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第ニ章

第35話 試合

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 都内にあるサッカー場で、今、戊家執事自称セバスチャンと対峙していた。

 観戦者は、戊シャルロット・リズのみ。

「霞様、武器は使わないのですか? 」

「そういうセバスさんはどうなのですか? 」

「私は、これがあります」

 背広の内側から二つのトンファーを取り出した。

「使い込んでいますね」

「やっと手に馴染んだところです」

 俺は制服に仕込んであるクナイを二本取り出し両手に握る。

「ほう、流石『霞の者』忍びの武器ですか」

 腕の立つ者には、開始の合図はいらない。

 張り詰めた空気が溢れた時が開始の時だ。

『ファイトですわよ~~セバス! 負けるんじゃありませんわよ~~』

 元気の良い金髪お嬢様の応援にセバスさんが苦笑いしたをもらした瞬間、試合は始まった。

 はじめに動いたのは、セバスさんだ。
 一気に間合いを詰めて、突き出す拳に乗せて握ったトンファーをくるりと回転させた。

 手が伸びたような感覚が、相手の見切りを撹乱させる。

 俺の目の前に鉄製のトンファーが襲いかかる。
 拳だけでも速いのに、回転によって勢いを増しているトンファーを避けるのは至難の技だ。
 セバスさんは、一撃目で勝負をかけてきたと感じた。

 俺は半身を逸らしてセバスさんの右拳を躱す。
 伸びてきたトンファーが俺の左肩の制服に僅かに掠った。

 俺の見切りでは、身体に触れる事なく躱す予定だった。
 となれば、俺が避けた瞬間にトンファーの軌道をずらした事になる。
 あのスピードから軌道をずらせるなんて、普通なら出来ない。

 だが、それだけではない。

 既にセバスさんの左手が下方から俺の後頭部を狙って打ち出されていた。
 ここで屈んで避ければ、セバスさんの足蹴りがきた場合避けられない。

 俺は、クナイを使い左手でその攻撃を受け止める。
 ズッシリ重い攻撃だ。
 下手をすれば吹き飛ばされてしまう。

 思った通りに右足が動いた。
 だが、それはフェイクだったようだ。
 本命は右手で回転させたトンファーだ。

 俺のこめかみを打ち砕かんとするその速さは、避ける事が無理な攻撃だ。

 だが、俺の目には見えている。
 神霊術は使っていない。
 使えば即効で終わってしまうだろうから……

 避けられた事でセバスさんじゃ、連続してトンファーを回転させ連続して拳を繰り出した。

 全ての攻撃を見切り、俺は、後ろに下がって距離を取る。
 クナイでトンファーを避けたのは、後頭部を狙った一手だけだ。
 一連の動作をやり終えたセバスさんは、俺に向かって話しかけてきた。

「あれを避けられるとは、思いませんでした。右足の蹴りがフェイクだと気付かれたのは霞様が初めてですよ」

「いやーー凄い流れのある攻撃ですね。目で追い切れてなかったら、今頃、ここで寝てましたよ」

 セバスさんの目が鋭くなり、お互いの視線がぶつかる。

 やはり、セバスさんは強い。
 俺はなんだか嬉しくなった。

 陽奈も強くなったが、陽奈との模擬戦はお互いの手の内を知っているので、ここまでドキドキしない。

 親父にしても同じだ。

 だが、セバスさんとの試合は新鮮だ。
 手の内を知らない相手との交戦は楽しい。

「じゃあ、今度は俺から行きますね」

 身を屈めて一気に間合いに入る。
 俺の左手の持っているクナイがセバスさんの腰から掬い上げるように顎まで移動する。
 それをトンファーで防御したセバスさんは、俺の右からのクナイを避ける術はないはず。
 だが、いきなり、左足が目の前に迫った。
 避けられぬと知って、足で俺の攻撃を避けようとしたようだ。

 だが、それは悪手だ。

 防御しつつ足を繰り出せば、バランスを失いかねない。
 一瞬、セバスさんの軸がずれた。
 俺は、その隙を一気に生かそうと、クナイでの連続攻撃の動作に移る。
 だが、嫌な気配がした。

 セバスさんは、軸をずらしたのではなく、回転したのだ。
 次に来るのは威力をつけた蹴りだった。

 俺は、攻撃をやめ後ろに下がり、距離をとってその蹴りを躱す。
 蹴りによって繰り出される風圧が、俺の髪の毛を揺らした。

「防御からの攻撃、見事ですね」

 思わず、褒めてしまう。
 それ程、機転がきかなければできない仕草だ。

「イヤ、あれしかできなかったのですよ。でなければ、既に私は横たわっていたでしょう」

 セバスさんの顔に笑顔が湧き出ている。

 俺と同じだ。
 戦闘でしか味わえない高揚感。
 高度な技の連続。

 自分を追い詰め技を磨いたからこそ、到達できる達人の域。

 その時、観戦していた金髪お嬢様から声がかかった。

『セバス、何をしてるのです。そんなモサイ男。直ちに叩き伏せてしまいなさい! 』

 苦笑しながらセバスさんは呟く。

「お嬢様からの命令です。貴方を叩き伏せと命令が出ましたので全力を持ってお応えします」

 セバスさんの空気が変わった。
 気を纏い、身体能力が向上しているように思える。

「それは、神霊術ですか? 」

「私には、そのような神から与えられた術を使う事は出来ません。これは、自らの手で成し得たものです」

 自らの修行で、その域に達したというのか……

 面白い。
 面白すぎる、セバスさんは……

 セバスさんから、攻撃が仕掛けられた。
 さっきより数倍速く感じる。

 繰り出されるトンファーを駆使した攻撃。
 死角から襲いかかる軌道をずらした蹴り。
 フェイントを巧みに取り入れた高い技術力。

 どれも、これもが面白すぎて笑ってしまう。

 俺も避けているばかりではない。
 相手のフェイントにわざとかかったように見せかけて、繰り出される攻撃をクナイで受け止めたり、誘いに乗って読まれた攻撃から反撃してくるセバスさんの攻撃を避けて見せたりして、俺はこの試合を充分楽しんでいた。

 サッカー場の土はえぐられ、舞い上がる粉塵は戦闘の激しさを物語っている。

 さて、そろそろかな……

 激しい攻防の後、お互いが距離を取り見つめ合う。

 静寂さが周囲を覆った。

 俺とセバスさんは、同じ瞬間に動いた。
 交差する一瞬の時間で勝負がついた。

 俺は、セバスさん左手が打ち出すものすごい速さのトンファーを屈みながら躱した。
 髪の毛が数本、宙に舞い上がる。

 一方、俺のクナイの握り部分で打ち出した左手の拳は、しっかりとセバスさんの腹部に強打した。

 お互い、交差して背を向け立ったままだ。
 背後で人が崩れる音がする。

『セバスーー!! 』

 金髪お嬢様の声がサッカー場にこだました。





 今、また、庚 絵里香の母親である庚 澄香の病院に来ている
 気絶してしまったセバスさんを抱えて、念の為に検査をしてもらっているところだ。

 勿論、死に追いやったわけではない。
 だが、気で強化したセバスさんを倒すにはそれだけの力が必要だった。

 病院に運んだのは、内臓の損傷を考えての事だった。

 検査を一通り終えたセバスさんは、既に、意識は回復している。
 先生からは、問題なしという言葉をもらった。

 俺もよく見ると細かい擦り傷がある。
 消毒をしてもらいガーゼを貼り付けただけで、包帯などは巻いていない。

 金髪お嬢様は、セバスさんを心配するように側から離れない。
 セバスさんは、そんなお嬢様を見て恐縮している。

「良い関係を築いているんだな……」

 俺は、声をかけようか迷ったが、そのまま病院を出ることにした。

 勝った者が敗者にかける言葉はない……

 すると、金髪お嬢様が追いかけて来た。

「お待ちなさい! 」

 いつでも上から目線だ。

「何も言わずに、行くつもりですか? 」

「ええ、セバスさんとは、戦闘の中で嫌という程、語り合いましたから……」

「そうですか……男って勝手ですわ! 」

 勝手なのはお嬢様の方だと思うのだが……

「私を心配させまいとするセバスは嫌いですわ」

「…………」

「貴方もです。ですが、約束は守ります。貴方を虫ケラ程度には認めてあげますわ」

「そりゃどうも……」

「言葉がなってませんわね。貴方は! 」

「人付き合いは苦手です。会話もお嬢様を喜ばせる術を持ってません。でも、俺は俺にしか出来ないことをするつもりです。今も、これからも……」

「そ、それがよろしくてよ。虫ケラは飛んだり跳ねたりするのがお似合いですわ」

「わはは、俺もそう思います。では、失礼します」

 俺は、喰い入るような視線を背中に感じながら、その病院を後にした。
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