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第三章

第66話 締めは温泉

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「あ~~良い湯だなぁ」

 俺は、露天掘りの温泉に使っている。
 近くに小川が流れており、水の流れる音が相乗効果を発して身体の奥にまで癒してくれる。

「旦那様、湯加減どう?」

 木の衝立を挟んだだけの女湯に静葉が入っている。

「最高だよね」
「うん、最高」

 こんな素晴らしい温泉を案内してくれて静葉には感謝だ。

『カーカー』

 俺達の頭上にはカラス達が空を飛んでる。
 餌など持ってないのにね。

「旦那様、私……」

 静葉が何が言いたそうだ。
 余程、気持ちが良いのだろう。
 話すのが苦手な静葉でさえ何かを言いたくなるなんて。

「何も言わなくてもいいよ。わかってるから」

 こんな最高の場所だ。
 静葉も日頃のストレスを癒したいのだろう。

「……うん」

 小さな声で頷いてようだ。
 心なしか嬉しそうだ。
 俺も嬉しい。
 癒し巡りの締めの温泉。
 暫くは頑張れそうだ。

 すると、周囲に獣の気配がする。
 それも、多勢だ。

「静葉、獣が来そうだ。熊とかきたら逃げるんだぞ」
「そうなの?」
「ああ、でも敵意は感じないから大丈夫そうだけど」

 獣達も温泉に入りたいのかな?

 まず、猿が俺達の前に現れた。温泉で手を洗っている。

「旦那様、猿が来た」
「うん、こっちには鹿が来たよ」
「えっ、見たい」

 衝立ひとつしか無いこの温泉は、少し回り込むだけで隣に行ける。
 覗こうと思えば覗き放題だ。

 静葉は、衝立から顔だけ出して鹿の親子を覗いてる。
 時々、俺を見て真っ赤になってるけど、温泉でのぼせたのかもしれない。

「ねぇ、旦那様、そっち行ってもいい?」
「いや、それはマズいだろう?」
「前も一緒に入った」
「そうだけど……」
「鹿、近くで見たい」

 そうか、鹿が見たかったのか?

 う~~ん、どうしよう?
 鹿が見たいと言う静葉。
 でも、温泉だし、裸だし……

 そう考えてると、良く知ってる身近な気配を感じた。
 しかも、2人だ。

 まさか、この獣達は……

「静葉、こっちに来ちゃダメだ。殺されるぞ」
「えっ?何で?」
「何でもだ……」

 その時、目の前に2人の少女が降り立った。
 木の上からジャンプしてここまで来たようだ。

「お兄、みっけ」
「兄様、こ、こんなところで水色女とお、温泉なんて!!」

 やはり、妹達だった。
 陽奈はニタニタと笑い、瑠奈は般若の顔をしてた。





 何だかんだ事情を説明して、今、4人で温泉に浸かってる。
 結構、熱いしのぼせそうだ。

「俺、そろそろ出るぞ」
「兄様、この水色女とは、一緒に入って私とは一緒に入れないと言うのですか?」

 そもそも静葉とは一緒に入ってないし、瑠奈は今一緒に温泉に浸かってるよね。
 乳白色の温泉は、肩まで浸かれば下は良く見えない。
 何故だが、4人とも一緒に男湯に入っている。

 陽奈は捜索に協力してくれた獣達と話し込んでいた。
 そんな陽奈を見て静葉は、興味津々といった様子で陽奈のそばにいる。
 狸やリスの頭を撫でてご満悦の様子だ。

 陽奈の能力は秘密扱いしてもらった。
 元々俺達を霞の者と知ってる静葉には隠す必要もないのだが。

「兄様は、何で家出娘と一緒にいるのですか?」

 事情は説明したはずなのだが、納得はしていない様子だ。

「本当に偶然だったんだよ」
「本当は、自分一人で家出娘を探すつもりだったのではないですか?」
「家出してたなんて知らないよ」

 会話が聞こえたのか、静葉が

「家出してない。連れ去られただけ」

 そう言いながら小鹿の『バンビちゃん』をなでなでしてる。

「まあ、見つかったんだしそれでいいだろう?」
「確かに、そうですけど……」
「瑠奈達には迷惑をかけたから帰ってから何かしてあげるよ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ」

 元々そのつもりでもんじゃ焼きにでも連れて行こうと思ってたのだけど、この喜び用は何か怖い。

「陽奈、獣達のお礼どうしようか?何もないけど」
「大丈夫。みんなそんなの気にしてないって」

 街まで降りて焼き鳥でも買ってくるか……

「そう言えばリズ先輩達は?」
「街で家出娘を探してます」

「家出してない」

 今度は、猪の子供『ウリ坊』撫でながら静葉が瑠奈に反論する。

「瑠奈、もう少し柔らかくね」
「わかりました。兄様が言うのであれば」

 すると、リズ先輩達はここにる静葉を血眼になって探してるのか?
 連絡入れとかないとマズいな。

「もう、のぼせそうだから先に出るよ。向こう向いててくれ」
「わかりました」

 俺は先に温泉を出る。
 向こうを向いてるはずの女子達は、こっちをガン見してた。





 その少し前、戊家せバスは門前町を歩いていた。
 手頃な店に入っては、何かを聞いて回っている。

 店の主人から得た情報を頼りに、ある老舗の割烹店を探し出した。
 セバスは一人その店に入って行く。

「いらっしゃいませ」
「軽い食事はできますか?」
「はい、大丈夫ですよ。お一人様ですか?」
「そうです」
「では、ご案内致します」

 和服を着た若い店員の後をついて行くと、座敷に通された。
 一人食事するには広い部屋だ。
 セバスはお品書から、手頃な料理を選ぶ。
 メニューにあるお酒を暫く眺めていたが、諦めたみたいだ。

 注文を済まして料理が運ばれてくるまで、のんびりして待つ。
 店員さんが料理を持ってきたところで、話を切り出した。

「ここの女将さんは壬家の方なんですね」
「そうですよ。お客さんはお祭りに来られたのですか?」
「はい、私の使えている方が壬家の方と知り合いなもので一緒にこちらに来ました」
「そうだったのですか。女将さんは、お祭りの間、娘さんと一緒に壬家の参集殿の奥の研修所で寝泊りしてるんですよ。何でも娘さんが大切な神楽舞を奉納するらしいです」
「そうでしたか、それはご立派な事で」
「ええ、女将さんはたいそう喜んでました」

(そうですか、ここにはいないのですか……)

 セバスは、並べられた料理に手をつける。
 出汁の効いた薄味で素材の味が引き立っていた。

「美味しいですね。上品な味付けです」
「わかりますか。お客さん。出汁の味が自慢なのですよ」
「確かに、料理人の腕もあるでしょうが出汁を選ぶ眼力もたけてるようだ」
「そうなんです。昆布は北海道産のものを使ってますけど、地元で獲れる魚介類と合わせているんですよ」
「ほほう、それは贅沢ですなぁ」
「ええ、料理長がこだわってますので」
「これだけの料理、値段と釣り合わないのではないかと算段しますが?」
「ええ、でもお客様が来てくれなければ料理も台無しになってしまいますから」

 セバスが頼んだものは決して安くはない。
 だが、このクラスをこの値段で出すには余程お客が来なければ採算が取れないだろう、と考えていたかのように再度メニューを見つめていた。

 セバスは、スマホを取り出して誰かにメールを送っている。

 すると、直ぐに返信がくる。
 セバスは、それを見つめて……

「色ではなく金の方でしたか……」

 そう呟いて、マグロの刺身を口に運んだ。





 リズとルミネは、山道の入り口の大きな鳥居のところまで降りて来た。
 さっそく、ルミネはスマホを取り出してセバスに連絡をとる。

「お嬢様、父は静葉様の妹さんとその母親を調査してるようです。合流しますか?」
「いいえ、そちらはセバスにまかせましょう。私達は、静葉さんの捜索にあたります。流さんが言っていたこの街にある下屋敷にまずは行きましょうか」
「はい、お供致します」

 表参道を歩き路地を抜けて数十分。
 大きな屋敷の前にリズとルミネはいた。

「お嬢様、どうされますか?こちらに住んでいるのは静葉さんのお父さんとお聞きしました。面識のない私達が行っても追い返されるかもしれませんが」

「ですが、静葉さんのお父様にお話を聞けば何かわかるかもしれませんわ。行ってみましょう」

 門の脇に付いているインターホンを押し、来訪の旨を話す。
 すると、中から年老いた女性が出てきて二人を招き入れた。

「戊家の皆様、清崎から連絡を頂いております。どうぞ」

 流さんが連絡を入れてくれたらしい。

「すみません。お婆様。静葉さんはこちらに住んでらっしゃるのですか?」
「静葉お嬢様は、神社の奥屋敷に住まいを構えております。こちらには旦那様だけです。それから、私は使用人の身分です。戊家の皆様に様付けされては、立つ瀬がございません」
「そうでしたか、それではおばあさんとお呼びしても?」
「はい、恐縮でございます」

 壬家の下屋敷は、和風建築に洋館をつけたような建物で、その洋館を部分の居間に二人は案内された。

「今、旦那様をお呼び致します」

 2~3分程待っていると、髪が伸びた中年男性が現れた。

「私が静葉の父で壬 賢一郎です。静葉の事で聞きたいことがあると伺ったのですが」

「初めまして、賢一郎おじ様。戊シャルロッテ・リズと申します。そして、私の隣に控えますのが侍女のルミネと申します。お見知り置きを」

「うむ、で、戊家の方々が静葉の何が聞きたいのですか?」

「静葉さんの行方ですわ」

「静葉は家出をしたと聞いている。ここにはいないし、家出前でもここには近寄らない」

「さて、それはどうしてでしょう?賢一郎おじ様は、静葉さんの実の父親のはずですが?」

「母や流に何を聞いたのかはわからないが、これは壬家の問題だ。戊家とは関係はない」

「私達は、戊家の者であると同時に静葉さんの友人ですわ。今日は友人としてここにまいりました」

「なら、静葉はここにはいないのだからこれ以上は遠慮してもらいたい」

「そうですか。それは残念です。おじ様に静葉さんの幼い頃の話など聞けたらとつい欲が出てしまいましたわ」

 そう言って二人が席を外そうとしたとき、先程のお婆さんがお茶を運んで来た。
 そして、壬 賢一郎に向かって、

「旦那様、遠路遥々来て頂いた静葉お嬢様のご学友に遠慮しろとは些かご無体ではありませんか?ばあやはそんな風に旦那様をお育てした覚えはありませんけど」

「うっ……すまない。少し無礼だった。この通り非礼を詫びよう」

 座りながらだがリズとルミネに頭を下げた。
 賢一郎は、このお婆さんには頭が上がらないようだ。

「いいえ、構いませんわ。無遠慮に突然押しかけてきたのはこちらです。おじ様が詫びる必要はありませんわ」

 リズの透き通った声は、相手の心によく響く。
 そして、お婆さんが同席した事で、賢一郎は堰を切ったように話し出した。

 それは……




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