上 下
18 / 71
第一章

第17話 倉庫での戦闘(3)

しおりを挟む


「くっ、くそーーっ! 」

 庚流『無双剣』の神霊術が、鬼に効かなかった庚は、ただ、鬼から繰り出される攻撃を避けるだけだった。

「満身創痍の状態だなぁ、そろそろ助けるか……」

 鬼の動きは速くない。
 だが、持久戦になれば、庚の体力が先に尽きるのは明らかだ。

 裏口から潜入したのは良いが、俺の姿を庚に見られるのはマズイしな……
 庚に知られたら、俺のモブ化計画は、完全に頓挫する。

 それが、さっさと庚を助けださない理由だ。

 でも、この件で庚の当主から『霞の者』の事を知るかも知れない。
 俺達にはそれは止められない。
 それは、庚家の問題だからである。

 遅かれ早かれ、知られてしまうという事か……はあ、どうしよう……
 転校するかなぁ……

 すると、陽奈が気配を消した俺の隣にやって来た。

「お兄、何でさっさと助けないの? 」

「うむ……今、それを考えてるんだ。将来の事をね」

「えっ、将来の事? 」

「そうなんだ。陽奈、これはとーーっても重要な事なんだ」

(この状況の中で、お兄がそんなことを考えているって事は……もしかして、結婚とか? 相手は庚さん……)

「そうなの? お兄、もしかして庚さんの事……その~~」

「どうかしたか? 陽奈。そろそろマズイか……面倒だなぁ~~」

(えっ!? 庚さんを助けるのが面倒なの? じゃあ、庚さんとの結婚を考えてたわけじゃないんだ。ここにいる女性は私だけ……も、もしかして、お兄が私と……その、結婚とか考えちゃってるわけ? )

「陽奈、顔が赤いぞ。風邪でも引いたか? 」

(お兄の手が私のおでこに……プシュー)

「ううん、何でもないよ……」

「陽奈には、見張りを頼みたい。『紅の者』もいるようだから手を抜くなよ」

「う、うん。わかった……」

 あれっ、陽奈が大人しく俺の言う事を聞いてるぞ……

「でも、あのオーガキングと1度戦いたかったなぁ~~」

「一角鬼ね。オーガキングじゃないから」

「オーガキングと戦いたかったなぁ」

「一角鬼です」

「オーガキングだよ。Aランクモンスターの? 討伐報酬のあの角を持って帰ると大金持ちだよ。冒険者ギルドで『お~~スゲーー新人が出て来たぜ! 』ってなるんだよ」

 知らなかったの? みたいな顔を向けないでほしい……
 陽奈の将来が心配だ……

「お兄、何、呆けてるの? 」

「陽奈の将来の事をね、考えてたんだ」

「えっ……」

(やはり、お兄は私との将来の事を考えてくれてる……)

 何で陽奈はモジモジしだしたんだ……
 そうか、トイレに行きたいのか。
 じゃあ、早く終わらせないと……

「陽奈、行くぞ! 」

「待って、私、まだ心の準備が……いけてないのに~~! お兄は、早すぎ! 」





~~そんな兄妹のやり取りの少し前(庚 絵里香  視点)~~

「ダメだ。動きは速くない。だが、私の剣はまるっきり効かない」

『うおおおお!! 』

 鬼の雄叫びが何だかさっきとは違う。苦しそうだ……

 すると、おっさんがやってきて、鬼の状態を観察しだした。

「嬢ちゃんがここまで粘るとはなぁ~~薬が足りねぇみてぇだな。ほらよっ! 」

 鬼に向けて便を投げつけた。
 鬼は、それをキャッチして、中身を飲み干す。

 すると……

『がおおおおお!!』

 鬼の身体から黒い妖気が溢れ出した。
 見るからに禍々しい……

「そうだ、そうだ。この力だ。わははは」

 おっさんはどこか嬉しそうだ。

 しかし、黒い妖気を纏った鬼は、先程とは動きが違い、辺り構わず破壊しだした。

「なっ……! 」

 おっさんもその様子を見て、少し焦ったような顔をしている。

 鬼は、庚ではなく、近くにいた見張りをその手で掴んだ。

『ミシミシ……』

 骨の砕ける音がする。
 捕まった見張りの悲鳴が響き渡った。

「暴走してるのか……」

 庚は剣を向けたまま動けないでいた。
 鬼の気に当てられたのだ。

 鬼は、倉庫にいた見張りの男を次々と捕まえては、それを口に運んでいる。

「ヒィーー! 」
「助けてくれーー!! 」

 悲痛な悲鳴が響く。

 まさに、地獄絵だ。

 おっさんが、私の背後に走ってきた。

 そして、

「お、お前の相手は、この女だ。わ、忘れたのか? 」

 鬼が私の方を向いた。
 おっさんは、裏口に向けて走り出す。

 鬼は、私の目の前にいた。
 両手を握り、大きく振りかぶった。

 死…………

 私はそう理解した。
 もう、ダメだ。
 逃げられない……

 その時、私の身体は宙に浮いた。
 いや、浮いたような感覚がしたのだ。

 鬼が床を叩く大きな音がした。
 爆弾が落ちたような大きな音だ。

 だが、私はとても心地良かった。
 私を誰かが優しく抱いていてくれたからだ。

 目深に被ったフード。
 夜店売ってるような玩具の熊のお面。
 その熊のお面の眼は綺麗な金色に輝いている。

 その熊の男は、私にこう言った。

「すまん、少し眠っててくれ……」

 私は、そこで意識を失った。





~~少し前の事~~


「お兄、あれ、まずくない? 」

 いざ、出陣という場面で変なおっさんが、鬼に瓶を渡した。
 鬼はそれを飲んで妖気を膨らませて、穢れを振りまいている。

 倉庫の中の闇から、低級の邪鬼が溢れ出て来た。

「面倒な事をしてくれるなぁ」

「あれがオーガキングの最終形態なの? あと一段階ぐらいランクアップしてくれればラスボス感が出るのにね」

 湧き出る低級邪鬼を二刀流で斬りつけながら、陽奈は呑気にそう呟く。

「わ~~エゲツなっ! 人を食べてるわ~~食欲無くすわ~~」

 流石の陽奈もドン引だ。
 邪鬼には良くある事で、人を食べて強くなる者もいる。
 そんな光景を見るのは、俺達は初めてではない。

「あっ、マズイな……」

 一角鬼の標的が庚さんを捉えた。

 俺は神霊術を行使する。

 一瞬で移動して庚さんをお姫様抱っこした。

 庚さんは、俺の顔をジロジロ見つめている。

 バレたら大変だ……

「すまん、少し眠っててくれ……」

 俺は、庚さんの後頭部を『チョン』っと手刀で打ち付ける。

 気絶させた庚さんを俺は、倉庫の中の安全そうな場所に運んだ。
 下着姿だった為、仕方なく俺のパーカーをかけておく。

 裏口から逃げ出そうとしていた『紅の者』らしき人物に追いつき、ボディーに一撃を入れて気絶させる。

 女郎蜘蛛の方が手応えがあったな……

 服を脱がして拘束しておくと、陽奈が一角鬼と戦い始めていた。

「陽奈、頼むから全力は出すなよ」

「わかってるって~~」

 嬉しそうな顔をして、両手剣で一角鬼の攻撃を捌いている。

 俺があの一角鬼と戦うわけだったのだが、瑠奈がいないと作戦も何もあったもんじゃない。

 俺は、低級邪鬼を相手しながら生き残った見張り1人を拘束していく。

「よっしゃーーっ! 」

 陽奈は嬉しそうに一角鬼の腕を斬り飛ばした。

「おーー見事だ。血が吹き出て噴水のようだぞ」

「えへへへ、お兄に褒められちゃった」

 一角鬼は、斬り落とされた腕を庇いながら陽奈襲いかかる。
 もう一つの手に纏わり付いている鎖を振るいその鎖が倉庫の壁に当たった。

 壁が凹み、大きな音がする。

「そろそろ撤退しないとマズイな……」

 こんな大きな音を立ててしまっては、工場地帯とはいえ、不審に思わない者はいないだろう。

「陽奈、そろそろ帰るぞ」

「うん、わかった。仕留める……」

 一度でも人を喰らった邪鬼を生かしては置けない。
 それが例え元人間でもだ。

 陽奈がジャンプして、一角鬼の顔付近に接近する。
 そして、剣を振り抜きその首を落とした。

『ボトッ』っと首が落ちた鈍い音がする。
そして、血が吹き上がり、その巨体は大きな音を立てて床に倒れた。

 その身体からは黒い妖気が溢れ出て来た。
 そして、その妖気は、闇の中に吸い込まれていった。

『ウーーゥーー! 』

 パトカーのサイレンの音だ。

「陽奈……」

「うん」

 庚さんはここに置いていって問題ないだろう。
 あとは、庚家が何とかしてくれるはずだ。

 俺と陽奈は、裏口から倉庫に出て、壁を乗り越えてその場から離脱した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

罪人として生まれた私が女侯爵となる日

迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。 母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。 魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。 私達の心は、王族よりも気高い。 そう生まれ育った私は罪人の子だった。

処理中です...