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第50話 莉音と掃除

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その日の夕食時、屋敷のダイニングで今日の出来事を報告すると、聡美姉は大爆笑してた。

「カズ君って出かけるたびに面白い話し持ってくるよね~~」

「でも、実際どうするのですか?たった12日やそこらで新曲や振り付けなど無理だと思いますよ」

聡美姉は面白がっているが、雫姉は冷静に判断してる。
俺も無理だと思う。

「お兄しゃん、アイドルのお手伝いしとったんやなあ」

莉音は、驚いている。

「護衛任務を受けてそのまま成り行きでそうなっただけだ」
「ばってんすごか~~」

莉音は学校に行くために方言を直そうとしているが、驚くと素がでてくる。

「で、どうするネ、時間ないあるヨ」

メイは、青椒肉絲を食べながら話していた。

「リリカちゃんにお願いしてみたら?」

珠美はリリカが何日かこのお屋敷に住んでたこともあり。すっかりリリカのファンになっている。

「そうだな、相談はしてみるよ。でも、あいつも忙しいみたいだし期待薄だがな」

リリカ達は、夏の武道館の練習で大忙しだ。
それに普段の仕事もある。
今、『苺パフェ8』に構ってる暇はない。

答えは出ぬまま、その日の夕食はお開きとなった。





その日の真夜中、正確には次の日の午前2時。
俺とメイは、大陸系のマフィアがトウキョウ湾沿いのオオイ埠頭で麻薬の取引があるとの連絡を受けた。

この情報は以前、ウエノ美術館に校外学習に行った時に出会った公安からの情報だ。この件を手伝う代わりに偽札造りの可能性がある組織の情報を教えてくれるらしい。

俺とメイは、公安の男、名前は上田(仮)だそうだ。

「グーグ、この男信用できないネ。偽名を堂々と名乗るなんて潔くないあるヨ」

「こっちだって好きで(仮)なんてつけてねぇ!仕事なんだ。そういう事もある」

反論する上田(仮)は、自分でも恥ずかしいと思ってるようだ。

「で、取引相手は誰なんだ?」

「ヨコハマを根城にしてる反グレ野郎達だ。女を薬漬けにして好き勝手やってるらしい」

「それって麻取の仕事じゃないのか?」

「ああ、そうだ。でもその反グレ野郎のトップがある思想団体の幹部なんだ。だから、捕まえて吐かせるんだよ」

「そいつ以外は殺してもOKなのネ?」

「出来るだけ生かして捕まえてくれ。ここは日本だからな」

「わかった」「面倒ネ」

公安の応援部隊は10人程度。
それに対して、大陸系のマフィアは12人。
反グレ集団も10人はいる。
おそらく、どちらも銃は装備してるだろう。

取引は、倉庫内で行われている。

「そろそろ行くか?」
「わかったネ」

俺とメイは久しぶりに一緒に任務に当たっている。
日本に来てからは初めてだ。

「どうするネ、窓からそっと忍び込むか?」
「面倒だし、正面から行くぞ」
「さすが、グーグネ。そういうとこ大好きネ」

結果が同じなら手間をかける必要はない。
俺とメイは、白い仮面をつけている。
他所からは誰だかわからないはずだ。

俺は、閉まっている扉の前にいる見張りに一気に迫り、相手の急所を突いて気絶させた。服を軽く漁るが、こいつらは銃を所持してないようだ。

「メイ、久しぶりだな、こういうのは」
「そうネ。ネットゲームよりワクワクするヨ」

俺とメイは堂々と正面の扉を開けた。





俺とメイが扉を開けると、まさに取引と言わんばかりの光景が広がっていた。
反グレ達は金をマフィア達は白い粉を引き渡そうとしている場面だった。

「お前ら誰だ!」

そんな事を問われても素直に答える奴はいない。
いたら大馬鹿者だ。

「私はメイなのネ~~」

居たよ、そのバカがここに……

「メイ、お前……」

そう言おうとする直前、メイは走り一気に迫る。
俺は呆れながらメイの後に続き、銃を撃とうとする奴らに向けてパチンコ玉を投げる。

銃を持ち手や相手の目を狙う。
メイは、すかさずトンファーを両手に握り手加減なしに振り回している。
当たった奴らが生きてる事を願おう。

俺は、専ら後方支援に回った。
メイの動きを阻害する相手を順番に倒していく。
時々、手加減が出来なくて急所を思いっきり攻撃してしまった。
死んだかもしれない。

反グレ集団よりもマフィア達の相手の方が面白い。
銃を使い、時にはナイフを振り回してくるからだ。

手や腕のリハビリに丁度いい。
倉庫の床には、倒れたいる男達で溢れている。

対象者達を倒し終わって、俺は上田(仮)に連絡を入れる。

待機していた公安の応援部隊が突入してきた。

「メイ、そろそろ行くぞ」
「わかったネ」

俺とメイは、その場を引き上げる。
窓を破ってそこから脱出する。

公安とて味方ではない。
この騒ぎに乗じて俺達を捕まえる事も彼らはできるのだ。
上田(仮)とて、信用していない。
彼らは国の犬であり、いつ俺達と敵対するかわからない存在だ。

情報は既にUSBでもらっている。
その分の仕事はこなした。

窓から抜け出し、離れた場所に置いてあるバイクにタンデムで乗る。
軽快なエンジン音と共に、バイクは夜の街を疾走する。

「グーグ、楽しかったネ」

「ああ、本当だ」

血が騒ぎ、人を倒す時、心が躍る。
自分を偽り、力を抑える必要もない。
硝煙の匂い、飛び交う弾丸、命のやり取りをする緊張感。

俺は思う。

この世界が俺の生きる場所なのだと……





屋敷に戻り、手に入れたUSBを起きて俺達を待っていた聡美姉に渡す。

それから、俺とメイは一緒にお風呂に入り、そのままメイは俺のベッドで一緒に寝た。

日本に来るまではそれらの行動は俺達の日常だった。

朝、目を覚ますと6時半だった。
今日の鍛錬はできそうもない。

メイは俺の隣でグースカ寝ている。
そのあどけない無邪気な寝顔を見ていると昔のメイを思い出す。
そして、なぜか百合子のことも思い出す。

そうだ、返事を書かなければ……

会えなくても手紙だけでも、と考えている。
レターセット買わなくては……

俺はメイを起こさないように静かにベッドを出た。
階下の洗面所で顔を洗う。

玄関ではメイド服を着て掃除をしている莉音がいる。
子供なのだから、まだ寝てれば良いのに、と思いながら声をかけた。

「おはよう、莉音。もう掃除してるのか?」
「あ、お兄しゃん、おはよう」
「まだ、寝てればいいのに」
「うち、早起きは平気……です」

方言を直してるのか?
標準語のイントネーションに近い。

「言葉も無理しないでいいのだぞ」
「トウキョウの学校行く……から、直そうと思って……ます」

莉音なりに頑張っているようだ。

「とにかく無理だけはダメだ。甘える時はちゃんと甘えろ」
「うん……はい」

返事は良いけど、我慢に慣れた子供は人に甘える事ができない。
無理して頑張ってしまい、やがて心が疲弊する。

だから、甘えろ、と言っても甘えてくる事はないとわかっている。
俺と莉音の信頼関係をきちんと構築しないとこの問題は解決しない。

「莉音、これだけは覚えていろ。俺はお前の味方だ。何があっても守ってやる。それに、莉音に甘えられると俺は嬉しい」

「う、うち……」

「すぐにそうしろと言ってないぞ。時間をかけて良いんだ。莉音はもう俺の妹なんだからな」

「……うん」

言葉だけではこの子の心を開く事はできない。
特に年上の男性は苦手なのだろう。
だから、行動で示さなければいけない。

「俺も莉音と一緒の掃除がしたい」

そう言って掃除道具を取り出して玄関を一緒に掃除した。

因みに掃除をしながら莉音から博多弁を教わった。
「掃く」を「はわく」というらしい。
莉音は「はわく」を標準語だと思っていたようだ。

方言は奥が深いと感じた。

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