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第27話 騒動

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放課後、荷物をまとめて教室を出ようとすると慌てたように鴨志田さんが『待って~~東藤君』と言いながら追いかけて来た。
クラスの連中は、そんな鴨志田さんを呆然と見ている。
だけど、鴨志田さんのそんな姿を見た鈴谷羅維華は、

「結衣、どこに行くの?帰りにみんなとお茶しようって私言ったよね」

「ごめん、羅維華。今日は無理。東藤君の病院について行く約束をしてるの」

「結衣、どういう事?なんでそんな奴の病院に結衣がついて行かなきゃならないの?」

「私がついていきたいからじゃダメかな?」

「結衣、貴女……」

険悪な状態の鈴谷羅維華と鴨志田結衣。
何でこうなってるんだ?

「鴨志田さん、もしかしたらそいつに何か弱みを握られてるんじゃないか?」

参戦してきたのは立花光希。
そして、その取り巻きの新井真吾や南沢太一までもが加わった。

「東藤君がそんな事するわけないでしょう?ちゃんと人の事を見てそう言ってるのかな。立花君」

「どういう意味だ。何でそんな奴をちゃんと見なくちゃいけない?」

反発されたのが悔しいのか、立花の声が大きくなる。

「鴨志田さん、少し変だよ」
「どうしちゃったんだ?」

新井真吾や南沢太一もそう言う。

「羅維華ちゃんもそうだよ。ちゃんといろいろな人の事を見て考えてよ」

「結衣、貴女どういうつもり?この私に意見するの?」

鈴谷羅維華も怒りを露わにしている。

「羅維華ちゃん、それと美咲ちゃんも楓ちゃんも由香里ちゃんも変だよ。クラスメイトが怪我したっていうのになんで誰も優しくしないの?両手怪我してたら普通にできる事だって出来ないよ。何で誰も手伝おうとしないの?私が変なのかな?教えてよ」

「「「「…………」」」」

正論を叩きつけられて答えに窮するみんな。
「気に食わないから、ムカつくから」そんな言葉をここで返答したら、自分が悪者になるのはわかっているようだ。

「わかった。鴨志田さんは優しいんだよ。だから、困ってるクラスメイトを放っておけない。そうなんだろう?」

「優しくはないよ。困ってる人を放っておけないっていうのは本当。あと、それだけじゃないけど立花君の言う通りよ」

「なら、羅維華、ここは鴨志田さんの行動を否定するのは良くないよ。鴨志田さんは羅維華達だけのものじゃない。クラス全体の鴨志田さんなんだ」

上手く話をまとめようとしてるけど、鴨志田さんを物扱いしてるぞ。気付いてるのか、立花よ……

「私、急ぐから、行こう。東藤君」

俺は鴨志田さんに連れられてクラスを出る。
自分の事が原因なのだが、俺がこの場で何かを言うのは違う気がして話に加わる事ができなかった。

廊下に出て俺は、

「なあ、良かったのか?」

「いいに決まってるでしょう?でも、明日からクラスに居場所がなくなっちゃった。私の居場所になってね。東藤君」

俺は何と答えれば良かったのだろうか?





鴨志田さんと校門の所まで来ると沙希が既に待っていた。

「あっ、お兄……カズキ先輩!」

俺を遠目に見て手を振る沙希。
その周りには、帰宅中の男子達がジロジロと見ていた。

「本当に来たのか?」

「そう約束しましたよね。もう、忘れちゃったんですか、カズキ先輩。あ、鴨志田先輩も一緒ですか?じゃあ、みんなで行きましょう」

沙希はそう言って俺の腕を組んできた。
それを見た周りの男子達は、

「あれって中等部のアイドル、神宮司沙希だろう?何であんなダサい奴と腕組んでるんだ?」
「マジかよ~~俺、密かにファンだったのによ~~」
「鴨志田結衣も一緒だぞ。あいつ何者?」
「あ~~マジムカつく。なあ、殴っていい?いいよな?」

そんな男子達の声を聞きながら美女2人と下校するのはキツいものがある。
でも、2人ともどうしたんだ?
様子が変だぞ……

「カズキ先輩の行ってる病院ってどこにあるんですか?」

「シンジュクの繁華街の外れだよ」

「シンジュクなら帰り道ですね」

「私もそうよ。で、沙希ちゃん。何で東藤君と腕を組んでるの?それと約束ってどういう事?」

鴨志田さんは、少し不機嫌な感じでそう沙希に問いかける。

「朝、一緒に登校したんですよ。その時、約束しました。腕を組んでるのは介助の一環です。転んだら大変ですしね」

「そうね、でも沙希ちゃんだけじゃ東藤君を支えられないと思う。私も支えてあげるよ」

そう言って鴨志田さんまで腕を組もうとしてる。
そっちは手を吊っているから無理だと思うけど……

腕を組もうとしてできなかった鴨志田さんは更に不機嫌になった。


電車でシンジュクまで行き、歩いて病院に着いた俺は、早速看護士の横須賀幸子と会ってしまった。

「あ、カズキ。今日は診察の日なのね」

嬉しそうに近寄る幸子。
怪訝な目で近寄る看護士を阻む沙希と鴨志田さん。

「ああ、結構混んでる?」

「そうでもないわよ。みどり先生の診察は早いから。それより、その子達は誰?同級生?」

「クラスメイトの鴨志田結衣です」
「後輩の神宮司沙希です」

2人は対抗意識を燃やすかのように幸子に向かってそう自己紹介をする。

「そうなんだあ。ただのクラスメイトとただの後輩なのね」

その言動には幸子の嫌味が混ざってる感じがする。

「私はここの看護士の横須賀幸子よ。カズキが入院してた時は身体の隅々まで介助してたのよ」

幸子、言い方!
火に油を注ぐような言動はやめろ!
俺ですらこの状況を理解できないでいるのだから。

「じゃあ、診察時間になったら呼びに来るね~~」

そう言って幸子は奥に入って行った。
『むっ』としてる2人。
はあ~~ため息しか出ない。

待合室には患者は1人しかいない。
でも、どこか見たことのある顔だ。

『お~~やはり、カズキだ。元気してたか?』

待ってたのはベトナム出身のグエンさんだった。

『グエンさん、退院したんですね』
『ああ、カズキが退院した後、すぐにね。それより、病室に行ってくればいい。ジャスティンやキム・シウもまだ入院中だよ。俺もさっき顔を出したばかりなんだ』
『それじゃあ、後で顔出します』
『OK、みんな喜ぶよ』

グエンさんと話をしてると、沙希と鴨志田さんが驚いて俺を見てる。

「どうした?」

「ねえ、東藤君、今の何語なの?」
「ああ、ベトナム語だよ。この人は入院中に一緒の部屋だったベトナムのグエンさん」
「カズキ先輩、凄いです。尊敬します」

必要だから話せるだけで、尊敬される事ではない。

しばらく待合室で待っていたら幸子が呼びにきて診察室に向かう。

「お~~少年、いい汗かいてるか?」

相変わらずみどり先生はハジけてる。
それに、その挨拶はどうかと思う。

「はあ、それ、なんて返答すれば正解なんですか?」

「そんなの決まってるだろう?毎日やりまくってます、でいいんだ」

「はあ~~」

「さて、診察を始めよう。楽しみだな。まだ、痛いかな?そうだといいな」

よくないわっ!

「先生って、痛がる患者が好きなんですか?」

「お~~少年、良いところに目をつけたな。私が痛がる様子をみたいのは、神経がちゃんと通っているかを確かめる為だ。決して趣味、嗜好の類ではない!ジュル……」

涎を垂らすな!
良いこと言った風を装ってるけど、絶対、趣味、嗜好の為だよね!

「あ~~この包帯を解いた時の腐ったゲロのような匂いが堪らないねぇ。汗に細菌が繁殖して醸し出す匂いと消毒薬の匂い。相反する匂いが戦闘を繰り返している。どちらが勝つかな、どっちかな? ルンルン♫」

ダメだ。この人……

左上腕部の骨折は落ち着いたようだ。
首から吊っていたのが撮れて自由に動かせるけど骨折部分の固定はしている。左手甲は、今までと同じだ。包帯を変えて手術で縫った箇所を消毒して、また包帯をぐるぐる巻きにされた。

診察が終わり、少し病室に顔を出す。
相変わらず賑やかだが、新たに1人、新規患者が加わってた。
今度は、メキシコの人らしい。

待合室で待ってる鴨志田さんと沙希が心配だ。
この病院は普通じゃないし……

1階に戻ると、待合室で待っていた鴨志田さんと沙希はグエンさんと片言の日本語と英語を交えて会話していた。

グエンさんは家族思いの人だから安心だけど、ジャスティスさんやキム・シウはちょっとマズい。

「待たせて悪かった」

そう言って待合室にいるみんなに声をかけた。

「あ、カズキ先輩」
「東藤君」

『グエンさんも2人の相手をしてもらってすまない』
『いろいろ日本語教えてもらったよ。こちらこそ、感謝だよ』

みんなは、言葉の教え合いをしてたようだ。

「さて、何か奢るよ」

着いてきた2人には食事でも、と思った。
でも、その時……

『キキーー!!』

黒いベンツが病院前に止まった。
降りてきた黒いスーツの男と若いチンピラ風情の男が待合室に飛び込んできた。

「先生はいるか!急患だ!」

「鬼っ娘はいねぇのか?いるなら出てこい」

血相を変えて受付の女性に話す2人。
どうみてもその筋の人だ。

「なんだ、なんだ、うるせーーな!ここは病院だ。それに鬼っ娘と言った奴は誰だ!睾丸、とりだすぞ!」

「ひえ~~」

若いチンピラ風情の男は股間を押さえて縮み上がる。
みどり先生の迫力に負けたようだ。

「おお、みどり先生、姉さんが、姉さんが~~」

黒いスーツの男も中年なんだが焦っているようだ。
そのあと、待合室に男に背負われて来た中年女性が入って来た。
どこかで見たことのある女性だ。

「おい、ストレッチャーに乗せろ!ヤクザでもそれぐれ~の事はできんだろう!ほらっ、お前だよ!」

股間を押さえていたチンプラに何度も蹴りを入れるみどり先生。
あまりの恐ろしさに、チンピラ男は震え上がっている。
黒服の男2人が、背負っていた女性をストレッチャーに乗せた。
チンピラ男は、凄く慌てて何もできない様子だ。

みどり先生はその場で女性の状態をみる。
腹部から血が溢れていた。

「銃撃は1発だけか?」

「はい、姉さんの腹に1発です」

「すぐ手術だ。エレベーターで地下に回せ!それと、看護士が足りねえ~~!」

みどり先生は、俺のそばにいた鴨志田さんと沙希を見てニタって笑った。

「おい、少年、お前の連れだな!」

「そうですけど……まさか」

「そのまさかだ」

みどり先生は鴨志田さんと沙希のところにきてこう言った。

「お嬢ちゃん方よ。ちょっとアルバイトしねぇか?」


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