~~す。よろしくね」

俺は、ここにくるにあったって、髪をオールバックにしてあるし、眼鏡も外してある。
高校生には見えないはずだ。

だが、どうみても目の前にいる子は高校生にしか見えない。
というか、クラスメイトの瀬川美咲だろう、お前……

「わ~~かっこいい。お兄さん、早く奥に行こう!」

元気いっぱいのミサリンこと瀬川美咲。

マジ、どうする、俺……





仕事とは、労働して対価を得ることにある。
俺も依頼を受けて労働するひとりの男にすぎない。
これは、お互い対価を求める為の労働に過ぎないのだ。

ということで俺とミサリンは労働行為に及んだ。
一仕事どころか三仕事を終えて今は休憩中だ。

「ところでミサリンは何歳なんだ?」
「20歳だよ」

お前は俺と同じ17歳だろうが!

「なんでここで働いてるんだ?」
「う~~んとね。社会勉強かな」

確かにここでバイトしても、コンビニで働いても社会勉強には違いない。
まあ、親の借金の返済の為、とか重い事を言われてもこっちが困る。

「それより、なんで社会勉強がこの場所なんだ?」

「街歩いてたらスカウトされたんだあ、それでこの店に来たの。援やパパ活それにデリだとちょっと怖いけどここなら何かあっても店の人がすぐ来て助けてくれるでしょう。だからかな」

「確かに、その点は安心だな」

「そうなの、それに私、小学生の時に従兄弟にレイプされてちょっとこういう事怖かったんだ。だけど、それじゃあ行けないって思ってた。だって、男の子と付き合ったらいつかそうなるでしょう。だから練習する気持ちもあったんだあ」

練習先で普通、風俗は選ばないぞ。
思考がぶっ飛んでるな。

「身近な男性を彼氏にしたらよかったじゃないか?」

「やだよ。だって子供っぽいし、お金持ってないし、それにね、昔同じクラスで凄い暗い子がいたの。いつも本読んでてさ、なんか自分の世界に入り込んでて見てるだけでイラついてくるんだよ。ダサいし、キモいしね。でも、友達がね、その子をかばって仲良くするんだよ。でも、その男子、なんか偉そうでさあ、せっかく仲良くしようとしてる友達がかわいそうじゃん。だから、そんな同世代の無神経な子ってどうも好きになれないんだよ」

それって俺の事だぞ、多分……
それでも、こういう店で働くよりマシだと思うけど?

「それより、お兄さん、彼女いるの?いないなら私と付き合わない?」

俺はそのダサいし、キモいし偉そうな無神経な子なんだが?

「なぜそんな事を?」
「だって、お兄さん顔もあっちも最高なんだもの」

クラスメイトにお兄さんと呼ばれるのは慣れない……

「その話はまた今度だ。少し聞きたいことがある」

俺はスマホから対象の西音寺透の写真を見せた。
勿論、穂乃果から送ってもらった写真だ。

「あ、透だ。透を知ってるの?」
「ああ、ちょっとな。奴はここに何度もくるのか?」
「そうでもないよ。私は1回しか相手してないけど、透のお気に入りはキヨリンだよ」

この店は名前の後にリンをつけるのが流行ってるのか?

「そうか、キヨリンって子はどんな子だ?」
「大学生って言ってたけど、私は社会人だと思う。だって上司がマジムカつくとか話してたの聞いたことがあるし」
「そうか……」

対象が会ってるのはそのキヨリンか……

「ねえねえ、さっきの話なんだけど私と付き合ってよ。きっと楽しいと思うんだ」
「そうだな……」

返答のしようがない。

「そう言えばまだ名前聞いてないよ。教えてよ」
「俺はカズ……マだ」
「カズマね。さっきの話マジだよ。これ、私の連絡先、カズマも教えてよ」
「俺はスマホを持ってない」
「さっき私に見せてたじゃない。も~~う!」

騒がれるのも面倒だ。

「わかったよ」

俺は、ミサリンと連絡先を交換することになってしまった

「ねえ、カズマってもしかして……」

急に真剣な眼差しで俺を見るミサリン。

「なんだ?」
「身体中傷だらけだし、額にも傷があるでしょう?もしかしてヤバい人なの?」
「これは昔の傷だ」
「ふ~~ん、私の友達がね。事件に巻き込まれたの。その時助けてくれた人が額に傷のある超イケメンだったんだって。それってカズマでしょう?」

「額に傷のある男ならたくさんいると思うけど?」
「そんな事ないよ。抱かれて私わかったもの。貴方が強い人だって。筋肉とかすごいし」

「俺は人を助けたりしない。人違いだ」
「じゃあ、そういうことにしておくね。今度デートしようね。実は私、現役の高校生なんだ。これ内緒にしてね」

言われなくても知ってます。

「わかった。守秘義務は大事なことだ。だが、ミサリンがこの店やめて普通の高校生になるならデートを考えてもいい」
「わかった。私、今日限りでこの店やめる。良かったあ、カズマに会えて私幸せだよ」
「それと、俺と会ったことは秘密にしてくれ」
「わかってるよ。お店であったなんて誰にも言えないしね」

鴨志田さんは俺の素顔を知っている。
今日は木梨なんとかにも見られた。
瀬川に話されたらいろいろマズい。

まあ、今回はこれで良しとしよう。





店を出て事務所に向かう。
場所は5分とかからないところにある。

事務所に入ると穂乃果がなぜか逆立ちをしていた。

「何してるんだ?」
「鍛錬でしゅ……」

逆立ちしながら喋るのは誰しもキツいだろうし、仕方ないとは思うがスカートを履いたまますることではないと思う。

穂乃果は、恥ずかしそうに逆立ちをやめて服を直している。

「少し、噛みました。恥ずかしいです」

恥ずかしがるとこ、そこなのか?

俺は、お湯を沸かしコーヒーを2人分入れる。
そして、穂乃果に対象の女の情報を渡す。

「キヨリンですか。わかりました、調べてみます」
「それで、この後は尾行しなくても良いのか?」
「はい、彼は今日ある人物と会うことになってます。ですのでその後の尾行は不要です」

これで穂乃果のサポートは終了だ。

すると穂乃果の腹が『ギュルルルル』と割りと大きめな音を鳴らす。

「俺も腹が空いたし何か食いに行くか?」
「……不格です。このような音で私の体調を悟られてしまうとは」
「大袈裟に考えることではない。で、何が食いたい?」
「それでしたら、スペシャル激辛ラーメンなどを所望したく……」

そういうのが好きなんだ。

「では、行こう」
「はい、お供します」

俺と穂乃果は、近くにあるスーパースペシャル激辛ラーメンを一緒に食べた。
唇が少し腫れたけど穂乃果曰く、些細なことらしい。





バイクのタンデムで穂乃果と家に帰る。

稽古場では、音楽が鳴っている。
まだ、稽古をしてるようだ。
穂乃果がその音に気づき俺に問いかけた。

「おや、稽古場の方が騒がしいのですが?」
「ああ、ちびっ子達の合宿をしている」
「ほほう、鍛錬でありますか、では、私も一緒に……」
「待て、穂乃果、今はダメだ。リズムが乱れる恐れがある。それに花乃果も参加している。指導役はメイだから心配する必要はない」

「メイ殿に直接指導を受けているとは羨ましい限りです」
「穂乃果には、後で俺と立ち合い稽古する約束だろう。俺も傷は癒えたしな」
「覚えていてくださいましたか、その日を楽しみにしておりましたです。はい」
「近日中にその約束を果たせそうだ」
「楽しみにしております」

さて、穂乃果と花乃果姉妹の事をどうするか?
日夜、樫藤流の為に修練を欠かさない穂乃果。
自分の道を歩もうとする花乃果。

いずれぶつかり合うのは目に見えている。
それなら、傷の浅いうちにぶつかった方がいいのではないか?

俺はそんな他人の心配を普通にできる人間になってたらしい。

その理由を俺はよくわからないが……


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