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閑話 鴨志田結衣

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~鴨志田 結衣~

東藤君が転入してきた日を私は良く覚えている。
それは、学年が2年生になった日の事。
普通なら学期始まりの日なので目立たないはずなのに、周囲をキョロキョロしてここがどこか一生懸命確認してる人がいた。

黒板を見たり、チョークを見たり、椅子や机を確認したり、まるで学校という場所に初めて訪れたかのようだった。

うちの学校は中等部からの持ち上がりの子が多く、ほとんどが顔見知りだ。
だけど、その男の子はまるで見たことがなかった。

クラスのみんなは殆どが仲良しグループが決まっていて、私も中等部から仲の良かったみんなと一緒にいた。

そんな中で、一人机に座り、本を読み始めた男の子は私の席の斜め後ろだった。

「誰だろう?」

私の他、みんなもそう思ってたはずだ。
新しいクラスのお決まりの自己紹介が始まった。
知り合いが多かったが初めて同じクラスになる子もいた。

そんな中であの男の子が自己紹介をする。
今年、海外から来た東藤和輝とその男の子は名乗った。
ただ、それだけだった。

みんなの興味は一瞬だけだ。
おそらく、彼の見た目からそう思ったのだと思う。
もしカッコ良い男の子だったらみんなほっとかないはずだ。

そして、数日が過ぎて委員会を決める事になった。
面倒な委員会は嫌だなって思ってたけど、美化委員に指名されてしまった。
正直、美化委員は放課後の掃除もあるし、あまり人気のない委員会だ。

運が悪いなって諦めていた。
そして、東藤君も同じ美化委員になった。
千葉先生からクラスに馴染むようにと、ご指名がかかったのだ。

私は千葉先生のことは好きではない。
自分勝手だし、エコ贔屓してるから。
きっと東藤君も千葉先生の自分勝手なので都合で指名されたに違いない。

彼は美化委員というものを理解していなかった。
外国にはないのかな、って思って同じ委員だから話しかけた。
彼は、余計な事は言わずに最小限の言語で話してくる。

無口な人なんだなって思ってた程度だけど、他のクラスのみんなにはそんな受け答えが嫌われてた。
仲間外れは可愛そうって当時は思っていて、私は少し上から目線だったと思う。

でも、彼は話しかけると的確に返答をくれた。
その言葉に嘘はなく、少し戯けた男子より好感が持てた。
少しでもクラスの事を好きになってほしい、そんな思いもあって朝の挨拶と委員会の時は積極的に彼に話しかけた。

でも、クラスの男子は、そんな態度がムカつくみたい。
私はムカつくとかの言葉は嫌い。
よく羅維華ちゃんが話すのを聞くけど、いつも心がモヤモヤしてる。

ある日、放課後女子の仲良しグループでシブヤの街に出かけた。
カラオケ店に入って歌って、スッキリした良い気分で家に帰る途中、東藤君が働いている姿を目撃する。

私は、こんなに遅くまで働いて偉いなって思ってたけど、他の子は違ったみたい。
東藤君が働いていた事を話すと、みんな馬鹿にするような言葉を投げていた。
なんで、そんな話になるの?
私には理解できない。

そして、あの爆発の日、東藤君は廊下に出ていた。
そして、窓の外に飛び降りたのだ。

『わっ!!』

私は声をあげた。
なんで飛び降りたの?
自殺?

怖くて直ぐには見に行けなかたった。
でも、怪我してたらどうしよう?

そんな思いで勇気を出して廊下に出て窓の外を見たけど、誰もいなかった。
安心したけど、翌日、東藤君が入院したと聞いた時は心臓が張り裂けそうだった。

私が直ぐに駆けつけてれば……
罪悪感が押し寄せ、しばらく何も手がつけられなかった。

千葉先生に入院先を聞いた。
生徒の個人情報だから教えられないと言われた。
おそらく、先生も知らなかったんじゃないかと思う。

そして、退院後、東藤君に話しかけた。
でも、それが良くなかったみたい。
クラスの男子が東藤君に文句を言い始めた。

あんなに怪我してるのに、その事も気にしないで文句を言うなんて普通じゃない。
このクラスはなんだか嫌い。
羅維華ちゃんも昔と変わってしまったし、みんな良くない方向に流れて行ってる。

私は東藤君が怪我して左手でシャーペンを持って一生懸命黒板の字を写してた姿を見て、気持ちが抑えられなくなった。

休み時間の度に自分のノートをコピーしていた。
友達は不思議そうな顔をしてたけど、気にしても仕方ない。
だって、みんな優しくないんだもの。

コピーは放課後までかかった。
東藤君は帰ってしまったようなので、慌てて追いかけた。
怪我のせいか、ゆっくり歩いてくれてたおかげで追いついて渡す事ができた。

でも、そこからが予想もつかない事ばかりだ。
メイさんと出会い、クレープ屋さんで中学校の時の後輩に会った。
そして、東藤君の様子が明らかに変だった。

沙希ちゃんの話を聞いて、もしかしてって思ったけど、都合よくそんな話があるわけないとも思っていた。
でも、メイさんを呼び出して、話を聞く事にした。

私は、今まで生きててこんな話を聞いた事がない。
確かに想像の産物である映画や小説などである話かもしれない。
でも、実際に経験した人はどれだけいるだろう?

殆どがそんな体験をしないで老いて死んでいくだろう。
でも、メイさんや東藤君は実際に体験してきた事だ。
ああ、でもこれで東藤君の違和感がわかった気がする。

彼は私達と違う日常を過ごしているんだ。
学校の生活でも家庭でも私達と歩いてるところが交わらないところを一人で歩いてる。
凄い、とにかく凄い人だと思う。

どうしたら東藤君が幸せになるのだろう?
どうしたら笑顔を見せてくれるのだろう?
どうしたら生きてて良かったと思ってくれるのだろう?

私は臆病な人間だ。
何時も仲間外れになるのが怖くて金魚のフンのようにみんなにくっついている。
本当に仲の良いのは楓ちゃんだけだ。

その楓ちゃんでさえ、女子の1人になる事を怖がる。
なんで女子はグループを作るんだろう?
誰と誰が話しても良いじゃない?

私は決めた。
明日からは、他のみんなに嫌われても東藤君と一緒にいよう。
そして、少しでも心が晴れてくれるなら、私も生きてる価値があるんじゃないかと思える。



覚悟して待っててね。東藤君……


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